リティ、アンデッドと戦う
アンデッド。これにモンスターと繋げるのは乱暴だと唱える者もいる。幽霊、亡霊などと呼ぶ者を安易と言い切る者もいる。有識者としては、アンデッドを軽く考えてほしくないからだ。
死後も尚、現世にとどまっている事から"理から外れた者"と認識するのが正しいと彼らは言う。
魔物学、魔術の分野においてもアンデッドはあまりに特殊なのだ。生物から逸脱した存在であり、人間が持つ常識を彼らは容易く否定する。
「やっぱりこの船は普通じゃない……」
リティは慎重に歩を進めていた。灯りがない中、暗闇での探索となっているからだ。
道具で明かりを灯すも、何故か役に立たず。頼みの綱であるライトの魔法は魔力を消費する。魔力が少ないリティにとって、節約する理由があった。
「ロマさーん! クーファさーん! アーキュラさーん! ミライちゃーん!」
仲間の名前を叫ぶが反応はない。一人ずつ、間隔を開けて呼んだのも理由がある。
試行回数を増やせば、届く可能性が高まるからだ。一回だけの大きな声量だけでは、気のせいで済まされる可能性もある。しかし、成果は出なかった。
延々と続く廊下を歩いても、変化はない。船特有の揺れもなく、音もしない。こんな闇の世界に閉じ込められたリティは――
「ここは……未踏破地帯?」
もちろん探索モードだ。ロマ達とはぐれた理由も含めて、リティにとっては冒険でしかない。暗闇の部屋を覗いて隅々まで探り、廊下に出る。
「迷子ですか?」
背後からの声にすぐさま反応したリティ。足音もなく現れたのは、エクスピースを案内した青年だ。
暗闇にも関わらず、青白い顔をした青年をリティははっきりと確認できた。
「よければ案内しましょうか……?」
「はい、お願いします」
訝しんだものの、リティは従う事にした。彼が何者であるかを見極める必要があるからだ。故に警戒心は解かない。
青年の年恰好、仕草、すべてがリティの観察対象だ。今更、とってつけたように聴こえる足音も同様である。
そんなリティを先導しながら、青年は歩く。
「……僕、船乗りになるのが夢だったんです。田舎にいた頃から海に出るのが夢で……大海原を旅したいと思ってました。田舎の両親は僕の一人立ちを喜んでくれて……。いつか二人に恩返ししたいと思ってたんです」
自分は反対されたのに、とリティは青年を羨む。どこを目指しているのかわからない青年は歩調を変えず、廊下を進んだ。
「大きな港町に来て、ようやく船乗りになれました。だけど現実は厳しくて……毎日、怒られてばかりでした。そんな日々が続くうちに、僕はいつしか抱いた夢なんかどうでもよくなったんです。苦しくて逃げ出したいって、そればっかり考えるようになったんです」
夢、両親というワードがリティの心をくすぐる。それでもリティは観察し続けた。青年は何故、こんな話をするのか。青年の目的は何か。そもそも何者なのか。
それらを考慮した上で、リティは青年の正体に迫りつつあった。そしてまもなく、青年に変化が表れる。
「死ねば楽になる……。間違いでした。海に落ちても苦しくて……苦しくて……」
青年の肌が変色する。皮膚が膨れ上がり、痩せた体が膨張し始めた。
歩き方がぎこちなくなり、体の穴という穴から水が流れ始める。肥満体のようになった青年が、リティに振り返った。
「ごんなにぐるじいなら、やめで、おげばよばった……」
痩せた青年の面影はなく、口から水を吐き続けながら肥大化した人間の成れの果てだ。
リティはこの瞬間、青年をアンデッドとして認識する。しかし好奇心旺盛なリティでも、アンデッドに関する知識は最低限のものしかない。
知っているとすれば、彼らに単なる物理攻撃は有効ではないという事くらいだ。
「きびが、うらやまじい……」
巨体に似合わない速度で、青年はリティに迫る。回避した際にリティは青年に剣撃を叩き込むが、それだけだ。
痛覚などあるはずもなく、受けたダメージによる傷はまるでなかったかのように見られない。
この際にリティは無駄な動きを極力排除する事に専念する。リティが彼に対抗できる手段は唯一、イリシスに教わった聖属性付与のみだ。
使えば青年に対抗できるが、同時にリスクでもあった。リティの少ない魔力ではロマ以上に持続も威力も期待できない。
つまり使いどころを見極める必要があるのだ。
ここで青年を倒すために使うとしても、せいぜい一撃だ。他にどんな脅威が潜んでいるのかわからない以上は、決して無駄使い出来ない。
そこでリティが取った行動は――
「邪魔しないで下さい」
リティは強い口調で青年の亡霊を突き放した。そして彼を無視して歩き出す。
亡霊である彼がこの行動に対して、どう出るか。リティは少しずつ探ろうとしていた。ただし発言に偽りはない。
「私は夢を追います」
背後を見せたリティに、青年の亡霊は腕を伸ばして襲いかかる。暗闇にも関わらず、リティはそれをステップしてかわした。
無限に続くとしか思えない闇の船内だが、リティは挫けない。
「ぎ、み……なんで……なん、でぇぇ……!」
青年が更に膨張する。腐った目鼻が完全に肉に埋もれて、もはや肉の塊でしかない。廊下の天井まで埋め尽くして、リティ目がけて再び迫った。
「よごぜ! ずるい! よごぜぇぇぇ!」
さすがのリティも走るしかない。暗闇の足場が不安定だろうが、リティは集中した。
底抜けした瞬間、次の足場に移る。全神経を集中させて、持ちうるフィジカルを最大限に発揮した。
走っても走っても際限なく続く廊下、背後に迫る青年の亡霊。
――諦めろ
誰の声だろうと、リティは止まらない。
――どうせ出られない
止まるはずがない。
――お前はここで死ぬ
死ぬ気などあるはずがない。
「ミャンッ! ここを出たらお肉ですよ!」
「……みゃんっ!?」
元気がないミャンの頭を叩く。朦朧としていたミャンが、特定の単語に反応した。
リティはミャンの口から片手槍を取り出し、踵を返す。迫る青年の亡霊に対して、リティの迷いのない一撃が放たれる。
「セイントトラストッ!」
暗闇を閃光が照らす。その瞬間には青年の亡霊は巨顔ごと貫かれていた。
肉塊を貫通した聖なる一撃は、そのまま青年の体を光で覆いつくす。
「アアアアァァ! アアァダアァァァ! ァァ、ダァァ! ヤ、ダァァ!」
光が青年の亡霊を食らうかのごとく、完全に飲み込んでしまった。
何故か暗闇だった船内の明度が上がり、おぼろげながら周囲を確認できるようになる。
「うまくいった……」
すでにリティが握りしめていた槍に、聖属性付与の痕跡はない。
リティはずっと考えていたのだ。自分の少ない魔力で、どう活かすか。攻撃の瞬間にピンポイントで付与して爆発させて解除する。
リティの頭で辿りついた方法だが、技術そのものはもはや異次元レベルだ。並み外れた魔術のコントロールであり、これ自体が特級の所業である。
あのアルディスですら成し得ないどころか、その発想すらないだろう。
魔力が少ない。言ってしまえばリティの欠点など、それだけだと証明された瞬間だった。
「もう少し消費を抑えないと……」
「みゃん……」
「ミャンは生物の性質を敏感に感じ取るから、アンデッドは理解できなくて困っていたんですよね?」
「みゃんみゃん……」
ミャンがこくこくと頷く。それを確認したリティが、今度はミャンの頭を優しく撫でた。
「ミャン、この船にいるのはちょっと変わった魔物です。ミャンは今まで通りでいいんですよ」
「みゃーん……みゃんっ!」
アンデッドを魔物扱いなどすれば、聞く者次第では激怒するだろう。しかし、リティのアンデッドに対する認識はそこで止まったのだから仕方ない。
未知の魔物、冒険者を続けていれば遭遇するものだと希望を膨らませる事態だ。
「さぁ進みましょう! ここは未踏破地帯ですよ!」
「みゃんみゃーんっ!」
槍をぶんぶんと振り回し、リティは探索を再開する。出られるかどうかなど、考えていない。
折れず、止まらないリティに対して今度はアンデッドが困惑する。或いは憎悪する。
それは幽霊船の真相に基づいた反応であり、特に彼らは核となっているものに影響されていた。
――ホシイ……
リティを分断させた主は今しばらく彼女を静観する。
* * *
「ナンデ、俺が、選ばれ、ナガッダァ……」
バロックの亡霊を仕留めたのはロマだ。最終的にバロックの首はロマ達をぐるりと囲めるほどの長さになっていた。
アンデッドとしてのバロックの実力は青年と大差ない。クーファの力あってのものだが、ロマもリティと同じ結果を出せたのだった。
「……選ばれなくても港の船乗りはあなたを頼っていたわ。何も見えなくなったあなたに少し同情する」
一途すぎる者の末路として、ロマはバロックの最期を見届けた。あるかもしれなかった自分の未来として、投影せずにはいられなかったのだ。
その度にロマはリティに感謝する。
「皆……スマ、ナ、カッ……」
言い終える前にバロックが完全に消失する。感傷に浸らなかったわけではない。ロマだけではなく、クーファも彼には思うところがあった。
「進みましょう……。リティさんもそうしてるはずです」
リティをリスペクトしているクーファだからこそ、言えたセリフだ。同意したロマが先頭を歩く。
明滅する灯りが照らす船内だが、先ほどとは違う。アンデッドが襲ってこないのだ。
「……静かね」
「アンデッドは魔物と違って習性のようなものが見えにくいですから……。だから怖いんです」
「クーファちゃんはよく勉強してるのね。リティを探すのも大切だけど、この怨念を終わらせるにはどうしたらいいかわかる?」
「これだけ大きな怨念となると……たぶん、大元がいるかと」
「大元?」
「一番強いアンデッドが他のアンデッドを引きつけてる場合が多いそうです」
「なるほど。わかりやすいわ」
希望を見出した直後、ロマ達の後ろの灯りが奥から順に消えていく。消えた先から闇が口を開けた。
「走りましょう!」
全力疾走を開始するも、迫る闇の速度が段違いだ。数秒とかからず、ロマ達を闇が覆う。
視界が闇一色となり、ロマ達は自身の手足の位置すらも掴めない感覚に陥った。
ここにきてロマは初めて恐怖に支配されかける。一寸先すら見えない闇の世界が、本能を刺激した。
喉元から悲鳴が出そうになる直前、何かが暗闇を照らす。
「……え?」
ロマ達を中心として明るいのだ。しかし闇の中で火を焚いたように、周囲は相変わらず暗闇だった。
見るとミライが祈りを捧げるようにして両手を重ねている。
「いや、いや……。怖い……」
祈っているように見えたポーズだが、怖がってそうしているだけだ。しかしロマには何故かミライのおかげだと思えた。
「ミライ……」
「やだ……やだ……」
クーファは何も言わずに、ミライの背中に腕を回す。そしてクーファが歩みを開始して、ミライも足を踏み出す。
ゆっくりと歩けば光もミライを中心として移動した。闇の奥で蠢く何かが迫ってくる様子もない。
「ミライは……本当は一体……」
クーファは身の振り方を考える。ミライがただの少女ではない事がわかった以上、責任がより重く圧しかかるからだ。
かすかに感じる途方もない魔力。今までそれを感じられなかった事もあり、クーファはあえてミライの可能性に賭ける事にした。
「ミライ……。あなたが何者なのかはわかりませんが、今だけは力を貸して下さい」
「ご主人様……」
「あなたが、わたしをご主人様と呼ばなくなる日が来るように……。絶対、手を離したりしません」
祈るミライの両手にクーファが手を重ねる。やがて暗い船内を軽快に進むが、アンデッド達が襲ってくることはない。
階段を登り、探索を続けてクーファが言う大元への手がかりを掴もうとしていた。しかし光があるとはいえ、暗がりでの捜索は難航する。
「クーファちゃん。大元の居場所って魔力感知でどうにかできないの?」
「そ、そういうのは祓魔師じゃないと……。霊的なものと魔力は違うので……」
「き、君達は?!」
ある部屋の前に差し掛かった時、正面に驚きの声を上げた男がいる。簡素な胸当てにシャツと、ややラフな格好ではあるがロマは彼を同業者だと思った。
「よかった! 生きてる人間だよな!? 俺、この船に乗ったんだけどさ……。誰もいないわいきなり暗くなるわで何が何やらで……」
「床がずいぶん軋むのよ。あなた、よく音も立てないで歩けるわね」
「は?」
「こっちに来ていいのよ? 一緒に探索しましょう」
ロマが手招きをするが、男は近づいてこない。正確には光の外、暗がりにいたままだ。
これだけで判断材料としては十分だった。ロマはリティにまた一つ、感謝する。
「どうしたの? さ、早く」
「怖いんだよぉ……その光をやめてくれぇ……」
「この部屋のドアを開けようとしたタイミングで、あなただもの。わざわざ教えてくれてありがと」
「アアアアァァァァアアアァ! 嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だおおおおお俺おおおキャプテン俺まだやっぢゃっダァァァァ……」
男が涙を流しながら、体中の関節という関節がねじ曲がる。顎が外れて、舌が床まで伸びに伸びて血しぶきと共に二又に割けた。
八つ当たりされて壊された人形のような奇形の男は尚も涙が止まらない。
「ギャブデン……オレ、イツモ、こうデ……」
「キャプテン……?」
そのフレーズにロマは眉を顰める。記憶の彼方から引っ張りだしたそれが真相だとは認めたくない。
巨大な船、キャプテン、冒険者風の男。たった三つの情報ではあるが、それだけでロマを戦慄させるには十分すぎた。
「キャプテン……まさか……」
ロマだからではない。冒険者であれば、誰もが一度は耳にした事がある。
もしこのアンデッドが言うキャプテンが、海の伝説となった男"キャプテン・クリーバー"であれば。数ヶ国から特級として認められるはずだった男であれば。
ロマは危うく武器を落としそうになった。




