リティ、出発前夜を過ごす
リティ達は王都での最後の食事を楽しむ事にした。出発の準備も終えて、いよいよ明日と迫ったところだ。
ロマとクーファの称号獲得祝いも兼ねている。場所はあえて大衆向けの店だ。
資金的に高級なレストランを選択する余裕もあったが、リティはその手の店にいい思い出がない。
「ロース! ハラミ! やっぱりいいですねぇ!」
「リティは肉ばかりね。野菜も食べるべきよ」
「そうですよね!」
「みゃあーんっ!」
ミャンが気合いを入れて生肉にがっつく。さすがにはしたないとリティに軽く頭を叩かれた。
拗ねてテーブルに顎を乗せるまでがいつもの流れである。
「その子、ちょっと意地汚いわね……」
「ミャンは食いしんぼうなんですよ」
「みゃん」
「リティ、ミャンにも取り分けてあげたら? この子、肉食よね……?」
しばしばミャンの性別や食の好みについて話題に上がる。肉を好むというだけで基本的に何でも食べるというのがリティの雑感だ。
人間と違うから何でも与えるのはどうかとロマが口出しするのも常だった。
「あんたも野菜食べたらー?」
「あ、お、お肉……」
「ご主人様、お肉おいしいです」
「わたしも……」
アーキュラが、クーファの皿に次々と野菜を盛っている。一方、ミライは焼き立ての肉を頬張っていた。
「ロマさん。踊り手の称号獲得おめでとうございます!」
「ありがと。でも、まさか自分が踊り手だなんてね……。支部長に『王都の星になれるわぁ!』なんて言われるし……」
「ロマさんの踊り、見たいです!」
「ダメよ。さすがにここじゃ恥ずかしいもの……」
オズウェン戦で見せたロマの踊りはリティも覚えている。油断すると魅せられるほどの動きで、尚且つ読めないのだ。
まるで自分と敵の動き、それぞれ先まで見通しているようだとリティは後になって考えていた。それがリズムというものだとは、まだ教えてもらっていない。
「ロマさん、私の動きも読んで邪魔にならないように踊っていますよね」
「そんな事ないけど……」
「私もすごく戦いやすくて、これからの冒険が楽しみです。あの踊りのおかげで、頑張ろうって思えます」
「リティ……」
頬に手を当てて、ロマは自分でも理解できない感情に襲われる。そんな彼女に構わず、リティはナプキンでロマの口元を拭いた。
リティらしからぬ行動にロマは思わず席から落ちかける。
「リ、リティ!?」
「口が汚れていたからつい……。迷惑でしたか」
「そんな事ないわ」
「みゃあーん!」
「ひゃっ!」
ミャンに口元を舐められてロマが悲鳴を上げる。リティの真似をした善行のつもりだ。
気を取り直して、盛られた野菜を処理するクーファと肉を食べ続けるミライを見る。見かねたロマがクーファの皿に肉を乗せた。
「ロマさん……」
「あなたがマスターなんだから、しっかりしなさい」
「でも、野菜だって頑張って作ってる人がいますし……。残すなんて出来ません」
「そこなの……。アーキュラも、少しはクーファを敬いなさい」
「敬って野菜で栄養とってもらおうとしたんだけどねー」
「口が減らないわね……。からかうのも程々にしなさいという話よ」
「はぁーい」
「ご主人様、お肉が食べたいんですね」
ミライがクーファの皿に肉を乗せ始めて、今度は肉だらけになる。
何とも情けないマスターだ、とロマも思わなくもない。しかし今はこれでいいというのが彼女の結論だ。
ロマ自身も他人をどうこう言える立場ではないと自覚している。実力も人間的にも、学ぶべきことが多々あるからだった。だからこそのエクスピースなのだ。
ロマがクーファ達を眺めていると、リティが顔を覗き込む。
「ロマさんはお姉さんみたいですね。私達だけだと失敗しそうなところでも、うまくまとめてくれそうです」
「お、お姉さん?」
「アーキュラさんが反省して、ミライさんがクーファさんにお肉を分けてあげました」
「大した事でもないように思えるけど……。リティに褒められるなら悪い気はしないわ」
言葉以上にロマは目を逸らして照れていた。リティも以前はトーパスの街にて行った実習で、不和をうまくまとめている。
しかしそれはあくまで冒険者としての枠組みであり、冒険という目標があってこそだ。
やや浮かれつつあったロマだが、クーファを見て思い出す。称号を獲得したのはロマだけではない。
「クーファちゃん、魔法使いの称号獲得、おめでとう」
「ありがとうございます……」
「ご主人様、お肉」
「お祝いしないとねー。もっともっとー」
「あの、ちょっと……」
「こらっ!」
てんこ盛りになった肉を前にしたクーファはまたも困惑するが、今度は食べ始める。
次々と肉を口に運び、皿が綺麗になるのに大した時間はかからなかった。ミャンですら何度も瞬きしている。
「おいしいですね。もっと食べたいです」
「クーファちゃんって意外と食べるのね……」
「なんだかんだ言って野菜も一瞬でなくなったからねー。あんた達、どんどん肉を焼きなさいねー? アタシのマスターを祝いなさいー」
「あなた、さっきから何もしてないじゃない……」
精霊であるアーキュラは食事を必要としない。唯一、彼女だけがこの場を楽しめないと知ったリティは少しだけ後悔した。
幻獣も大概だが、水の精霊など完全に別次元の存在だ。そんな彼女の存在も相まって、この奇妙なパーティが大衆向けの飲食店で目立たないわけがない。
酒が入った男がリティ達のテーブルにやってくる。
「君達はどういう集団なんだい? 見た事もねぇ生き物もいるしよぉ?」
「冒険者パーティ、エクスピースです。こっちは幻獣ミャーンで、上下に伸び縮みしてるのは水の精霊です」
「え? いや、なんて? これ長いね? 長すぎる!」
「みゃーんっ!」
ミャンが長さを主張するように、後ろ脚で立つ。思ったよりも長い胴体に男は感心した。お腹を撫でて、両脇を触る。
調子に乗ったミャンが体をくねらせて妙な動きを始めた。それがより注目を集めるきっかけとなり、人だかりとなる。
質問攻めが続き、客の中にはドリンクなどを奢る者も出始めた。この状況に唸ったのは店主だ。
「ううむ……。やはりこういったマスコットが必要かもしれないな。いい客寄せになる」
「水の精霊はどうー?」
「いや、遠慮しとく……」
「まったく、ミャンミャン、ミャンって……」
ゆらりと立ち上がったロマの異変に気づいたのはリティだ。目が据わり、顔全体が赤い。
ふらつくロマを支えようとするリティだが、いきなり抱きつかれる。
「ロマさん?」
「リティ~、ミャンやイリシスさんよりも私のほうが魅力的だってわからせてあげる……」
「なんか変な匂いがしますよ!」
「やべ、飲ませすぎたかな……」
客の一人が持っていたのは酒ビンだった。彼がロマに酒を薦めたところ、いわゆる"いける口"だったのだ。
普段のロマの性格ならばアルコールの類は摂取しない。今回は場の雰囲気に加えて、客の好意がある。一口だけなら、と飲み始めたのがよくなかった。
「ねぇ、リティ~。今から私を忘れられなくしてあげるね? イリシスさんなんかよりもねぇ?」
「ロマさん、どうしたんですか?」
するりとリティから離れたロマが、店の中央に立つ。客達の視線が注がれる中、舞い始めた。
流れるように狭い通路をかろやかな足取りで移動して、くるりと回転して。優雅、妖艶とも取れるその踊りにリティ達を含めて全員が見とれてしまう。
「美しい……」
「取り込まれてしまいそうだよ……」
「癒やされるなぁ」
「これだ! これだよ! うちの店には踊り子がいないんだ!」
客が思い思いの感想を呟き、店主が何かの結論を出す。クーファは思わず姿勢を正し、アーキュラが水しぶきを散布する。
店内に虹がかかり、ロマの踊りを幻想的なものに引き立てた。
精霊が酒に酔うはずなどないが、アーキュラもまた場の雰囲気に酔ったのだ。ただなんとなく、というべきだろう。
それほどロマの踊りが完成されていて、精霊としても称えたくなるものだった。
「ロマさん……それが踊り手なんですね」
次第にリティは落ち着きがなくなる。ロマの踊り手としての実力を見せつけられたのだ。
同時にジェニファがロマを見込んだ理由がはっきりとわかってしまった。動き自体は可能だが、そこから先は真似できないとリティは悟る。
ロマのような人間だけが持ちうる魅力は、鍛錬ではどうにもならないのだ。
かつて剣士ギルドでロマが味わった屈辱を、今はリティが噛みしめている。
「私も! 負けません!」
「みゃんっ!」
リティが必死にロマの動きを観察して再現しようとする。ミャンも参戦するが、ロマという主役には太刀打ちできない。
「可愛らしいよなぁ」
その程度の感想が関の山だった。しかも技術も足りておらず、いわば子どもに対する褒め言葉のようなものだ。
それでもリティはロマを見続ける。自分に足りないものを手に入れようと、この場においてもリティはリティだった。
そしてロマの踊りが締めに入ろうかという時、悲劇は起きる。
「う……」
糸が切れたようにロマが動きを止めて、倒れてしまった。少しの間を置いて何が起きたのか、ようやく全員が理解する。
「さ、酒を飲んでりゃな……」
「うん、思わず見とれちまったけど止めるべきだったよな」
「ロマさん! ロマさん!」
アルコールに関する知識がないリティは、ロマの身に何が起こったのかが理解できていない。
周囲の大人達が適切な対応を取ってくれたが、ロマの口からうわ言だけが漏れてくる。
「リティ~……。今度は私がぁ、お風呂にぃ……」
「なんか言ってる! やばいぞ!」
「早く運べ!」
ロマの惨事により、出立予定日が伸びてしまった事などリティは問題にしていない。
酒、アルコール。これらに無知だった自分をひたすら恥じて、知識を仕入れようと奮起するのだった。
ファクティア王国において、酒による年齢制限が15である事を知って大人に非はないとも学ぶ。
しかし一つだけ、リティにはわからない事があった。
「ミャンも魅力的ですよね?」
「みゃーん!」
「ロマさんもミャンも素敵です。起きたら伝えてあげましょう」
「みゃんみゃんっ!」
どちらかが上だとか、そんなものに拘る必要はない。そう結論を出したのがロマだ。
不可解に思いつつも、リティはロマを安心させようと考えていた。




