リティ、暴霊船長と戦う
リティとキャプテン・クリーバーの実力差は明らかだった。ロマよりは善戦しているが、リティの生傷が加速的に増えていく。
何より致命的なのは聖属性付与の使用制限だった。リティの少ない魔力では常時付与など出来ない。
青年のアンデッドを倒した時のような瞬間的な付与も、クリーバーのような強者では難しい。
「つッ……!」
「無駄だ……」
「たぁッ!」
「諦めろ」
船内で脳内に語りかけてきた声と同一だと、リティは気づいた。
「……? ミライちゃん!」
「ご主人様も……みんな、死なせたく、ない……」
クリーバーから受けた傷が完治したロマ。ミライの底知れない魔力による治癒魔法に疑問を持ったが、今はひとまず感謝した。
リティへ加勢するが、単純に攻めてもまた一撃で返り討ちにあうだけだ。見ているだけで尻込みするクリーバーの覇気だが、ロマは冷静に深呼吸した。
圧倒的強者でも必ずリズムはある。踊り手ギルドで学んだ事を信じたのだ。
見れば見るほどクリーバーの実力を肌で感じてしまうのだが、リティが起爆剤となっている。
「待っててね……。戦うのはあなただけじゃない」
ロマは少しずつステップを踏んで、身体を慣らしていく。少しずつ、少しずつ。この状況でリラックスして、ようやく算段がついた。
リティのおかげで、クリーバーがわずかな隙を見せているからだ。とはいえ、リティにダメージが蓄積している。
クリーバーの猛撃にはさすがのリティも、すべて頭で動いて反応できない。運で回避している時もあるので、時間はかけられなかった。
「エクスピース・ワルツ……」
ロマはステップを刻みながら、リティとクリーバーの周囲を巡る。クリーバーはすぐ異変に気づく。
リティの動きが軽快になったからだ。いや、それだけではない。
「この、女ァァ!」
ロマの踊りがパーティの士気を高めたのだ。更にクリーバーの集中力を削ぐようにして、視界の端を移動する。
決して手を出さず、あくまでつかず離れずの距離だ。
戦いの最中に何がちらついていようと、その程度で隙を見せる相手ではない。しかしその絶妙な動きは、クリーバーにさえ"攻め"を予感させるのだ。
いつ手を出してくるか。かすかに気にしてしまう。極わずかではあるが、針の穴のような隙でもリティにとっては好機だ。
そう、クリーバーは隙を作らされていた。
「スパイラルダンスッ!」
「……ッ?!」
四級昇級試験やニルス戦での不完全な回転は今や完成に近づいている。リティのフィジカルを活かしつつ、ロマのダンスを取り入れたものだ。手数を増やして、クリーバーを攻め立てる。
「ナゼ……」
クリーバーにはわからなかった。経験上、リティの蓄積ダメージは致命傷に近づいている。
一気に決めるはずだった。しかし、実際にはリティは血を流しながらも向かってくるのである。
「なぜ、倒レナイッ!」
クリーバーの憤怒がスキルとして顕現する。理論上、どんな生物だろうと分解できる剣技。
数多の化け物の急所を見抜き、的確かつ無駄のない斬撃で斬り落とす。クリーバーの生前のジョブ、剣匠のスキル。
「ヴァーティカルスライサァッ!」
身体だけではない、行動の急所。その時代には"不可避"と呼ばれたスキルだ。
高速で真空波を作り出しつつ、生の斬撃と合わせて大小無数の刃を発生させた。
一つを防いだところで凡人。二つ防げば筋は悪くない。三つで大したものだ。生前、クリーバーが目安にしていた評価だった。
「う、は、はぁ……!」
「……何?」
クリーバーが直撃したと認識した刃はわずか一つだった。しかも急所を外している。
「あなた、より……強い人を、知ってます……。あなた、が……その人、だったら……私達は、もう……死んでま、す……」
ロマのエクスピース・ワルツのせいで、極わずかにスキルの精度が落ちたのも原因の一つだ。
そんな中、クリーバーが攻めきれない間にリティは成長してしまった。つまりクリーバーは初手でヴァーティカルスライサーを決めるべきだったのだ。
少し前のリティならば呆気なく決まっていただろう。ロマのサポート、リティのフィジカル。そして――
「間に合った……」
水属性高位魔法。クリーバーの肩や片手にかけて、氷を張り付かせていた。ミライによって回復したクーファが立ち上がっていたのだ。
船内で放った時には物ともせずに通過された水属性高位魔法だが、対象を小さく絞る事で威力を高めた。
魔力を一点集中させてしまえばクリーバーといえど、腕の一つも封じられる。が、ここで止まってしまえば、何も変わらない。
クリーバーは即、氷の拘束を破ってリティに止めを刺すだろう。
そんな事はリティもわかっていた。激痛に歯を食いしばり、同じく聖属性付与の一点集中。
この時点でリティが放てる最高威力のスキルはスパイラルトラストか爆炎斬りだ。これでは足りない。リティとて、そう直観している。ならば、どうするか。
「スパイラルアパァッチィィ! トラストッ!」
アパッチランスとスパイラルトラストの合わせ技だ。スパイラルトラストの連撃がクリーバーの体を次々と撃ち抜く。
人間であれば即死だが、相手はアンデッドだ。欠片も残さない勢いで、リティに容赦はなかった。
「お、終わる、ノカ……違う、俺は……キャプテン……クリーバー……!」
頭を貫かれる直前、クリーバーは大きく口を開けた。早送りのように、クリーバーが何かを吸い込んでいる。
船内のアンデッドが、取り込まれているのだ。わずかに遅れて直撃したリティのスキルだが、クリーバーの頭が霧のように分散する。
「あと少しだったのにッ!」
リティが歯ぎしりをして悔しがり、口の端から血を流す。さすがに膝をつき、体を動かす事も出来ない。
「世界の海を制覇して……誰もが俺を認めて……。一歩のところで、あの化け物に……」
リティ達の目の前で、霧が一つの塊を形成する。腐肉の塊から無数の腕が生えて、それぞれが剣を持っている。
肥え太った肢体のようだが、頭はない。目玉があらぬ位置に散りばめられて、それは人の形をかろうじて保っている何かだった。
「何がどうなったのよ……!」
「この船の魂を取り込んだんだと思います……。バロックさんのような怨念を引き寄せてましたから……」
「自分さえよければ何でもいいっていうの?! これがあのキャプテン・クリーバーだなんてッ!」
「無念の想いが、あの人をあの人じゃないものにしている……」
「そこの器があれば、俺は、再び……」
腐肉がずるずると蠢いて、距離を詰めてくる。背後は無限の海、リティ達は完全に退路を断たれた。
「大きな、命……。それさえ、あれば……多い、命……」
多い、そのニュアンスをリティは聞いた事がある。いつかのスカルブクィーンも同じ事を言っていたのだ。
このクリーバーは初めから自分を狙っていたと、リティはようやく確信した。
念願の目標到達前での悲劇。どんな者にも訪れる死の運命。クリーバーも覚悟して海に出たはずだが、このような醜態を晒している。
リティはこの事実をどう受け止めるか。悩まない事もなかった。
「クリーバー、さん……。これが、あなたの、最後の冒険……です……」
同じ冒険者として、リティは答えを出す。それは自分がクリーバーの冒険に立ちはだかる事だった。
未練を残して死を認めない彼に、自分なりに終止符を打とうと考えたのだ。
「あなたは私と戦って……器を手に入れようとしています……」
リティの傍らで回復するミライだが、呼吸が荒い。
「はぁ……はぁ……」
「ミライちゃん……。無理をしなくていいですよ……。もう回復しましたから……」
魔力の使い方もコントロールのノウハウもないミライが、回復魔法を短時間の間に何度も使ったのだ。
体への負担がかかったミライをリティが片手で支える。とても完治とは言えない状態だが、リティはそれでも立った。
「その器は簡単には手に入らなくて……。私を倒さなくてはいけません。悔いを残さず……最後まで戦いましょう」
無数の剣がエクスピースに斬りかかり、クーファは水属性高位魔法での防御態勢を整える。
依然、満身創痍のリティが襲いかかる剣撃を防御するも反撃は出来なかった。リティの魔力はとっくに尽きているからだ。
ロマも同様で、残るはクーファに委ねられる事になる。
「イイィッヒッヒッヒィ! ヨコセ! ヨコセェ! 世界一の冒険者である俺ニヨコセェ!」
「あなたは世界一なんかじゃありません! あなたよりも強い人達がたくさんいるからです!」
リティが思い浮かべたのはイリシスとレドナーだった。この二人に対する勝利へのビジョンは見えないが、化け物に成り果てたクリーバーは別だ。
魔力が尽きたというのに、負ける気がしなかった。そもそも単なる実力差という話ではない。
「こんなに腕を増やしても弱くなってますよ! さっきよりもずっと!」
「俺ハ、俺ハ世界ノ海を股にかけル……キャプテン……クリィバァ!」
「あなたが生きていた頃よりも長い月日が経って、強い人達が生まれたんです! その人達は、あなたが残したもののおかげで育って強くなれたんですよ!」
「俺ハ……キャプ、テン……!」
リティはキャプテン・クリーバーという人物について把握していた。老婆の霊が導いたからだ。そして頼まれたからだ。
「危険な旅になるからと、この船から降ろしたあなたの恋人は! おばあちゃんになっても、あなたの帰りを待ち続けてたんです! どんな知らせを聞こうと、最後の最後まで! でもあなたが見ようとしないから、死んだあの人はいつまでも辿りつけなかった!」
「ジュ、リー……」
「あなたがジュリーさんと会えるように……私があなたの冒険をここで終わらせますッ!」
リティは無数の腕の一つに目をつける。その手を掴んで、強引に剣ごと振った。腐肉の化け物が割れて、更にもう一振り。
その過程で、リティが掴んでいた腕が切り離される。
「これはあなたの剣です! あなたが冒険で手に入れた大切なものです!」
リティが手にしたのはモーゼスエッジだ。形のないものを斬る剣。それはもちろんアンデッドも含む。が、効果は今一つといったところだった。
両断したところで、腐肉の化け物は再び元の形へと戻ろうとする。
「ジュリィ……ジュリィィィィ!」
わさわさと無数の手が左右上下に揺れる。絶えず追撃しようとしたリティだが突如、モーゼスエッジが爆発的な光を放った。眩しく、目を閉じてしまう。
「こ、これって……」
「ミライ!」
目は開けられないものの、クーファの一声でミライのおかげだと理解する。
先ほどのミライの様子を想像したリティだが、今は最後の一押しに感謝した。
「これからは私達の冒険ですッ! 今までありがとうございましたッ!」
光の一撃は腐肉の化け物となったクリーバーを包み込んだ。




