袋小路
小西も綾乃もどうすればいいのか、分からなくなります。
そのうち、小西は、毎日会いたがるようになった。テレポテーションできないので、私に、毎日会いに来い、と言う。会いたいのはあいつで、どうして私が、気を遣わないといけないんだ、と思った。でも、白状すると、私だって会いたいのだ。
小西は、他の魔法のことは気にしなかったが、紫の時空移動の力だけは、なくしたことを悔しがった。でも、あの力があったら、あいつはストーカーになっていたかも知れない。
結局、私が、毎日、小西の下宿の玄関先でチャイムを押すことになった。
大学の講義が終わった後で、家に帰る。そこから、テレポテーションするのだ。小西は、嬉しそうに、私に指示して、四百年前の緑池へタツヤに会いに行ったり、三百九十五年前のジュニアの湖でピクニックしたりした。こういう時空を越えた遊びは、一日の長だ、小西の方が上手だった。
そうして、大阪の私の家へ元の時間に戻るのだ。都合三、四時間、時間を重複することになる。
さすがに毎日こんなことをしていると、疲れて来た。
いい加減疲れた。そう言うと、辛そうに見つめて言った。
悪い。でも、お前と一緒にいたいんだ。
そう言って、私の疲れを癒すように、抱きしめた。
もうすぐ夏休みになる頃だった。いつものように、小西の下宿にテレポテーションすると、向こうからやって来た集団に捕まった。チャイムを押して待っていると、魔法のクラスのクラスメートだった垣内始め数人の魔女に囲まれたのだ。
魔女達は、私が、小西の部屋のドアの前に立っているのを認めて、即座に方針を決した。私をいたぶろうとしたのだ。彼女達は私に藍の力があるのを知っているので、口に出して言わない。黙って、心の中で非難するのだ。
(龍に振られたからって、透に色目を使ってるってわけ?)
(透も可哀想に。龍にも振られるような魔女と付き合ってあげないと、霊力返してもらえないんだから)
(霊力が強くって魅力のない魔女は、やり方が汚いんだから。透の霊力奪って捕まえたのね。魅入られた透が気の毒だわ)
(どうせ、『さとり』お化けのくせに。透の心読んだら、静香さまを慕ってるのを見せつけられるだけなのに。ったく、どこまで図々しいんだか)
(そう言えば、この子、薫にも色目使ってたじゃない?手当たり次第なのね)
悪意が一気に押し寄せた。私は、蒼白な顔をしていたのだろう。出て来た小西が、目を見張った。心が読めなくても顔に出ていたのだ。
小西が鋭く問い詰めた。
「垣内。お前、綾乃に何言った?」
「なーんにも」
垣内は、それはそれは可愛らしく微笑んだ。
「お前達が頭で考えたら、綾乃には、耳元で叫ばれるぐらいの効き目があるんだ。分かってるんだろ?」
「そうなの?藍の力のことは、よく知らないから」
美しい顔でとぼけられると、毒を感じた。
「ト、いいから」
やっとの思いで言って袖を引くが、彼は引き下がらない。
「良くない。今の俺には、心は読めない。でも、顔見りゃ分かる。悪意に満ちてる」
それから、私を見て言った。
「これだから、お前、魔法使いが嫌いになるんだ」
この台詞の意味に気が付いた者はいなかった。
(内緒にするって言ってたのに、これじゃあ、バレバレや)
心の中で文句を言っても、今の小西には分からない。
そんなことより、龍にも振られたという台詞が気になった。
夏以来、ジュニアは来ない。私を小西と中島に頼むと伝言を受けたのは、小西だ。
タツヤは、もう少し待てと言った。もう少しって、いつまでなん?今度の夏までに、来てくれるだろうか?来なかったらどうしよう?
小西は、大急ぎで私を部屋の中へ引き入れた。
「悪かった。お前、こっちじゃ敵だらけだって言ってたけど、あそこまで酷いとは思わなかった」
「ト、私がジュニアに振られて可哀想やから、付き合ってくれてるん?」
声が震えた。
「馬鹿言うな。あいつがお前を振ってくれたら、楽なんだ。俺は、あいつとお前を争わなくちゃならないんだぞ」
「?」
「戦うにしてもだな。あいつは、四色も使う龍だ。魔法なんか使わなくても、身体的能力は、向こうの方がズッと上だ。それなのに、お前が授けちまったから、四色の魔力もあるんだ。戦う前から負けてるようなもんだ」
「ト、ジュニアと戦うん?」
「そうだ。勝たなきゃ、お前をものにできないだろうが」
「絶対、負ける」
「お世辞でも頑張れって言えないのか?」
「だって、嘘になるやん」
「お前なあ。何か反応が普通じゃないんだ」
そう言って、嬉しそうに抱きすくめた。
何が嬉しいのか分からない。でも、悲壮感が消えて、小西の暖かさが嬉しかった。
夏休みが始まると、だんだん切なくなった。かぐや姫が月へ帰る日を数えて、涙ぐんだ気持ちが分かった。
ジュニアに来て欲しい。でも、来たら、小西はどうなるんだろう。
小西は、だんだんおかしくなった。切なそうに私を見て、自業自得だ。と、天を仰いだ。
私は混乱した。小西のことは好きだ。でも、ジュニアが現れたら、私はどうするのだろう。あれほど尽くしてくれたジュニアを捨てて、小西を選ぶのだろうか。でも、小西だって、あの魔法の解除に命がけで尽くしてくれたのだ。二人は戦うのだろうか。
奥手の私に気遣って、小西は、抱くか、軽くキスするだけで留めていた。でも、一度、ジュニアが最後にしたみたいな激しい抱擁しようとした。
とっさに、二メートルほど横へテレポテーションしてしまった。小西にすれば拒まれたことになる。ショックだっただろう。
小西は、呆然として私を見た。どんなにジタバタしても、私がその気になれば、簡単に別れられることを思い知らされたのだ。
小西は、少し上目遣いで言った。
「綾乃……そんなに魔法使いは、嫌いか?」息を吐いて続けた。「嫌いだろうな。垣内達は、酷かった。佐藤の馬鹿も、お前の電気の魔法がなくなったからって、また、長老に頼んでるらしい。俺だって、お前とシズの両方を手に入れようとしたんだ」
「?」
「俺はシズと結婚しても、ズッとお前の側にいられるって思ってた。お前は、シズと違って強いし、俺のことを好いていてくれるから。お前、薫と結婚して、それでも、俺と付き合ってくれるって。そうして、たまには、こんな風に抱くのも許してくれるって。虫のいい話だ。だから、嫌われるんだ」
「嫌いじゃない。好きや。でも、ジュニアとどっちが好きかって訊かれたら、分からんのや」
私は泣きそうになった。
小西が切なそうに言った。
「薫が、お前のことを、純粋で、魔法使いが触ってはならない存在だって言ってた」
「そんないいもんじゃない。でも、魔法使いに触られたくないのは事実や。私は、一人で生きていきたいんや」
「お前の、その、欲のない透明感が他の魔法使いから見ると、しゃくに障るのかも知れない」
そう言って、私の胸に顔を埋めてため息をついた。
気が付くと小西が泣いていた。黙って、静かに涙を流していた。自分のしたことを後悔して、それでも何とか誠意を見せようと、必死で我慢して、堪えきれずに泣いていた。
私は、小西が可哀想になって、彼の髪を撫でた。




