リティ、パーティ名を気に入る
「闇属性低位魔法は一時的なものだったみたいで、今は傷も癒えました」
医務室にて療養中のマームがベッドにて、上体を起こして答える。治療を遅らせる原因となった闇属性は謎が多い。
火や水などの基本属性は人間でも適合属性となり得るが、闇は魔物や魔獣といった人外の領分なのだ。
それだけに未だに研究が進まない属性である。
「マームさん、あの。わたし、勝ちました」
「ありがと……。クーファさんはやっぱりすごいなぁ」
「マームさんにコントロール方法を教えてもらったおかげで勝てました……。だからマームさんの勝ちでもあるんです」
「そうかな……」
疑問に思いながらも、マームは微笑む。不器用に両手の拳を握りしめるクーファが妙に面白いせいでもあった。
リティもそんなクーファを見て、心の底から喜びで満ちている。彼女の幸せはリティの幸せでもあるのだ。
悪魔の支配下にあった時を思えば、リティは今のクーファをどこまでも祝福できる。
「私も頑張らないと……」
「あの! マームさんとわたし、二人の力なんですよ! わたし一人じゃ勝てませんでした!」
「そんな事ないよ」
「わたし、言葉が下手で……なんて言っていいかわかりませんけど……」
クーファが口ごもりながらも、顔を真っ赤にして熱弁している。
明らかに落ち込んでいるマームをクーファなりに励まそうとしているのだ。自身の経験から得た中で、最良の言葉を選ぶのに必死だった。
「わたしはリティさんに助けられました。それでも一人で無茶をして危ない目にも遭って……。そんなわたしが今はマームさんのおかげで勝ちました。わたし、マームさんが思ってるほど強くないんです。皆さんがいないと、ここに立ってる事すら出来ませんでした」
マームは何も言わずに、白い布地に視線を落としている。
クーファの言葉を聞いて、自身の心の奥底にあった思い上がりについて見つめ直していたのだ。
教官達から褒められて、次第に自分には才能があるなどと浮かれつつあった。表面上では謙遜してもナターシェにも持ち上げられて、その気になっていた。
つまり彼女は半ばクーファに嫉妬しかけていたのだ。
「魔力がすごいだとか褒められましたけど、実感が湧きません。大魔術師の後継者達のあの人との術戦だって……術戦じゃなかったら……。
でも、あの人はすごいですよね……。魔力が高くて、自分にもすごく自信を持っていて……あ、馬鹿にしたり傷つけるのはダメですけど」
根が内気なクーファは戦いに向いた性格ではない。
だからこそ、ナプトのような対極にいる自信家すら認めてしまう。自分にはないものを持っているからだ。
しかし誰かの為に本気で怒って戦い、怪我なく勝つ程度には成長した。そんな大きな一歩を、クーファは実感している。
「わたしも足りないものがたくさんありますけど、これから少しずつ学んでいきたいです。だからマームさんも、落ち込まずに進んで下さい。支えてくれる人がいますから……」
黙って聞いていたナターシェが恥ずかしそうに後頭部を掻く。
マームを守れなかった自分がどう声をかければなどと、彼女は自身を責め続けていた。
クーファがそんな悩みの懸け橋となってくれたのだ。そのおかげで、少しだけマームの顔を見る事ができた。
「……マーム様。私はかつてパーティメンバーの事も考えず、昇級の為に必死だったのです。でも結果的に愛想を尽かされました。『お前は異常だ』って……。デマイル様に拾っていただいた時の事は今でも忘れません。あなたの父上がいなければ、私は追放冒険者となっていたでしょう」
「ナターシェ……?」
「マーム様は得体の知れない私のような冒険者にも優しく接してくれましたね。私はあなたにも救われたのです。その恩に報いる事が未だ出来ず、今回のような惨事となり……すみませんでした」
「そ、そんな事! あなたがいなかったら私こそ……」
そして互いに沈黙する。これ以上のやり取りは不毛だと察した。
かつては上昇志向を見せていたナターシェだ。何せパーティメンバーの一人が死んだ直後に、準一級昇級試験への再挑戦を試みる始末である。
気がつけば一人になった彼女は当てもなく彷徨い、廃人同然となっていた。
デマイルに頼られて家族同然の扱いを受けているうちに、ナターシェは人としての在り方を学ぶ。冒険者である以前の原点に立ち返った事で、いつしか上昇志向も消えてしまった。
この時になって、彼女は気がついたのだ。仮に一級になってもその先に広がるのが暗闇だ、と。
「……目につく冒険者達がすごいのばっかりで、負けたくないって気持ちが強くなっていった。
ちやほやされている人を見て、悔しいって思ってた。冒険者稼業にのめり込みすぎて田舎の両親の訃報を随分と後になって知ったもの……」
リティはルイズ村の両親の顔を思い浮かべた。ナターシェの潰れそうな表情を見て、後悔してからでは遅いとリティはより強く思う。
「何かになりたいってだけじゃダメ。その先に求めるもの……求め続けたくなるものがないと、ね」
ナターシェのその言葉は、まるでリティにも言い聞かせるようだった。冒険して物語の主人公になりたいと願ったものの、なってどうすると言われたようなものだ。
胸に手を当てて、リティは目を閉じて考える。
「ロマさん、クーファさん。私は学んでいきたいです。冒険を通じていろんなところにいって、いろんな人と出会って……。知らない事をたくさん知りたいです」
「リティらしいわね。でも、あまり知りすぎるとあの賢者のおじいさんみたいに拗らせちゃうかもよ? なんてね」
「あの人はたくさん知って……何かを経験してあんな考え方になったんだと思います。私はあの人を好きになれません。だから、あんな風にはなりたくないです」
「悪い見本を知るのも勉強ね。私にもそんな経験あるわ」
ロマは何かに思いを馳せた後、リティとクーファを見つめる。元奴隷の少女が寄り添うクーファに、退屈すぎて溶けた飴のようになっているアーキュラ。
自分が冒険者を目指した頃には想像もしてなかった光景だと、ロマは感心した。
「私達のパーティ名……"エクスピース"なんてどう?」
「えくすぴーす、ですか?」
「この世界に比べたら、私達はほんの小さな欠片でしかない。言ってしまえば、あの賢者様だってね。でも、そんな欠片が冒険を通じて経験して……繋ぎ合わせれば大きな欠片になるの。大きくなっても世界からすれば、まだまだかもしれないけどね」
「なるほど! つまりずっと、ずーっと経験を繋ぎ合わせていくんですね!」
「そう。自信の糧と思えば、たとえ困難に直面してもやり直せる」
冒険という刺激だけを求めていたリティにとって、ロマの考えは新鮮だった。
経験は戦いだけはなく、あらゆるものに通じている。積めば積むほど冒険も楽しくなるはずだと、リティはポジティブ全開だ。
「私達はエクスピース! 小さな欠片!」
「みゃあんっ!」
「でも、大きくなります……!」
「クーファさんも気に入ったんですね!」
「なんだか、力が入ります!」
「ご主人様、むきむきですか?」
クーファの腕をさする元奴隷の少女。今なら決められる、とクーファは決心した。
今までクーファは彼女の名前をつけられなかったのだ。元の名前を差し置いて自分なんかが、と足踏みしていた。
マームの前では自分は強くないなどと言ったが、適切な考えではないと今わかったのだ。
マームが強いと認めてくれた以上は、自信を持たなければいけない。いつまでも謙遜していては、評価した彼女をも貶める事になる。
クーファは元奴隷の少女の両肩に優しく手を乗せた。
「あなたの名前……ミライはどうですか?」
「みらい?」
「奴隷の過去を捨てて……私達と一緒に歩けたらいいなって……」
「わかりました、ご主人様。私はミライです」
元奴隷の少女ことミライは小さく微笑む。安直な、と思わなくもなかったナターシェだが当然突っ込まない。
それよりも賢者にすら気取られなかったミライの魔力というのが、引っかかっていたのだ。彼女としても、このままでいいのかと思わなくもない。
しかし、クーファになつくミライの姿が邪推など野暮だと決断させてくれた。
「それと、そのご主人様というのはやめて……」
「わかりました、ご主人様」
「なんで……」
クーファがガックリと項垂れる。しっかりと最後まで決めたかった彼女だが、やはりうまくはいかない。
奴隷として染みついたものを払拭するにはまだ時間がかかると、クーファは割り切った。
「エクスピースに未来、か。もうね、行けるところまで行っちゃえ!」
「はい、ナターシェさん。世界の果てまで行きます」
「世界の果て、ね」
ほんの一瞬だけナターシェの表情が曇るが、すぐに笑顔を作る。何かを察したリティが質問しかけるが、寸前で引っ込めた。
「あのね。あなた達が準一級昇級試験を受けるようになったら私のところへ来なさい。知る限りの情報を教えてあげる」
「ありがとうございます。でも実際に体験をして」
「死んで失ってからじゃ遅い」
ナターシェの気迫の前にリティが押し黙る。その陰りある表情が、ナターシェの経験のすべてを物語っているのだ。彼女が落ちかけた原因こそが、準一級昇級試験なのだから。
「……情報も立派な武器だからね。それよりもまずは準二級昇級試験か。試験官と場所は?」
「パワーロビンという人で、場所はタハラジャルです」
「あの変態パンツね……一番読めない奴だ。あそこには半未踏破地帯の地下遺跡があったっけ」
「半未踏破地帯?」
「巨大な地下遺跡があってね。未だにすべてが踏破されていないから半未踏破地帯なの。行った事ないし、ちょっと力になれないかな……」
「では私が力になろう」
医務室の入口に、いつの間にかイリシスが立っていた。当然のように登場して、リティ達の中に混ざる。
そのマイペースっぷりに、誰一人として突っ込めずにいた。
「あなた、どうして……」
「私からすれば容易な事なのだ、ロマ」
「そうなんですよ。イリシスさんはすごいんです」
「リティ、少しは疑問を持ちなさい。この人、ストーカーじゃないの?」
「そんな事よりもパーティ"エクスピース"の誕生祝いをしたくてな」
いつから聞いていたの、とロマが愕然とする。リティとの風呂の件も追及できず、完全にイリシスのペースだ。
ミャンの頭を撫でながら、イリシスは勝手に椅子を用意して座った。
「行先はタハラジャルか」
「そうです。長旅になりそうです」
「ならば、海を渡る事になるな。よし、プレゼントをやろう」
イリシスが立ち上がり、全員の視線を集める。身長とスタイルも相まって、彼女の存在感はロマも認めざるを得ない。
踊り手として訓練した身ではあるが、魅力においてもイリシスに及ばないと悟ってしまった。
「海は怖いところだからな。念には念を、だ」
イリシスが気味悪く口角を吊り上げる。そしてこんな場所で鞘から剣を抜いた。




