リティ、クーファの術戦を見届ける
大魔術師の後継者達。彼らを一言で表すなら"傭兵部隊"が妥当だ。
師であるオズウェンを筆頭に高魔力保持者の者達は、方々の戦争へと介入している。
戦場における彼らは決戦兵器とまで評されているが、脅威は戦いだけではない。
暗殺、諜報、謀略。幅広い分野で成果をあげており、今や政情不安や国交問題を抱えている国々から引く手も数多だ。
しかしそれだけに問題視されており、一部の国家や国家間の会議の議題にて挙がる事が多い。
「俺達は国を左右する立場にある。高魔力ってのはそれほどの存在なのさ」
クーファは下唇を噛みしめたまま、ナプトを睨んだままだ。怒りを抑えている、というより魔力を抑え込んでいる。
気を抜けば暴発しかねないのだ。
「あぁ、もしかしてそこの子と親しかったの? それは悪い事をしたね。だったら治し」
「いいです」
「遠慮しなくていいさ」
「近付かないで下さい」
クーファの拒絶にナプトが苛立つ。少女が寄り添い、その体を抱き寄せたクーファは体温を感じ取った。
彼女はここにいる少女を守ると決めている。彼女を安心させられるくらい強くなる。決して一人にはさせない。寂しい思いはさせない。
傍らにいる少女を強く認識する事で、決して忘れまいと堪えていた。
「あなたに……名前をつけてあげたかったけど……。まだ決められてない」
「ご主人様、怒ってないですか?」
刺々しく、今にも周囲を貫かんばかりだったクーファの魔力が落ち着いてくる。
しかし、収まったわけではない。依然、保たれたままのそれには意味があった。使い道があるからだ。
少女のためだけではない。マームに教えてもらったコントロール方法を無駄にしない為でもある。
ここで活かせば、必然的にマームの存在意義をナプトに知らしめる事が出来るからだ。ナプトが見下した少女の力をもって、クーファは挑もうとしている。
少女をアーキュラの元へ下がらせて、クーファは再びナプトに視線を移す。
「術戦は……魔力だけではなくて放出、コントロールも試されます。相手に当ててはいけなくて……。受けるほうも魔法で守る……。それを交互に行って、評価するんです」
ナプトがため息で答えたが、クーファは言葉を続ける。
自分の魔力に屈しないのは恐らく怖いものを知らないだけだと彼は、ほくそ笑んでいる。
街を歩けば魔法の使い手は道を開けて、刻まれているシンボルに畏怖する。そして迎合して賞賛するのが当然と思っていた。
「あなたがすごい人なら……マームさんは怪我をしませんでした。優れた人ほど、そうできるからです」
「んー、つまり君は俺が未熟だと言いたいのかな?」
「わざとでなければ……そうなります」
一連のやり取りを見て一番驚いているのはリティだ。悪魔に頼り、怯え、孤独の道を選択した頃と比較してしまう。
何がそうさせたのか、リティは間違っても自分のおかげなどとは考えない。マームとの関係から推測すれば、すぐに結論は出る。
クーファにとってマームが大切な存在になり、それが彼女を成長させたとリティは考えた。
「わたしと術戦をして下さい。わたしが勝ったらマームさんを治してほしいです。そして謝ってください」
「俺が勝ったら、共に来てもらうよ。君はこんなところで腐らせていい人材じゃない」
術戦の合意が成立して、場所を変える事にした。本気を出せばギルドが崩壊しかねないというナプトの提案をクーファが受け入れたのだ。
もはや教官達に手に負える事態ではない。支部長すらも頭を抱え、自身に魔力がある事を今日ほど悔やんだ事はなかった。
魔力がなければ、ナプトやクーファのような並み外れた若手に劣等感を抱く事もなかったからだ。
* * *
王都外にて、術戦が行われる事になった。立ち合いは支部長、観戦する者達は距離を置く。
遠巻きにして眺めている観客達を、ナプトは馬鹿にするようにして鼻を鳴らした。
「フンッ……。俺の隕石魔法なら、この距離でも危ないんだけどな」
「先手はクーファに譲るのだな?」
「そうだ。支部長だったか。あんたも危ないから、もう少し離れてな」
支部長を追い払うようにして、ナプトはクーファの先制を待つ。
今回、クーファはアーキュラの力を使用しない。自分がどれだけ成長したか、アーキュラに判定してもらうためだ。
彼女に相応しいマスターになる。その目的は失われていない。
それをナプト相手に実行するなど正気ではないと、支部長や教官達が直前まで止めたのだ。
単にナプトの魔力を危惧したのではない。彼の魔法をクーファの水魔法で凌ぐには無理があるからだった。
「では行きます。水属性低位魔法」
なんとも覇気のない声であるが、放たれた魔法はもはや低位の次元ではない。
城壁すら打ち砕かんばかりの水の暴力に、リティは目を見張った。ナプトを殺す気だと疑いたくもなる。
「隕石属性低位魔法」
水属性低位魔法の進路を、上方から地面に激突した物体がぶち切る。
その勢いたるや地響きだけで観客の総崩れを引き起こす。風圧で人々が飛び散り、クーファも例外ではなかった。
攻撃側の彼女が被害を受ける形になり、よろめきながらも立ち上がる。その様子に、ナプトが勝ち誇って口角を吊り上げた。
「低位魔法同士、フェアだろ? ま、手加減はしたけどね」
隕石魔法とも言い換えられる。地属性に適正があるナプトは、これと他属性を掛け合わせたのだ。
ジェスターの光属性中位魔法も光と火による複合の産物であるが、ナプトはそれ一つで終わらなかった。
応用に応用を利かせて、よりオリジナリティを際立たせてしまえばそれはもはや一つの属性とすら呼べる。
「基本属性なんて、まさに基本でしかないんだよ。イメージしやすいから魔術式も簡単に組み立てられる。君は何か工夫してるのかな? あ、俺の攻撃だったね」
ナプトが天にゆらりと片手を上げて、振り下ろす。
「隕石属性中位魔法」
隕石属性低位魔法を上回る速度かつ質量だ。
地表に激突すれば周辺はおろか、王都にすら届く熱風と地震。自身の魔法がどれほどの威力で、どう影響を与えるか。ナプトはわかっている。
いつかの戦場では、屈強な腕自慢達が隕石に抗えずに地表の砂埃と共に消えた。
まさに魔力の暴力だ。何も持たない連中が、持っている自分の手によって死んでいくとナプトは自身に陶酔している。
高すぎる魔力故に恐れられ、避けられて孤独だった頃の彼ではない。オズウェンの元で自身の存在意義を認識したナプトは強く、そして歪だった。
故にクーファに対する苛立ちを爆発させたのだ。
突出する者は等しく孤独であり、そうであるべきだと思い込んでいる。クーファがマームを心配する様が、彼にはひどく滑稽に見えた。
どうせ誰もいなくなるのに何を甘い事を、とナプトはクーファに殺意さえ抱いたのだ。
「お前はこっち側なんだからなぁッ!」
「水属性高位魔法……」
それは一見、誰もが水の障壁だと思った。それだけでは隕石の勢いを殺す事など出来ず、散らされてしまう。
リティは反射的に飛び出そうとする自分を抑えつけた。ここで助けにいけば、クーファの意思を否定する事になるからだ。
信じるのが彼女を尊重する事だと、リティは結末を目に焼き付ける。そしてクーファの前で隕石が着水した。
「な、なに……?」
隕石の進行を阻害するように、水が凍り始めた。隕石が進行するほど、液体が固体へと変貌する。
やがて一つの氷塊となり、液体だった頃の面影が消えた。
「止められた?! 何だと! 何だ、それは!」
隕石を包み込んだ氷のオブジェの後ろで、クーファはまだ緊張した面持ちだ。
うろたえるナプトだが、彼だけではない。リティもロマも少女も理解できていなかった。
魔法の知識に長けているはずの支部長や教官達も同様だ。
「水属性高位魔法……。荒々しい攻撃も水のように優しく包んでくれて、止まらなければ最後には厳しく……。お母さんってこんな感じなのかなって思って……」
「こんなもの見た事がない! まさかお前のオリジナルだと?!」
「調べものをしていたら過冷却水というのがあって、それで思いつきました。でも魔力の消費も大きくて、アーキュラがいないと疲れますね……」
もはや教官達に、クーファに対するコメントが思いつかない。発想以前に可能とする魔術式の構築、そして発動の難易度が異次元なのだ。
一つの属性として放った魔法を、特定のタイミングで少しずつ変質させる。ナプトが知る限り、これが可能なのは師匠であるオズウェンと極一部の賢者候補とされている者だけだった。
この魔法の利点は二次被害を抑えられるところにある。もし隕石をただの氷の障壁で防いだならば、それなりの惨状となっただろう。
「こんなの、こんなのがあってたまるか……。隕石魔法は俺が半生をかけて生み出した超威力魔法だ……。師匠だってしばらく空いた口を閉じられなかったし、兄弟子だって威力ならばお前には敵わんって……。こ、こうなったら隕石属性高位魔法しかない……!」
「もうよせ。この術戦、クーファの勝ちとする」
ナプトの暴走に終止符を打ったのは立ち合いを務めていた支部長だ。単に終わらせたかっただけではない。
隕石魔法を放ったナプトに制御する気がなかった点に加えて、クーファの魔法の完成度だ。
術戦は単に互いが消耗するまで戦えばいいというものではない。見るものに評価ポイントを与えて、絶賛させるほどの魅力がなければいけないのだ。
「ナプト殿、あなたの隕石魔法は確かに恐ろしい。これほど敵に回したくないと思った者はほぼいない。遠距離からの大規模破壊が可能など、あのバンデラと並ぶと言ってもいい。しかし……クーファはまだ魔法使いギルドに入って日が浅いのだ。そこを考慮すれば、大先輩のあなたが配慮を利かせるべき場面だっただろう」
「日が、浅い?」
「彼女は召喚師なのだ。あちらのアーキュラがいなくては今のところ、本領を発揮できん」
「アーキュラ……?」
クーファが全力を出せていなかったという絶望的な現実が、ナプトに叩きつけられる。そんな相手に本気を出して勝ったところで、誰も認めないのだ。
支部長の言う通り、ナプトには熟練者として認めさせなければいけないものがあった。術戦とはただの戦いにあらず、己をあらゆる意味で出し切るものだ。
小規模の隕石魔法で、わざとマームを怪我させるなど論外である。
ナターシェはマームの負けと言ったが、実際はそうではない。ナプトは初心者のマームにすら勝てなかったのだ。
「師匠は召喚術だけは禁じている……。その危険性も考えずに行使するなど……」
本来であればお前が言うな、と総突っ込みの場面である。膝をついて、うなだれる彼に追い打ちをかける者はいない。
クーファもそんなナプトに声はかけず、チラチラと見ながらもリティ達のところへ行く。
「あの、勝ちました……」
「クーファさん、すごすぎてなんて言っていいかわかりません。私、魔法はわからないですから」
「少しはリティさんに近づけたかなって」
「……あー、あー。聴こえるかの?」
クーファの背後から、聞き覚えがない声が聴こえる。瞬時に振り向くと、声の主はナプトだった。
ただし白目を青空に向けて、口の端から涎が出ている。異変に警戒した一同が各々の構えを見せた。
「どうやら聴こえてるみたいじゃな。うむ、突然だがワシがこやつの師匠であるオズウェンじゃ」
魔法に詳しくないと言い切るリティは事態を飲み込めないながらも、それがナプトではない別の何かである事は察した。一方、魔法の使い手達は次第に歯の根が合わなくなる。
大魔術師、いや。賢者オズウェンがどれほどの存在であるかなど、その道を歩む者ならば魔法の基礎よりも通じているのだから。




