表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/204

リティ、幽霊船に挑む

「部屋はこちらで……」


 青白い顔をした青年がエクスピースを船室まで案内した後、気だるそうに廊下の奥へと歩いていく。

 バロックとは正反対の態度に、ロマは気分を害した。


「お客様気取りでいるつもりはないけど、ちょっとやる気なさすぎない? この部屋もカビ臭いし、掃除してるのかしら……」

「綺麗な部屋ですよ。ね、ミャン?」

「みゃん……」


 ミャンの元気がない事にリティが気づいたのは、船に入ってからだった。

 口を真横にしたままで、いつもの鳴き声がない。病気かと心配になったリティは、腰かけていたベッドから立ち上がる。


「ミャンを誰かに診てもらいたいです」

「普通なら船医はいると思うけど、船内の案内すらないもの。他の人に聞くしかないわね」

「ミライさんも震えてますね……どうしたんですか?」


「怖い、怖い、怖い……」


 ガタガタと震えが止まらないミライが、クーファに密着している。クーファも困っているようで、何かと声をかけているが成果はない。

 ここにきてリティは違和感を覚える。ミライの様子、そして船内だ。

 あまりに物音がしない事。自分達以外に客がいない事。バロックや先ほどの青年。ミャンやミライの様子。

 言葉には言い表せないが、何かおかしいというところまで辿りついた。しかし同時に今まで気づけなかった理由がわからず、リティは困惑の色を隠せない。


「ロマさん。この船、何か変じゃないですか?」

「変……?」

「さっきの人も変なんです。何かわからないんですけど……」

「確かに陰気な人だったけど、変人呼ばわりは失礼じゃない?」


 腕を組んで、リティらしからぬポーズで考える。唐突に船室のドアを開けて、廊下の左右を見渡した。

 少しだけ歩いて床が軋む音を確認した後、納得したように頷く。


「さっきの人、この音を立てないで廊下を歩いていきましたね」

「……そういえば」

「そういうスキルなんでしょうか? だとしたら何のために?」


――ギィ……ギィ……


 廊下の軋み音が聴こえてくる。誰かが歩いていると見込んだリティは、また部屋の外へ出た。しかし無人の廊下があるだけだ。

 リティは耳を澄ます。船員や他の客が一人も見当たらないどころか、気配がしないからだ。


「ロマさん、船の中を探索……」


 リティが船室に向けて振り返ると、誰もいなかった。荷物だけが置いてある。さすがのリティも、生唾を飲む。


「お嬢さん……」


 背後から突然、声をかけられたリティが思わず距離を取る。そこにいたのは、腰が曲がって痩せた老婆だった。また足音すらない。


「医務室はどちらになりますか……?」

「乗ったばかりなので、私もわかりません。おばあさんはいつこの船に乗ったんですか?」

「そうですか……」


 リティの質問には答えず、老婆はよろよろと歩いて廊下の角を曲がる。ダッシュでリティが追うも、すでに老婆の姿はなかった。

 その先に広がる一本道の廊下の先は暗闇だ。壁に取り付けられているランプの灯りが不規則に点滅している。


「え……!?」


 奥の闇が迫る。後退して逃げる間もなく、リティは飲み込まれた。


                * * *


「リティ?」


 廊下へ出たリティが消えた。そんな現象がロマ達の前で起こる。


「ロ、ロマさん。リティさんは……?」

「いないわ。クーファちゃん、ミライちゃん。リティが言った通り、どうやらこの船は普通じゃないみたい」


――ドォンッ!


 船室の壁が強く叩かれる。話し声がうるさかったとロマは反省しかけたが、思い出す。音がした壁の向こうは海だ。


「一体、何なのよ!」


 ロマの怒声の後、今度は廊下からボソボソと話し声がした。音もなく複数人が現れて立ち話をする暇などない。

 ミライを抱いたまま、クーファがポツリと話す。


「あの、もしかしてこの船……幽霊船では……」

「幽霊船?」

「本で読んだ事があります……。海には時々、沈んだはずの船が亡霊となって彷徨っていると……。そしてそこではおかしな事が起こるって……」

「き、聞いた事はあるけど。つまり私達は招待された事になるわね」


「見てる……見てる……笑ってる……怒ってる……」


 クーファはミライから絶対に手を離さない。自分で幽霊船だと断定したクーファ自身、震えて叫びたくなるほど怖いのだ。

 傍らにいるミライが、クーファの精神をかろうじて安定させているようなものだった。

 閉めたドアがノックされて、ロマ達に緊張が走る。


「よう! 船旅はどうだ?」

「バ、バロックさん? 港にいるはずじゃ……」


 ドア越しに聴こえるバロックの声だが抑揚がない。


「わからない事があったら何でも聞いてくれよ!」

「バロックさん、この船って大丈夫なの?」

「気分が悪くなったら遠慮なく医務室に行ってくれよ!」

「そうじゃなくて!」

「わからない事があったら何でも聞いてくれよ!」


 これ以上、彼との問答は無駄だとロマは悟った。バロックはずっと同じトーンで話し続けているからだ。


「船旅はどうだ? わからない事があったら何でも聞いてくれよ! 船旅はどうだ? わからない事があったら何でも聞いてくれよ! わからない事が船旅はどうだあったら何でも聞いて船旅くれよわからない事があったらどうだ船旅はわからない」


 ロマがドアを蹴破る。脆い木製のドアが破壊された先には誰もいなかった。


「リティを探しましょう」


 震えないロマの声を通して、クーファは彼女を頼もしく感じた。リティの安否を考えてしまえば、ロマとて気が狂いそうになる。

 そんな不安を押し込めて進もうと思えるのは、やはりリティのおかげだった。

 彼女なら絶対に屈せずにむしろ心を躍らせているに違いない、と。エクスピースとして、ロマは気持ちだけでもリティの横に並び立とうとしているのだ。


「ロマさんは……怖くないんですか」

「私の中に支えがあるの。あなたの場合、その子を守りたいと強く思えば何も怖くないわ」


 ミライの震えが止まらないのは自分に力がないからと、クーファは自分を戒める。

 魔法使い(マジシャン)ギルドからも認められた高魔力、そして水の上位精霊。ここまで恵まれている自分にクーファは改めて感謝した。

 ナプトの傲慢な態度を嫌悪したクーファだが、今は少しでも彼に近づこうとすらしていたのだ。自分の強さを自覚して力を振るう。

 今、クーファ自身がそんな気持ちを必要としている。


「……アーキュラ」

「なーにー?」


 アーキュラだけがいつものペースだ。彼女ならこうなる事を予感していたのだろうと、ロマは何となく思う。

 アーキュラは頼りになる味方でも守り神でもない。契約通り、すべてはクーファ次第なのだ。

 そんなクーファが、アーキュラの液体のような体に手を突っ込む。


「わたしは強いから見ていて……」


 アーキュラから水しぶきが周囲に散る。クーファが水の精霊の力を活用したのだ。アーキュラが持つもの、出来る事をクーファが引き出す。


水属性高位魔法(リアルレディ)


 その言葉を聞いた時、アーキュラに衝撃が走る。言語化しなかったものの、それは彼女が常にそうであると願っている事だからだ。

 何をされようが、言われようが自分という現実は変わらない。そして、誤魔化せない。


「なっ……! この船……!」


 水しぶきが風景を塗り替えるように、幽霊船の真実を引き出した。腐って剥がれかけた木製の壁。

 錆だらけのランプにへばりつく得体の知れない海藻や寄生生物。床の所々が抜けて、穴には深淵の闇が広がっている。

 同時に臭気がロマ達の鼻腔を刺激して、全員が思わず一瞬だけ呼吸を止めた。


「アーキュラは……たぶん気づいてましたよね。この船も、潜む何かの正体も……。だから、私がその力を借りました」

「……お見事ー」


 早い話が正体不明が可視化されたのだ。だから揺らめきながら迫る黒い影も、全員が視認できる。

 朽ちた暗がりの船室から這って出てくるものも同様だ。


「アンデッドの声を聞いた上で浄化させるのが祓魔師(エクソシスト)ですが……。私達にその手段はないです。だから、ここはイリシスさんに感謝しましょう……」

「まったく、あの人は神様かしら」


 ロマが剣を抜いて、短く詠唱する。刀身が白に包まれて、やがて強い光となった。


聖属性付与(ホーリーウェポン)……。私の少ない魔力じゃ持続も効果も乏しいけど、ないより遥かにマシだわ」


 聖騎士(パラディン)であるイリシスが持つ属性付与だ。ロマは胸の内でイリシスの言葉を反芻する。


――海は怖いところだからな


「本当にね……。こんなに怖いなら、おちおち航海も出来ないじゃない」


 ロマはリズムを刻み始めた。同時に敵のリズムの把握も務める。影の一つに斬り込むと、つんざく雄叫びと共に離散して消えた。

 それは悲鳴のようでもあり、ロマは彼らに同情しかける。


「やっぱり聖属性は有効なのね。気の毒だけど、邪魔をするならこのまま消すわ」


 暗がりの船室から這って出てきた上半身だけを残した腐乱人間の頭に、ロマは剣を突き刺す。身体が溶けるようにして、腐乱人間は床に染みながら消滅した。


「クーファちゃん! とりあえず走るわよ! リティはどこかにいるはずだから!」

「あ……」


 走り出そうとした一行の前に、バロックが立っていた。最初に会った時と同じように、快活な笑顔だ。

 何か言おうとしたロマだが、言葉に意味はあるのかと主張を飲み込む。

 バロックの首に痣があり、それがじわりと濃くなる。首が折れて、俯くような姿勢となった。


「わがらないぃことがあっだらぁ」

「バロックさん! あなたはもう死んでるのよ!」


 折れた首がろくろ首のように伸びて、床につく。ぺたりと床に四つん這いになり、頭が激しく痙攣する。そして口から泥のような血が流れ出た。

 血に頭を擦りつけた後、飛び出しかけた目玉がロマ達を捉える。


「なぜおまえ達がぁ……ああぁ……」


 この瞬間、ロマは確信した。彼らが自分達に向けている感情と、目的がわかってしまったのだ。

 それはハッキリとした敵意という形で表れてしまっている。だからこそバロックの亡霊は幽霊船にエクスピースを招待したのだ。

 しかも敵はバロックだけではない。エクスピースが生き残るには、この巨大な幽霊船を攻略する必要がある。


「ご主人様……」

「あなたの未来は約束します!」


 ミライの体を水属性高位魔法(コールドマザー)が包んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] そう言えば、物霊使いでも幽霊船はでてましたね。 ……もしかして、幽霊船ネタがお好き?
[一言] やれやれコイツはまた古典的な幽霊船だな(-.-)y-~ 自然発生な幽霊船なら何か幽霊達を引き寄せ、この世に止めておく何か怪しい仏像?神像?の類いがあるはずだが(ー_ー;)
[良い点] 聖剣伝説3の幽霊船を思い出したw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ