リティ、賢者に挑む
「あー、待っとくれ。まだ目が合わん」
ナプトの目玉が数回転した後、黒目が合う。支部長や教官達ですら、もはや魔法によるものとすら思えなくなっていた。
賢者が蓄えている膨大な知の一端を見せつけられて、ただ眺めるしかない。
リティはそんな彼らの様子が疑問だった。オズウェンが実力者というだけならば、これほど恐れる必要もないからだ。
「さぁて、待たせたの。ところでそこの支部長殿よ。魔力感知で探っても無駄じゃぞ。ワシはここより遥か西方の地におるでな」
「も、申し訳ありませんッ! 賢者オズウェン様!」
「今回はワシの弟子がやらかしたわけじゃろ? すまなかったな」
「は……?」
オズウェンの謝罪を意外に思う支部長に、リティはやはり違和感があった。オズウェンが危険人物でなければ、こうはならない。
もしくはレドナーのように癖が強い人物か。リティなりの分析だったが、あえて黙った。
自分よりもオズウェンに詳しい支部長達に任せた方が良いと判断したからだ。
「こやつがきちんとやっておるか、気になってな。ところが、思わぬ収穫があるではないか。そこの小娘じゃ」
「ク、クーファの事ですか?」
「おそらくナプトのやつも勧誘したじゃろうて。こんな逸材が今の今まで放置されておったのも、偏にお主らの怠慢じゃな」
「それは……」
「この国の重鎮も含めて節穴か?」
始めに賢者の怒りを感じ取ったのは支部長だ。言葉を出そうとするも、口だけが動くばかりだった。
この賢者がどのような人物か。何故、大魔術師の継承者達を率いているか。
それを知っているからこそ、怒りの理由や深さをわかってしまうのだ。
「だから、言ったじゃろ? 魔法、魔力こそが至高だとな。いつまでもそれを理解せずに、この国はのう……。
魔法使いギルドも同じじゃ。要領が悪い下らん訓練に意味のない最終試験……。ナプトの暴走もわからんでもない。そこの小娘にしてもそうじゃ。とっとと称号くらい与えてやればよかろう。それとも何か? あれほどの逸材を前にしても、見極められんか?」
「それは、我々の未熟故に……すみません」
「仕事をやるにも、称号がないと不便でな。仕方なくワシらも甘んじておるわけじゃ。わかったら、とっととナプトにも称号をやらんか」
「はい……」
横暴でしかない賢者の振る舞いだが、誰にも止められない。もはや支部長は嵐が過ぎるのを待っているかのようだった。
早く消えてほしい、そんな願いを打ち消すかのように賢者はナプトの顔で笑った。
「お主では話にならん。そこのクーファといったか」
「はいぃっ?!」
「ぜひ大魔術師の継承者達に加わらんか? 報酬はひどい中抜き、しょうもない試験を合格せねば認められんつまらん冒険者ギルドよりも、わかりやすいぞ。何せ相手は国じゃからな」
「あの、わたしはリティさん達とパーティを組んでますので……」
「ん? それはどの凡骨じゃ?」
オズウェンの無遠慮な言葉に、クーファはわずかに唇を噤む。クーファにとってリティは目指すべき存在であり、友達でもある。
初めて自分を認めてくれた者への侮蔑に怒りを覚えるほど、クーファは自我が育っていた。
「凡骨じゃありません」
「いやいや、あの娘達からは大した魔力は感じられぬ。特にあのピンク色の小娘は悲惨じゃな。かわいそうに……」
「魔力がすべてではないはずです……」
「もしあの娘達のどれかが、フィジカルモンスターというのであれば話は別じゃがの」
「ふぃ、ふぃじかる?」
「そうそう、お主は知らんか? 魔力に恵まれないものの、フィジカルに愛された者の事じゃ。そやつならばぜひとも、欲しいものだがのう……」
リティはすでにオズウェンを危険人物と認定している。つまりここで自分がそう呼ばれている事は悟られてはいけないと考えた。あくまでイリシスの私見であってもだ。
「身の回りに心当たりのある人物がいないかの?」
「さぁ……」
「んー、そうか。名を上げている者を洗ったが、どうもピンとこないのじゃよ。この国でいえば常勝将軍とシルバーフェンリルの女隊長、次点でゴールドグリフォンの若造じゃが……。
常勝将軍……フィジカルモンスターであれば歳の割には大した事がない。残りの二人は、たかが騎士団のトップに昇りつめるのに数年を費やす男女ではのう……」
リティの中で何かが煮えた。自分への批判であれば受け止められるのがリティだが、彼女もクーファと同じだ。
――騎士とは命に代えても挑み、民や主君を守る
「特にイリシスはのう……。大陸最強などとほざく者もおるが、守っておるのはせいぜい貞操じゃろう。ワシはあまり評価せん」
――後ろに守るべきものがいれば、絶望を乗り越える。これこそが真の騎士だ
「おや、ピンク? 何か用か?」
イリシスの言葉を胸の内で反芻したリティが、無言でオズウェンの前に立つ。彼女は明確な意志をもってそうしたのではない。
感情に流されてしまったのだ。危険人物と認定した相手に近づくほど、リティは冷静さを欠いてしまった。
「賢者って物知りなんですか?」
「もちろん。何か知りたい事でもあるのか?」
「イリシスさんと会った事がありますか?」
「いや、面識はないぞ」
「物知りなのに間違ってます。きちんと会ってから決めて下さい」
空気が一変した。ナプトの体で、オズウェンが魔力を集中している。その行動が何を意味するか。何を表しているか。
支部長はその場で土下座をしてしまった。他の者達は耐え切れず、逃げ出してしまう。
王都に向かって一目散に駆け出し、残されたのはリティ達と支部長のみだ。
「オズウェン様! 申し訳ありません! どうか未熟者の戯言として、寛大なお心で」
支部長が消えた。その際に、宙に舞い上げられた彼の腹に打ち込まれている隕石を視認できたのはリティだけだ。
やがて落下してくる支部長を受け止めたリティは、優しく地面に降ろす。
「やはりなぁ……。足りんのじゃよ。この世界には魔力への認知がな」
オズウェンがナプトの体を使って隕石魔法を使ったのだ。しかも、地面から飛び出す様をリティ達に見せつけている。
血を吐いて負傷している支部長が横倒しになりながらも、まだ謝罪の言葉を口にしていた。
すかさず元奴隷の少女が彼に手をかざして、光を放つ。
「む? 何じゃ? そこの少女……今の今まで、ワシが気づかんかった。その魔力……!」
「あなたに渡しません」
「クーファよ。悪いようにはせんよ。ん? 幻獣ミャーンに……その精霊は? そうか、お主ら召喚術を使ったのか。ふむ……ワシへの無礼もそれも、無知故というわけか」
オズウェンの周囲に片手に収まる程度の隕石が浮かぶ。両手を広げて、それを意のままに操れるというポーズだ。
「ちと折檻せねばな」
小隕石が四方八方に散った。リティは盾でガードしつつ、片手剣で叩き落す。ロマは踊るようにかわして、クーファは水属性高位魔法だ。
元奴隷の少女と支部長を庇うようにして、クーファは堪えている。
「ホッホォ! なんじゃ、お主ら! やるではないか! ではこれならどうじゃ!」
小隕石が爆散して更に攻撃範囲を広げて、さすがのリティも距離を取るしかなくなる。
ロマまで届く寸前、砂状になったはずの小隕石が再び元の形を形成し始めた。
「ほぉれっ!」
前後左右、死角に形成された隕石がリティ達を強襲する。クーファがやって見せた属性の変質を、オズウェンは遊び感覚で行っていた。
この段階で並みのパーティならば壊滅しただろう。変質する隕石による強襲など、前衛や後衛など関係ない。
この至近距離ではかわせないと踏んだオズウェンだが、リティは反応する。
常識から外れた体幹と反射速度で、すべての隕石を回転して叩き落す。同時にロマの前に出て、彼女も守ったのだ。
一連の動作に、さすがのオズウェンも舌を巻いた。
「なんじゃなんじゃ! 今ので痛めつけたつもりなんじゃがなぁ!」
その言葉の途中で、地面から隕石が飛び出した。今度は真下からの強襲だ。
一度、見た攻撃である。リティは容易く回避して、ロマにも不思議と当たらない。リズムを刻み、同時にオズウェンのリズムも読んでいる。
リティが駆けたと思った時には、すでにオズウェン目前だ。が、途端にリティの動きが鈍る。
「え……!」
「引っかかったの。お主に少しでも魔力があれば、こうはならんかった。闇属性低位魔法、あらゆるものの進行を遅らせる」
マームの治療が進まなかった原因だ。発動条件がリティにはわからなかったが、体の動きが鈍くなった事だけはわかる。
せめてガードだけでも、とリティは盾を突き出す。
「ところが後ろからじゃ! ドカーンッ!」
砂から隕石へと変わり、リティの背中を直撃する。体をのけぞらせるようなポーズのリティに、オズウェンは勝ち誇った。
脊髄を損傷させれば戦闘どころではない。賢者としてのオズウェンの知識がそう言っているのだ。
血を吐き散らして、惨めに倒れる。そんな光景がすでにオズウェンの脳内で再生されていた。
リティの足腰の踏ん張りもなくなり、よろけて前のめりに倒れる寸前。堪える。
「シールドアタックッ!」
「ほげぇぇっ!」
リティが盾ごと突進して、オズウェンに正面衝突する。衝撃でオズウェンの全身は稼働不可となり、鼻も折れた。
骨、内臓ともに深刻なダメージだ。魔術師であるナプトの体にリティのフィジカルによる体当たりは、致死ダメージといってもいい。
しかし闇属性低位魔法によるリティの身体能力低下が命拾いのきっかけとなった。
「防御は攻撃になるんです。あなたが馬鹿にした人達が教えてくれました」
シールドアタック自体は重戦士のスキルだが、タイミングと思い切りは騎士譲りだ。
リティが正面から防御すると判断したオズウェンの裏をかいたのだった。
「あ、あが……これは、まずい……やれん事も、ないが……。これ以上は、馬鹿弟子の体が、もたん……」
「引き下がって下さい。そしてイリシスさんを馬鹿にした事を謝って下さい」
「なるほど、な……。そうか、お主、もしかしたら……」
「みゃあん!」
「ぎゃああー!」
ミャンがオズウェンの鼻先に噛みつく。彼が振り払った時にはしゅるしゅるとリティの元へと戻り、再び威嚇した。
「みゃああああっ!」
「この、ザコ幻獣の分際で、け、賢者に……。ミャーンは、ワシを悪しきものと判断した、と……。おのれぇ……」
幻獣ミャーンの習性を理解したオズウェンが鼻をさする。そして再びぐるりと回る目玉が、リティ達に別れを予感させた。
「まぁ……いいモノが見れた……。フフ……盲点じゃったよ……。まだまだ発展途上というわけじゃ……。じゃがな、警告しておく……。リティにクーファよ……。召喚獣は……お主らの為にならん……。特にそこの、水の精霊は……」
ナプトの体が激しく痙攣したところで、言葉が途切れる。その付近に黒い点が現れ、円形に広がった。
「今度は、生身で、会いたいのう……ホッホッホッ……」
漆黒の虚空に塗りつぶされた円にナプトが吸い込まれた。直後に高速で円が収縮して消える。
初めから何もなかったかのように、辺りは静まっていた。クーファも水属性高位魔法を解く。
癒えた支部長が体を起こしたまま、呆然としている。
「……助かった」
そう安堵した支部長だが、顔は上げない。逃げ出した教官や見習い達に比べれば彼は優秀な魔術師だが、クーファやオズウェンの前ではかすむ。
礼を言うのが先とはわかっていても少しの間、支部長からその言葉が出てこなかった。




