リティ、アンデッドと向き合う
「医務室はどこですか……?」
二度目となればリティも思うところがある。虚ろな目をした老婆はリティを捉えていない。
青年のように襲ってくるのであれば話は別だが、アンデッドだからといって即攻撃はしなかった。
聖属性付与の使用回数が限られているのもあって、アンデッドというものに向き合おうと考えたのだ。
「一緒に探しましょう!」
「あ……」
老婆の氷のような冷たい手を取ったリティ。歩調を緩やかにして、老婆に合わせた。
「どこか具合いが悪いんですか?」
「行かないと……」
会話がかみ合わないが、リティは構わず歩く。
「私も行かないといけないんです。ロマさん達が心配してます」
老婆は何も答えない。
「最近、わかったんですけど冒険って一人じゃ出来ないんですよね。一人で未知の場所に行って戦って発見して……。それはそれでいいんですけど」
老婆の手を引きながらリティは今一度、冒険への思いを馳せる。
「ワクワクしたりドキドキするのはいいんです。でも、それだけじゃもったいないんですよ。きっと何かを得ているんです。経験しているんです」
冒険の事となれば、リティは一晩中でも語りかねない。相手がアンデッドという事も忘れて饒舌になる。
相手がアンデッドである事を無視して、自身の正直な気持ちを打ち明けたのだ。
「自分でわかるものもあれば、そうでないものもあります。隣にもう一人いれば……そのわからないものが何かを教えてくれるはずです。一人より皆で経験すれば、もっと大きな糧になります」
「みん、な……」
老婆が反応した。リティに握られている手が、かすかに震えている。
「それこそが冒険の醍醐味だと思うんです。楽しいだけじゃなくて成長もできるなんて、冒険は私が思っていたよりきっと素晴らしいものです。今はまだパーティを結成したばかりですけど……。これからたくさん冒険して、知らない事をたくさん知りたい……」
「冒、険……」
老婆の手の力が強まった。リティすらも痛みを感じるほどだが、それ以上の害はない。
「冒険……未知……皆……ああぁ……」
老婆が泣き崩れる。リティから手を離して、両手で顔を覆った。
「皆で、冒険……あの人が、いつも……」
「おばあさん……」
「医務室……あの人といつも、あそこで……。忙しくて、なかなか二人だけの……時間が、なくて……」
老婆は声を上げて泣く。涙を流すその顔を見て、リティにはとても死人とは思えなかった。
生きている者もアンデッドも、感情に嘘はない。少なくともリティはそう解釈した。
「何度、どれだけ、歩いても……医務室へ行けない! あああぁぁ……」
「私と行きましょう」
リティは老婆を手を握り直し、また歩みを進めた。船内の明度がまた上がり、重苦しい空気が払拭される。
迷路のようだった船内だが、最初の角を曲がるとすぐに階段が見つかった。
「あそこ、上に……」
老婆が前に出て、次第にリティが後をついていくようになる。その歩みに迷いはなかった。
* * *
キャプテン・クリーバー。新大陸を発見して、リティ達がいる大陸との航路を作った偉業は子どもでも知っている。
質が低い保存食のせいで、航海を終える頃には半数以上の船員が息絶える事も珍しくなかった時代だ。
そんな中、栄養価が高い保存食を開発して海運業界に旋風を巻き起こしたのも広く知られている。
「未踏破地帯だけじゃない。造船技術など、航海における常識はほとんどクリーバーがもたらした。彼のおかげで人々の交易は数十年、先へ進んだと評価する人もいる」
人の原型をとどめていない冒険者の成れの果てを前にして、ロマは淡々と語る。
「そんな彼を慕って、多くの冒険者達がついていった。クリーバーは快く受け入れて、より大きな船を作り……一大パーティ"海覇団"を結成したの。そこの彼も、その一人じゃないかしら」
「でも、アンデッドになったという事は……」
「各国は彼の功績を認めた。特級への昇級が揺るぎないものとなり、彼の出身国では国を挙げて祝う事になった」
クリーバーは巨大船の航路を母国に取った。祝杯までの間、彼らは誰一人として浮かれない。
海で隙を見せるような愚か者はいないはずだった。しかし――
「海覇団は母国に現れなかった」
ロマは船長室のドアを慎重に開ける。もしこの部屋に大元がいるとすれば、奇襲がベストだ。
そうしなかった理由は一つ。戦うという選択は極力、避けたかったからだった。
アンデッド相手に平和的な解決などバカげていると思いつつも、抗えなかったのだ。
キャプテン・クリーバーの生前の実力が伝説通りであったなら。アンデッド化して、生前以上の実力となっていたら。ロマは自らの震えを押し殺す。
「海覇団は……沈められた。当時、一級だったネームドモンスター"帝王イカ"によって……。そうですよね、キャプテン・クリーバー」
辛気臭い船内とは打って変わって、船長室には輝きが溢れていた。
壁にかかっている巨大な世界地図が目立ち、高価としかわからない調度品の数々。
柔らかそうなキングベッドの近くにあるデスクの奥。大袈裟な背もたれに背中を預けている中年の男が目を閉じていた。
「リティは無事ですか?」
ロマの問いかけに対して、クリーバーは目を開けた。目玉などなく、黒一色の虚空だ。
悲鳴を押し殺すのがやっとなロマ、呼吸を荒げるクーファ。汗だくになるミライ。アーキュラだけが目の前にいるアンデッドを見据えていた。
「リ、リティは……大切な仲間、なんです」
「……待っていた」
クリーバーは口を開かない。不協和音とも言える低く重い声が、ロマ達の脳内に響いた。
声だけで不快感を催し、一行は吐き気さえ込み上げてくる。
「器を……これで、また。航海が、デキル……」
「やめて! リティはあな」
ロマが船長室から消えた。クリーバーがクーファの前にいる。剣を抜いている。振りかぶっていた姿勢で止まっている。
「あ、あ、ロ、ロマ、さん……」
「受けた、カ……」
かろうじて、だ。船長室から飛ばされたロマは吐血して、起き上がれない。剣を杖替わりにして立とうとするも、すでに足腰が不安定だ。
たった一撃でこの様という絶望がロマを支配しかける。
「逃げ、て……」
ロマが片手を伸ばした先にいるクーファは、水属性高位魔法を展開している。
ナプト戦の時とは違い、アーキュラの力を余すところなく使用していた。冒険者のアンデッドの行く手は阻まれるが、クリーバーは進む。
氷がクリーバーを包み、ロマもまた水球に取り込まれた。
「水属性中位魔法!」
激流となった水の道がクーファ達をクリーバーから引き離す。ロマですら屈したのだ。クーファが戦おうなど考えるはずもない。
条件反射としてそうしただけだ。怖いから逃げる、それ以上の理由はなかった。ただし、仲間を見捨てなかった点においてはアーキュラの評価点に繋がっている。
「やるじゃーん」
「ア、アーキュラ! わたし、こわくて、どうにかなりそう! あんなのどうすれば……」
「まぁー、今のあんた達じゃ無理だよねー。何せ長い間、誰にもどうにも出来なかった化け物でしょー?」
激流の中、クーファはアーキュラにすがる。その間も廊下を進み、階段を更に登り、甲板を目指している。
水の中でロマは朦朧となる中、リティの事を考えていた。リティならどうしていたか、そればかりだ。
彼女の安否を含めて、考えれば考えるほどロマは悲しみに打ちひしがれる。
「甲板に出ます!」
激流と共に一行が甲板に放出される。そこにあるはずの潮風も波の音もない。夜空ではなく、暗黒に近い空だった。
見渡す限りの海には波も立たず、巨大船が水をかき分けて静かに進んでいる。
「前後左右、何も見えない……それよりクリーバーは?!」
振り返るとクリーバーが剣を片手に持ち、虚空の瞳を向けている。
ロマは話し合いなどと一瞬でも考えた自分を責めた。言葉どころか理屈さえ通じそうにない。
今度は恐怖心を抑えつけて、足でリズムを刻み始めた。
「……クリーバーだけじゃない」
甲板に向けて、外側から次々と登ってくるアンデッド達。ありとあらゆる出入口から有象無象の死者達が登場して、クリーバーの元に集う。
腐乱死体や完全な骸、揺らめく影、青く発光する人型。彼らに対して逃げ場などない。
ロマだけでなく、クーファも唇を噛んで腹をくくった。
「ミライ……。あなたは自分の為だけに力を使って下さい。私達が守りますから……」
ミライの光から、ロマとクーファが出る。
ロマが武器に光を宿して、周囲のアンデッドに挑んだ。クーファもアーキュラの力を使っているおかげで、アンデッドにも有効打がある。
ただし彼らは痛みで怯まず、恐れない。斬られようが撃たれようが向かってくる。首を刎ねたところで、齧りついてくるのがアンデッドだ。故に数が減りにくい。
「なるほど……そういうリズムね」
ロマがアンデッドから感じたものは"負"だった。怒り、妬み。いずれも自分達に向けられたものだ。
クーファの話と合わせれば、クリーバーとは無関係のバロックがいたのも理解できた。
彼もまた引き寄せられたのだ。波止場長に選ばれなかった彼は、同じような想いを持つ巨大な幽霊船の亡者達に取り込まれた。
無念のまま命を落とした者。夢半ばで敗れた者。そうした者達はどういうわけか、自分達を標的にしたとロマは解釈する。
「あなた達にリティみたいなのは眩しいでしょうね! 光に群がる羽虫のごとく、こうやってッ!」
ロマとしても彼らに同情しないわけでもない。それ以上に怒りの感情しか込み上げてこないのだ。
特にリティは誰の足も引っ張らず、妬まずに目標だけを見据えている。そんな純粋な彼女すら巻き込んだのが腹立たしかった。
「堕ちたものね! キャプテン・クリーバー!」
ロマの挑発に呼応して、クリーバーが動いた。クーファが展開していた水が斬り裂かれる。
不定形であるはずの水は繋がらず、左右、上下、斜めとあらゆる角度で分断された。
その勢いたるや、ロマの剣の舞いなど蝶の羽ばたきと言わんばかりに暴風のように吹き飛ばす。
「え……? あ、斬られ……」
ロマがそう認識した時には出血していた。袈裟斬りによって、足腰から力が抜ける。
崩れ落ちるロマを見届ける事なく、今度はクーファだ。水属性高位魔法による防御壁だが、意味を成さない。
障害など問題ないといった様子で、一刀両断される。
「あ……」
水属性低位魔法で迎撃。間に合わない。斬られる。
水属性中位魔法による回避。間に合わない。斬られる。
水属性高位魔法の再構築。間に合わない。斬られる。
「クーファ……ちゃん……」
クーファの選択肢をすべて否定して、クリーバーは実力を見せつける。
起き上がれないロマが見た光景は、クーファが自分と同じ運命を辿るところだった。
パワー、スピード、経験。それに加えて形なきものを斬る伝説級の魔導具"モーゼスエッジ"。だが、これを知る者はこの場にいない。
「……なにー?」
クーファを倒したクリーバーが、残ったアーキュラと対峙する。
「アー、キュラ……」
甲板を引っ掻きながらもクーファがアーキュラを使おうとしていた。
守るべきものはミライだけではない。クーファにとって、アーキュラもまた大切な仲間だ。
アーキュラの体が変質しかけた時、ミライが動いた。
「ご主人様ッ!」
が、クリーバーの速度がそれを許さない。アンデッド達を恐れさせて、遮っていた光が容易く断たれた。
クリーバーが放心しかけているミライを見下ろす。そして剣を持つ腕を上げた。
「ミライ……あなた、だけはッ……」
ロマより傷は浅いものの、クーファのほうも放置しておけるダメージではない。
痛みで涙を流しながらも、再びアーキュラの力を解放した。
ミライへクリーバーの刃が振り下ろされる直前、船体が激しく揺れる。
「……?!」
不意をつかれたクリーバーがバランスを崩す。クーファがアーキュラを通して海水を操ったのだ。
ただしそれが限界である。とはいえ、巨大船を揺らすほどだ。アーキュラは動かなくなるクーファを見て、また感心する。
クーファに惹かれた理由が少しずつ形になっていくのを、アーキュラは実感したのだ。
「やっぱりねー。あんた達は死なせられないかもー……と、張り切るところだけどー。もう少しだけ様子を見てもいいかなー」
クリーバーにアーキュラの言動を理解できるはずもない。ましてや自身の背後から襲いかかる者の存在など、想定外だった。
反応が遅れたクリーバーの背中が派手に斬られる。
「……ッ!」
「ミライさん! 二人をお願いします!」
船上というフィールドで、クリーバーは短時間の間に二度も膝をつきかける。特に二度目は、アンデッドの体でなければ致命傷だったのだ。
生前、背後から奇襲される機会はあった。不意打ちを受けても倒れず、或いは未然に防いだ。
そんな自分が致命傷に等しいダメージを受けたという事実を、ようやく認識する。
「ウオオォォォォッ! オオオォォォォッ!」
クリーバーは吠えた。
「リティ……?」
ロマは自分の目を疑った。リティがこの場に現れて、クリーバーに猛攻撃をしかけたのだ。
一体、どこにいてどうやって。そんな疑問などどうでもよく、涙を流す。
大切な親友が、仲間が生きていた。怪異という非現実の中でもたらされた現実に、ロマはひたすら感謝した。




