リティ、港町ではしゃぐ
「あれは……海ぃ?!」
「みゃんっ!」
王都を発って幾日、エクスピースは最短ルートを旅してようやく港町に辿り着いた。
近付くにつれて漂う潮風に、リティのテンションが高まる。内陸の村出身の彼女が海を見るのは初めてである。
絵本やお話の中でしか知らない自然に対するリティのリアクションは駆け出す、だ。
「リティ! 待ちなさい! まずはやるべきことがあるでしょ!」
「はいっ!」
「もう……」
ロマの制止で急停止したリティが、直立して向き直る。しかし、体が今にも動き出しそうだ。
「まずは船のチケット購入よ」
「その後で泳ぎましょう!」
「そんな暇があればね。そもそもリティ、水着を持ってるの?」
「水着?」
服を着たまま、あるいは裸で飛び込んでもおかしくないとロマは額を押さえて呆れる。
いかにもな振る舞いをしたせいか、行き交う人々の視線を集めてしまったのも原因だった。
「水なんていつでも見てるでしょー? そぉれっ!」
「わぁっと! アーキュラさん、何するんですか!」
「チッ……どこかのマスターと違って回避するからつまんないー」
「リティさんはとても素早いでひゃあぃっ!」
腹いせに水をかけられたクーファが港町到着にして泣きそうだ。濡れたクーファを手持ちのハンカチで拭いてやるミライ。
港町の入口で目立つわけにはいかないと、ロマが先導して歩き出した。
港町特有の活気に、リティの好奇心はまたも頭をもたげる。更には人々の個性だ。人間や獣人、ハーフが入り乱れて当然のように同じ生活圏を共にしている。
立ち並ぶ露店は、食品関係から用途不明の魔導具店とピンからキリだった。
客の値切り交渉にまで顔を突っ込んだリティを止めるのはロマの役目だ。良質な魔石を少しでも安値で買おうとする客と商人の攻防に興味津々である。
「ロマさん。すごいですよ、あの人達。買う人と売る人、事情があるからこそ譲れないんですね」
「そうね。商人は冒険者ギルドでもジョブとして認められているから、客としても値切りがうまくなるのよ」
「そぉなんですかぁ! 称号、欲しくなりました!」
「今はダメ! ジョブがあればすぐに飛びつくんだから!」
口が滑ったとロマは後悔した。痒いところに手が届く商人ではあるが、戦闘ではあまり活躍できないので敬遠しているパーティもいる。
それに詰め込まなければいけない知識量が膨大なので、ようやく獲得した者はそのまま商売人の道を歩む場合が多かった。
つまり冒険者として活動するのであれば、戦闘職のほうが圧倒的に都合がいい。
「上位のパーティほど連れているとは言うけどね。要は守る余裕さえあれば、経済面で大きな助けになるもの」
「うー……。称号ほしいです」
「さすがのあなたでも、こればかりは月日を費やすわよ。それよりチケット売り場に着いたわ」
このままでは本気で称号獲得を決意しかねないと、ロマは話題を打ち切った。
今の目標は準二級昇級試験であり、あまり脇目を振っている場合ではないのだ。
ただでさえリティの騎士、ロマの踊り手、クーファの魔法使い獲得で日数をかけてしまったのだから。
ロマがチケット売り場で話を始めるが、まもなく肩を落とす。
「今日のチケットは完売みたい。それどころか三日先まで予約されてるって……」
「それじゃ三日間、ここで待たなければいけないんですか?」
「そうね……。最近は冒険者の活躍も目覚ましくて、新しい発見に伴って交易も盛んになる。次々と商売に手を出す人も多いのよ」
「アーキュラさんではダメですか? 水の精霊なら水をばしゃーんってやってびゅーんってやれませんか?」
「あたしの力を当てにしてるー? クーファにそれが出来るなら、やってあげるけどねー」
結論から言えばアーキュラならエクスピースに海を渡らせる事は可能だ。しかし彼女はクーファが可能な範囲でしか動かない。
そういう契約であり、クーファ自身も納得している。
「少しの距離なら出来るかもしれませんが、遠いですよね……」
「待つしかないわね。念のため、パワーロビンさんにハルピュイア運送で遅れると伝えておかないと……」
「最終便のチケットならあるぜ」
エクスピースに話しかけてきたのは、いい体格をした中年の男だった。いかにも海の男といった風体で、仁王立ちしている。
自信に満ちた笑顔が、エクスピースに好印象を与えた。
「あなたは?」
「俺はバロック。波止場長をやってる。そこの受け付けにいる奴はまだ新人でな。慌てて完売なんて言ったんだろう」
「す、すみません! バロックさん!」
受け付けの男が大急ぎでやってきて、バロックに頭を下げた。
「気にするな。それよりお前は休憩に入れ。最終便の対応はこの子達も含めて、俺がやっておく」
「はい……。本当に世話になります」
恐縮しきった新人の男が、すごすごと退散する。人当たりがよく、部下思いのバロックをリティは気に入った。
不覚にも、彼女はいつかのロガイを思い浮かべてしまったのだ。
「バロックさん。どうもありがとうございます」
「なぁに。君達みたいに、損をする者が出ないようにするのが俺達の務めさ。見たところ、冒険者かな?」
「はい。エクスピースというパーティです。全員、三級なんですよ」
「三級?! しかも女の子だけで……なんだかよくわからないのもいるが……」
よくわからない呼ばわりされたアーキュラだが、自分の事だと微塵も思っていない。
そして楽しく話し込むエクスピースを、目を細めて見ている。リティに巻き付いているミャンが微動だにせず、鳴き声も出さない。
どうしようかと少し悩むアーキュラだったが、非情な決断を下す。
「……ま、いっかー」
クーファにくっついたまま震えているミライを一瞥して、いつもの上下運動に興じるのであった。
* * *
「あー、疲れたぁ……」
「お疲れさん。売り場も大変だろ?」
「えぇ、最近は利用客がホント増えましたよね……」
日が落ちて、波止場で働く者達の一日が終わる。休憩所にて、その日の出来事などに華を咲かせるのが彼らの日常だった。
新人の男が椅子に身を委ねて、昼間の件を思い返す。
「今日は最後の最後でやらかしましたよ、先輩。夕刻の最終便があるのに気づかなくて、客の女の子達に損させるところでした」
「……ん?」
「バロックさんがいなかったら、そのまま帰すところでしたね。はぁ……未だにこういうの減らないよなぁ」
「お前、何言ってんだ?」
ベテランの男が、ドリンクが入ったグラスを持ったまま固まる。
「バロックさんですよ。あの人、本当に頼りになりますよね。さすがは波止場長になるだけありますよ」
「お前、バロックさんに助けてもらったのか? マジか? おい……」
「そうですよ。先輩だってあの人には世話になったと話してたじゃないですか」
「……冗談でも殴るぞ」
新人の男が胸倉を掴まれた。訳が分からず、新人の男はされるがままだ。
「ちょ、何するんですか」
「去年、自殺した人をネタにするんじゃねぇよ」
「……へ?」
「お前だって見ただろ。あの人が自室で首を吊っていたのをよ……」
その刹那、新人の男の頭の中にその光景が広がる。出勤してこないバロックの家を訪ねた時の事を。
彼が波止場長に推薦されていたものの、別の人間に決まった事を。
長年の夢だった波止場長になれず、悲観して自殺した旨を記した遺書が見つかった事を。
「あ、あれ? 俺、なんで……。そうだよ、なんで、なんで忘れてたんだ……」
「お前、その子達は今どこにいるッ!」
「わからないですよ! 船がないなら乗れませんし!」
「馬鹿野郎! もしバロックさんの亡霊ならやばい事になる!」
「あの人、いい人でしょう!?」
「お前、何もわかってないな!」
新人の男から突き飛ばすようにして手を離して、ベテランの男は港に走る。
息を切らせながらも新人の男がついていくと、暗がりの海の向こうに一隻の船が見えた。
「あんな船……知らないぞ?」
その船にエクスピースが乗ったかどうか、二人に知る術はない。ただ船が遠ざかる姿を見届けるしかなかった。
* * *
「レストナ国より参りました"神教"のハイルマンです。この度はわざわざお出迎え――」
「待て。それ以前の問題だ」
王都の北口にて、雁首を揃えるレストナ国の使者に対してレドナーは冷酷に告げる。
事前に訪問の旨を伝えており、国王も了承した件だ。ハイルマンもまさかダメ出しをされるとは思ってなかったのだろう。
しかもその相手がレドナーであり、たった一人だった。甲冑を身に着けた護衛の姿もない。
「……はて。話は通っているはずですが」
「貴様はその化け物にまたがって我が国の国境を越えた」
ネームドモンスター、憤怒の大王。垂れ下がる三つの長い鼻。その先に剥き出す大小の牙。羽を広げた蛾を連想させる耳を持つ。
そんな象の化け物が、レドナーを厳しい瞳で見下ろしていた。
「なるほどな。戦争をやりに来たというわけか」
「お待ち下さい。"パオム"は大変大人しい生物であり、それはすでに各国も容認しているはずですぞ。まったく、頬が緩みますなぁ……ホッホッホッ」
冒険者ギルドにおいても一級に指定されるほどだが、レストナ国では神の使いとされて重宝されているのだ。
憤怒というネームとは裏腹に怒らせなければ懐かせる事も可能だが、危険な魔物には変わりない。
各国も容認しているなどと発言するハイルマンだが、問題視したところでどうにもならないのが現状であった。
レストナ国発祥のマティアス教は大陸中に広まっており、各国に教会や支部が数多に存在する。
場所によっては馬鹿にならない信者数に加えて、彼らが経済に貢献している面は大きい。活動によって得た資金の一部を税金として納められてしまえば、国も黙るしかないのだ。
冒険者ギルドに次いで各国に根を伸ばしているのがマティアス教である。
「魔物に乗り他国の国境をまたぐ……。これを暴挙として認識していないのであれば、貴様を進ませるわけにはいかん」
「お言葉ですが、暴挙はそちらでしょう。聖女クラリネを不当な理由で投獄などと知れ渡れば、あなたが愛する国もいずれ無事では」
レドナーの得物が大地を粉砕して削った。三日月状にえぐれると共に、大地の岩盤が魔物の鼻先寸前まで飛ぶ。
臨戦態勢のレドナーに、神教クラスのハイルマンも言葉を繋げられない。
「いずれ無事では? なんだ? はて……。あまり後ろ向きに捉えたくはないのだが、どうもなぁ。いずれ無事では……。無事では……済まないなどとッ!」
「ひいぃぃっ!」
レドナーが得物を回転させて空を切る様は、嵐に酷似していた。更に勢いが強くなれば、本当にそれが訪れるだろう。
「無事ではぁ! 済まないッ! などとぉ? 言ってしまえばぁ! 私は……私はぁぁぁぁッ!」
「申し訳ありません! どうか、どうか!」
怯えているのはハイルマンだけではない。一級の化け物ですら、自分よりも小さなレドナーから長い鼻を逸らして後ろ足を動かしていた。
近づきたくないという意思表示が、ハイルマンにも伝わってくる。
「出直して参りますぅぅ!」
ハイルマンを乗せた象が大地を駆け出して逃げ出す。レドナーが飛んで、象に乗るハイルマンの背後を取った。
首に腕を回されて、もはやハイルマンに逃れる術はない。
「ひえぇ! お、お助けをぉ!」
「で、貴様らの望みは聖女の解放だったな。解せんよ。聖女投獄となれば、国内の大混乱は避けられん。貴様らとしては何としてでも達成したいはずだ。ところが実際には使者一人よこすだけというお粗末ぶり……。どうした? やる気がないのか?」
「そんな事は……」
「それとも、他に大変な事でも起こっているのか?」
ハイルマンは血の気が引いた。それが図星である事はレドナーから見ても明白だ。
レドナーが親指を向けた先には、騎士団に拘束された者達が大勢いる。彼らが何者か、ハイルマンは理解した。
「まさか、マティアス教の信徒達では……」
「ここ最近、王都内で不穏な動きを見せていた。妄想活動程度ならば黙認してやったが、コソコソと少女達をつけ回す。時には施設内に連れ込んでいたというではないか」
「お前達ッ! あれほど大袈裟な事はするなと……ぐえぇぇっ!」
首を締めつけられたハイルマンが潰れそうな声を出す。青ざめるハイルマンに構わず、レドナーはそのまま憤怒の大王の背中から飛び降りた。
虫の息というところに迫ったハイルマンをようやく解放して、レドナーは彼に対してしゃがむ。
「それでも、我が国王は貴様を交渉のテーブルに着かせるそうだ。なぁに、悪い話ばかりをするつもりはない。お互い良い関係でいたいだろう? 貴様らが何かを望んでいるのであれば、条件次第で聞き入れよう。当然、持っている手札はすべて出してもらうがな」
「わ、わかりました……」
観念したハイルマンに自己弁護する気力はない。漏れないように細心の注意を払って信徒達に指示を出したつもりだったのだ。
時には暗号めいた身振り手振りを交えて、伝言ゲームのように地道に伝えたはずだった。
信徒達のやり口が裏目に出たのは間違いない。しかしここにきて揺さぶる材料にされるなどと、ハイルマンにとって完全に誤算だった。
「聖女の解放、そしてもう一つは何だ? 城へ招待してやるから、さっさと歩け。そこの化け物は殺さないでおいてやるが念のため、監視をつける。イリシスッ!」
「ハッ!」
「必要とあれば貴様の独断でこいつを殺せ」
「かしこまりました!」
内心、ため息を吐きつつもイリシスは象の化け物を見上げた。憤怒の大王を飼い慣らしているレストナ国の底を想像すれば、彼女とて穏やかではいられない。
悪い事にならなければいいが、と彼女は旅立ったエクスピースの面々を思い浮かべた。




