エピローグ
吉岡綾乃の最強の魔法の真実が明かされます。
ⅩⅩⅧ エピローグ
大学を出て早四年。現在、私は、おばあちゃんと一緒に暮らしている。大学を卒業してから県庁に就職しておばあちゃんの家から通勤しているのだ。
大学時代、私は大阪の実家で一人暮らしした。大変といえば大変だったが、それなりに充実していた。リア充達とは付き合わず、アニメやゲームといった二次元の登場人物に入れ上げた四年間だった。っていうか、好きな人がゲームに出てくる龍神ってどうよ、と笑われたが、そういうキャラを受け入れてくれる友人達に囲まれて、穏やかで平凡な学生生活を送った。
就職先を悩んだあげく、おばあちゃんの県に就職することにした。両親は、まだ海外にいたから、せめておばあちゃんの側にいようと思ったからだ。
配属先がおばあちゃん家から通えるところだったのはラッキーだった。魔法でもかかってるのかもしれない。そう思うと、おかしかった。
世の中の人は、私が魔女だということを知らない。私は、世の中に私以外の魔女がいるかどうか、知らない。ただ、気が付いた時、私は魔女だった。
毎週木曜、緑池にテレポテーションし、岸辺のエノキに地域の実情を聞いて魔法をかける。この習慣は気が付いたら始まっていて、いつ、何のために始めたのか覚えていない。ただ、魔法をかけ終わると、やるべきことをやり終えた爽快感があるのだ。
魔法をかける場所がどうして緑池なのか、それも分からない。何となくそこへ行くのだけど、緑池に行くと、懐かしいような愛おしさと悲しさを感じるのだ。
おばあちゃんによれば、私の緑池への思い入れは、なくした記憶に関係あるのだろうとのことだ。
そうかもしれない。
私は、父の海外へ転勤したとき、おばあちゃんの家から高校に通った。でも、高校時代のことと大学三回の秋頃までのことをよく覚えていないのだ。付き合った人達のことも、そこであった生活のことも。
理由は分からない。っていうか、その理由さえ忘れてしまったのだ。でも、生活に支障がないので、思い出そうとジタバタするのをやめた。
私は、魔法の使い方にルールを決めた。第一に、世のため人のために使うこと。第二に、不自然なことをしないこと。第三に、魔法の存在を他人に気付かれないこと、だ。
だから、私が魔女だってことは、おばあちゃんも知らない。誰にも知られてはならないこととして秘密にしてあるのだ。
暑い夏の木曜日だった。蝉がうるさいほど鳴いている。仕事帰りに緑池へ寄って、いつものようにエノキの報告を聞いて魔法をかけた。かけ終わって振り向くと、池の畔に背の高いハンサムな男が立っていた。私と同じ年頃だろうか。口の端に、癖のある笑いを浮かべている。
「……吉岡、綾乃さん、だね」
何となくどこかで会ったような気もする。でも、知らない人だ。
「はい。そうですが……あなたは?」
(覚えてないのか?って、お前、自分にもかけたのか?)
知ってる人だろうか。えらく馴れ馴れしい。
「俺は、小西。小西 透だ。会いたかった。もう、二十五になる」
「私の名前をご存知だということは……もしかして、どこかでお会いしました?」
「ああ。会ってる。会って、お前に恋をした」
「?」
「今もエノキに訊いて魔法をかけてるのか?」
「どうしてご存知なんですか?」
「お前のことは、何でも知ってる。七色のパーフェクトの独りぼっちの魔女だ。俺の霊力を奪いやがった。五色の魔力が戻らないとお前のことを思い出さないように細工してあったなんて……」
「あなたも魔法使いなんですか?」
「そうだ」
「霊力、なくしたんですか?」
「お前が自分で自分にかけた忌々しい魔法を解除するには、必要なことだった」
「今は、戻ったんですか?」
「戻った。そして、お前のことを思い出した」
男はそう言って、熱い眼差しで見つめた。初めて会ったのに。と、不思議そうにする私に、男が言った。
「五色戻るのに、こんなに時間が掛かった。最初の一色が戻るのに、二年掛かった。それから、一年に一色ずつ戻って、三色でお終いだって手ぇ抜いてしまったんだ。しばらくして、まだ、戻りきってないって気が付いたんだ。
俺は、シズの申込みに返事できなかった。どこかで誰かが待っているような気がして。プロポーズを受けたら、とんでもないことが起きそうで。
シズも、薫も、不思議そうにしてた。でも、やっと思い出した。お前がいたんだ。お前を独りぼっちにしちゃいけないんだ」
何かの気配がして、ほっそりとした人が現れた。見たことのあるようなないような、そんな印象の二十代後半の男だ。男は、涼しげな声で言った。
「小西さん。合格です。綾乃をお願いします」
その声で、全てを思い出した。ジュニアだった。ズッと会いたかったのに、結局、あの夏も現れなかったのだ。
私は、ジュニアが現れなかったので、パニックになった。魔法使い社会の閉塞感にも耐えきれなかった。小西のこともどうしようもなくなって、やけくそになって魔法使いの社会と私自身に魔法をかけたのだ。私の全ての霊力を使って。小西から奪った分もあったから長老以上のパワーがあったはずだ。
小西のことは、ジュニアとどっちが好きか分からなくなって、悩んだ末に決めたのだ。小西自身に決めてもらおうと。
小西の霊力が戻ったら、私のことを思い出すようにしておこう。その時、まだ、私のことを好きだったら、迎えに来てくれるだろう。でも、その時、小西が静香や他の魔女と結ばれていたら、私を捜さないだろう。決めるのは小西だ、と。
あの時、私の胸で涙を流す彼に祈ったのだ。いつかきっと、また会いたい、と。迎えに来てください、と。
長い夢を見ていた。
私は魔法使い社会と決裂して、一人で消えた。私が魔法をかけると、魔法使い社会は、私が存在したことを忘れた。魔法使い及び魔法使いの遺伝子を有する者のデータベースの中から私の名前が消え、全ての魔法使いが私のことを忘れた。
そうして、私が、おばあちゃん家に遊びに行ったり、一緒に住むようになったりしても誰も私に気付かず、おばあちゃんだって、自分が魔女だってことは覚えていても、孫の私が魔女だってことは忘れてしまったのだ。
魔法使い三人組は、元の三人に戻った。中島と小西は、静香を争った。魔女達は、静香が選ばなかった方を争った。そうして、あの佐藤は、霊力が落ちながらも四色を鼻に掛けて、魔女達と合コンを繰り返したのだ。
私は、大学を卒業したら、魔法を使えることを秘密にして、ひっそりと一生を過ごそうと思った。就職先は、おばあちゃんの県の県庁だ。両親はまだ海外にいたから、何となくおばあちゃんの側にいたかった。
毎週緑池へ行って、エノキに報告を聞いて魔法をかけた。長老達は、町の様々なことが上手く回るので喜んだらしい。
私は自分にも魔法をかけた。魔法のクラスで教育を受けたこと、魔法使いの社会に受け入れてもらえなかったこと、それに、私が好きだった小西を始め魔法使い三人組のことを忘れる魔法だ。
魔法使いは例外なく私のことを忘れた。ただ、小西の霊力が戻ると――この魔法をかけた時には、なかった力だ――彼だけが私のことを思い出したのだ。
高校二年の四月、魔法のクラスに私が転校したこと。私が龍のタツヤを見つけたこと。魔法使い三人組が私を傷つけたこと。小西が私の魔法を解除させようとして霊力を失ってしまったこと。一つ一つ思い出して、小西は気付いたのだ。魔法使い社会が私のことを忘れているのは、私がかけた魔法のせいだと。
「とんでもない魔法をかけやがって」
小西がほろ苦く笑った。
「だって、あんたの心の隅にシズがおったんや。だから、時間が必要やと思ったんや」
「それにしても長すぎる。他の連中は、結婚して子持ちだ」
憮然とする様がおかしい。
「だけど……」呆れたように文句を言った。「自分にまで魔法をかけてたなんて。徹底しすぎだ」
「だって、覚えてたら辛いやん。でも……来てくれて、嬉しい」
「お前、忘れている間に結婚しなかったのか?」
「私は結婚に向いてないんや。あんたこそ、縁談が降るほどあったやろ?」
「全部、断った。だいたい、シズの話だって断ったんだ。薫とシズが不思議そうな顔してたけど、何となく、結婚しちゃいけないみたいな気がしたんだ」
「シズから申込みがあったん?」
「シズのヤツ、今度は、俺と薫の両方に申し込んで、俺達に選ばせたんだ。だから、薫が選んで、あの二人、去年、結婚した」
「ト、残念?」
「いいや。お前をゲットできるんだ。これで良かった」
私を引き寄せようとして、ジュニアに気が付いた。小西は辛そうにうめいた。
「まだだ。まだ、こいつがいた」
あの頃よりも大人びて穏やかな顔つきのジュニアが言った。
「小西さん、大丈夫です。私も結婚しました。今は妻の池で暮らしています。綾乃が小西さんを選ぶのでしたら、口を挟みません。
父の言う通りでした。
やっぱり、龍と人は結婚すべきではないのです。私は、あくまでも、綾乃を心から愛してくれる人が現れるまでの存在だったのです」
「トと、戦わなくていいん?」
恐る恐る尋ねると、ジュニアがニコリと笑った。
「せっかくここまで成長してくれたのです。綾乃のためにも、小西さんを失いたくありません」
私の最強の守護者に認められのだ。
小西の顔が喜びに輝いた。そして、思いっ切り私を抱きしめて叫んだ。
「綾乃、頼む。俺を選んでくれ!」
完
長らく読んでいただいてありがとうございました。




