リティ、砂海を進む
リティがサンドシップに荷を積み込む作業を手伝う。往復で数日分の食料や生活用品を勢いよく運び込む様子は、船乗り達を唖然とさせた。
複数人で運ぶものを一人で積み込み、常人が手間取る時間の半分以下だ。
サンドシップ"紅の夜明け号"の船長ブアドは幾度となく砂海を渡り、気づけば三十年のベテランだったがリティには目を奪われる。
「女子供のパーティを雇うなんざ、ハバラクの旦那はカラメンでも食いすぎて気が狂ったかと思ったがな。なるほど、いいモノに目をつけた。やるな……」
「みゃあんっ!」
「お、おう?」
通りすがる際にリティの代わりにミャンが反応する。小さい荷物を飲み込んだ時は怒鳴り散らしたブアドだったが、すぐにその性質を認めた。
こうなれば歴戦の船乗り達も顔負けである。
「予定よりだいぶ早く終わったぞ……」
「あんなガキが……。俺よりも腕っぷしが上ってか?」
冒険者ではないが、砂海の魔物とも戦える彼らだ。態度がなってない冒険者を何度もやり込めてきた。
女子どものパーティと聞いた時などは青筋を立てたものである。それが今では完全に圧倒されていた。
「ブアドさん! 全部終わりました!」
「終わったのかよ!?」
「出航できますか?」
「も、問題ない」
「さすがはリティさん。あの荒くれブアド一家を沈黙させてしまうとは」
笑いながら登場したハバラクに一礼する船乗り達。見てないところではブアドのように軽口を叩くが、礼儀は弁えている。
「その一家ってのは聞き心地が悪いですな。まるで俺達が脅かし屋みてぇじゃないですか」
「ケンカになって冒険者を砂海に捨てたなどという噂が立つほどだ。日頃の行いだな。ハッハッハッ……!」
「そんな事するわけないじゃないですか! ガハハハハッ!」
あながち冗談とも思えぬ人相の連中だ。彼らよりもよっぽど恐ろしい水の精霊を従えているクーファだが、やや青ざめている。
傍らにいるミライなどは落ち着き払っており、ロマは呆れ顔だった。なんて連中を雇ってくれたなどと内心、毒づく。
「ねぇミャン、彼らは良い人間なの?」
「みゃーん」
「……信じるわ」
ミャンのどうでもよさそうな反応を、ロマは好意的に解釈した。
そして王都タハラージャより眼前に広がる砂漠を眺める。見た目では判別できないが、一歩間違えれば砂に足を取られて沈む。点在する流砂は生半可なサンドシップをも飲み込む。ここには海路ならぬ砂路というものがあるのだ。
「砂漠がこんな状態とはね……。これも自然の猛威かしら?」
「昔はそうでもなかったみたいなんだがな」
「ブ、ブアドさん」
「なんてな。しょせん噂だ、噂。俺達が冒険者を砂海に捨てたってのと似たようなもんだな。ガハハッ!」
「笑いごとじゃないわよ……」
ロマをからかったブアドが甲板に上がる。海と同じく、港から砂海へと出航するのだ。
通常の船と違い、砂をかき分ける為に船底が広がりを見せて先端が鋭利なものとなっている。船とはある意味で真逆の形状をしていた。
そんな奇妙な船に見とれながらも、一向は乗り込む。
「では諸君、月並みな言葉だが健闘を祈る」
「はい!」
「みゃんっ!」
「ブアド、彼女達をよろしく頼む」
「はいっ! 任せてくだせぇ!」
ブアドが操舵室に乗り込むと、間もなく船が動き出した。海とは違い、砂をかき分けて船が強引に旋回する。
味わった事がない迫力に対して、リティは前のめりだ。身を乗り出すも、ロマに引き戻される。
* * *
紅の夜明け号が砂海を進む中、船室にてエクスピースはレイバードから得た情報をまとめる。
ダグラード遺跡は罠だらけで、魔物よりもそちらが厄介と言われるほどだ。レイバードとて、すべての知識があるわけではない。
「問題はどこを目指すかやな。パンツのおっさんを認めさせるには、未知の何かを持ち帰らんとあかん」
「エネリーさん。ダグラード遺跡は人が住んでいたんですよね」
「住んでたかどうかは知らんけどなー」
「もし誰も発見していないものがあるとしたら、誰かが隠した場所にあると思います。大切で重要なものなら誰でもそうするはずです」
「せやな。そこが天然のダンジョンと違うところや」
エネリーはリティの思慮深さが意外だった。人物像からは想像も出来なかったからだ。
リティの推測が正しければ、ハバラクの屋敷で見つかった石板とも結びつく。
「その観点でくまなく調べながら探索しましょ。もちろん罠にも気をつけてね」
「はい、ロマさん。誰かを寄せ付けたくないから罠もあるんです。うー! ワクワクしてきました!」
「いい冒険者よ、あなたは……」
「魔物だッ!」
外で船乗りの一人が声を張り上げる。すかさずリティ達が甲板に出ると、砂海で緑色の物体が蠢いていた。刺だらけのそれはサボテンであり、大口を開ける。
サンバー、四級に指定されている植物型の魔物だ。ぐにゃりと細長い体を曲げながら、サンドシップと並走していた。
「引っ込んでろ! 俺達の役目はお前らを無事に目的地に送り届ける事だからな!」
「そうだ! それに遠距離攻撃でもなけりゃ攻撃も届かん!」
船乗り達は一斉にボウガンをサンバーに放つ。全発の直撃を受けてサンバーが横倒しになり、紅の夜明け号から引き離された。
「すごいです!」
「どうってことはねぇ! 続けてもう一匹!」
今度は反対側だ。サンバーに加えてケリーグ、同じく四級の魔物が紅の夜明け号を狙っている。
首長の羽無し鳥が脚力を見せつけるようにして、砂海をものともせずに爆走していた。
「あの砂海を走ってます!」
「あいつはすばしっこいから、ボウガンじゃきつい。だったら待ってりゃいい……来たッ!」
ケリーグが甲板にいる者達目がけて跳躍する。相対したブフラムがケリーグを迎え撃つ形で斧を構えた。
が、奇襲するのはサンバーだ。自身の針を甲板へ発射する。数発の刺が広範囲に渡るが、躍り出たのはリティだ。
「やぁぁぁぁぁ!」
サンバーが続け様に発射した刺を含めて、すべて叩き落してしまった。
攻撃の嫌らしさの為、三級が妥当だと評されるのがこの魔物である。リティとロマが討伐した森の統率者などよりも遥かに脅威だ。
砂海という地形も相まって、この辺りの魔物は等級に騙された時点で死などと言われていた。
「とんでもねぇな! あいつの刺を見切ったのか!? どんな動体視力だよ!」
「私も弓で攻撃します!」
ミャンから弓と矢を取り出してからの三段撃ちだ。急所などまるでわからないが三点同時に射抜き、サンバーが砂海に沈む。
「た、倒した……」
「こっちも終わったわよ」
ロマの足元にケリーグの死体があった。ブアドの斧による一撃はあったものの、ロマの追撃が止めとなったのだ。
一瞬で砂海の魔物を撃退してみせたエクスピース。ブアドが何か言いかけるが突如、強風が吹く。
「チッ! 砂嵐か! なんだって今日はどいつもこいつも元気だなぁ!」
「ブアドさん! 砂嵐はまずいですよ!」
「わかってる! 船を蛇行走行に切り替える!」
ブアド達の様子が急変して、船が荒っぽく旋回する。
「お前ら、今度こそ中に入ってろ! 砂嵐に乗じて襲ってくる奴がいる!」
旋回直後、左方向から砂柱が噴き出す。わずかに遅れていたら巻き込まれていた位置だ。
リティはハッキリと見た。甲殻に包まれた長い何かを。
「ネームド野郎の砂塵の暗殺者だ! 砂中から的確な一撃を繰り出しやがる! お前ら、アレはさすがに撒くぞ!」
「討伐は諦めるのですか?」
「当たり前だ! あいつは未だに誰にも全貌を拝ませてないんだぞ! 伊達に暗殺者なんて名付けられてねぇ!」
「あれは多分ですけど尻尾です!」
「何だって!?」
「ブアドさんは回避に専念して下さい!」
リティの意思がエクスピース全体に浸透しているかのようだった。ロマやクーファも言われずとも戦う気だ。
決して功名心に駆られたわけではない。そうするのが当然と思っただけだった。
「回避ぃっ!」
二発目の砂柱が右前方に立つ。その威力たるや、直撃すれば大破は免れない。
山ほどサンドシップを沈めてきたこの魔物は砂海において、アンタッチャブルとされている。
討伐ではなく逃げるものとして認識されているのだ。かつてあのユグドラシアも遭遇したが、サンドシップと共に逃走している。
今ほど成熟していなかったとはいえ、彼らすらも退けるほどのネームドモンスターなのだ。
「あれが出てきても一瞬よ! 攻撃の隙はあるの?」
「クーファさん、水属性中位魔法を出来るだけ船の周囲に張って下さい」
「はい……!」
リティの意図はわからなかったがクーファに迷いはない。いくつものリング状の水属性中位魔法が展開された。
船の速度と共に常に生成し直しているので、クーファへの負担は少なくない。
リティもそれを理解しており、まずは耳を澄ませた。いつかの深き底の暴掘主の時と違い、砂嵐が邪魔して音を拾えない。耳だけで砂中にいる砂塵の暗殺者の位置を特定するのは不可能に近かった。
リティは水のリングに飛び込み、次の一撃を待つ。全神経を集中させて、その瞬間にすべてを注いだ。かすかな砂海の揺れ、船の動きに対する攻撃のタイミング、リティの中にある情報を総動員する。
水のリングの中を泳ぎながら、後はリティの勘だ。そしてその時が来た。
「だぁッッッッ!」
ほんの一瞬のチャンスだった。リティの不可視の斬撃が甲殻の隙間に斬り込む。
「あ……! あぁ!」
「斬ったぁ!」
船乗り達が沸いた。飛び出す寸前をリティは狙ったのだ。
不可視の斬撃ヴァーティカルスライサーはキャプテン・クリーバーの置き土産である。
結果、砂塵の暗殺者の尾は切断された。しかし、そこで終わりではない。
「や、やばい!」
誰かが叫ぶと、砂海が盛り上がる。船体が斜めになり、真下に潜んでいた主の登場だ。
その場から逃れるも、姿を現した魔物の瞳に捉われてしまう。
尾の主である本体は線虫のような風体だった。体の至るところから足が生えており、せわしなく蠢いている。
醜悪極まりない見た目であり、この手の造形が苦手ならば卒倒してもおかしくない。もちろんこの場にそうなる人間などいなかった。
「水属性高位魔法ッ!」
限りなく圧縮された水が砂塵の暗殺者の甲殻を破壊する。破片を散らせるほどのダメージだが致命傷には遠い。
しかし、そんな事はクーファにもわかっていた。
「水属性高位魔法」
砂塵の暗殺者に付着した水が氷へと変化する。それが冷気となり、熱砂の地に住む生物には未知の苦痛だった。
リティに斬られた痛みが怒りを生み、まんまと地上へと誘いだされた時点で勝負は決したようなものだ。
「水属性高位魔法」
氷から再び液体へと戻り、今度は甲殻を溶かす。
どんなに硬くて強くとも、いつかは終わりを迎える。死体となり腐敗する。クーファが幽霊船でアンデッドから学んだのだ。死も腐敗も止められない。これが生物の到達点ならば、別れそのものだ。
オールド・バイ。アーキュラとリンクしているからこそ拝借できたネーミングだった。
「甲羅割りッ!」
熔解しつつある砂塵の暗殺者をリティが終わらせた。ダメ押しによる斧の一撃だ。
溶けかけた甲殻ごと砕かれた砂塵の暗殺者は砂煙を上げて巨体を砂海に叩きつけた。
「や、やったのか! やったぞ! やった! 奴から素材を回収しろ! 証拠にもなるし、売れるかもしれねぇ!」
決着した頃、砂嵐は止んでいた。魔物の死体に船をつけると、船乗り達が一斉に解体作業に乗り出す。
「こんな姿だったのか……。結構グロいな」
「こいつ、確か一級でしたよね。こいつにどれだけの船が沈められたか……」
「感傷にふけるのは後だ。それにしてもあの子の身体能力といい魔法といい……」
ブアドが喜びを分かち合うエクスピースを見る。立て続けに高位魔法を使用したクーファがやや辛そうだった。
ふらつく彼女をミライが小さな体で支える。
「ご主……クー、ファ……」
「ミライ、わたし……良いところ見せられたかな」
「うん、すごくてかっこよくて、でも……」
「ちょっと張り切り過ぎただけだから。大丈夫……」
治癒師ギルドで学んだミライだが、それ以上にクーファは成長を見せつけた。
しかしミライにとって重要なのはそこではない。
「クー、ファ……ずっと一緒にいたいから、無理しないで」
「うん、ありがと。ミライ……」
クーファとミライが抱き合う中、リティは解体作業を手伝い始めた。
激闘の直後だというのに衰えないリティのバイタルに、さすがの船乗り達も恐怖すら覚える。
自分達はとんでもない怪物を乗せてしまったのでは、と期待半分不安半分といった具合であった。
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