静香への霊力の譲渡
綾乃は、静香に霊力をあげます。
「もう!冗談言わないで。とにかく、透に婚約解消されるのは、困るの」
「何で?シズはどっちも好きやったんやから、これで振り出しに戻ったんや。長老の方針変更もあるし、慌てんでもいいんや。良かったんと違う?」
「卒業パーティーがあるのよ。その時、透に婚約解消されたって言ったら、みんな、私の霊力が落ちたから婚約がダメになったって思うわ」
唖然とした。無茶苦茶な理屈だが、確かに、筋は通ってる。
でも、静香は、本当のところ、中島と小西のどっちに決めるか、決めきっていないのだ。婚約解消は結構なことだと思うのは、おかしなことだろうか?私なら、どっちに決めるか悩むための時間がもらえるって大喜びするのに。
霊力の低下は、そんなに切実な問題なのだろうか?
「あのね、シズ。霊力低下の噂が嫌なん?それとも婚約解消されることが嫌なん?どっちなん?」
「どっちも嫌なの!」
「トがカに相談したことがあってね。私、たまたま側にいたんや。シズがカのことが好きで忘れられないから、トが辛いって言ってた。
二人と対等に付き合えるんや。この方が良かったんやない?」
「でも、みんなして噂するのよ。私の霊力が落ちたから振られたんだって」
「そんなに霊力の低下が嫌なん?」
「嫌に決まってるでしょ!今まで、ずっと、パーフェクトの魔女だからって、学年委員長もして来たし、いろんな責任も果たして来たわ。それなのに、何もして来なかったいい加減な魔女達と同じになっちゃうのよ!」
突然、静香の心のガードが外れた。本当だ。ガードが外れやすい。小西の言ってた通りだ。
目の前に、静香の記憶が押し寄せた。
静香は、小さい頃から、パーフェクトの魔女だとして、周りの期待を一身に背負って、自由に遊ぶこともできなかったのだ。大人達は、静香が何をやっても、できて当然だと言い、できないことがあると、どうしてできないんだ?と訊いた。静香は、周りの期待に応えるために必死で努力して来たのだ。しかも、藍の力のせいで、周りの男の妄想に傷つけられた。中島と小西だけが、静香の努力を知っていて、ときどき休むよう勧めた。でも、静香は休んでいるわけにはいかなかったのだ。将来、長老になって、魔法使いの一族を束ねていかなければならないのだから。そのために必死に勉強してきたのだ。
そうやって、頑張って来たのに、途中から来た私の方が霊力が高かったのだ。面白いはずがない。静香も可哀想な娘だった。
静香の苦労が分かって、気の毒になった。確かに、中島と小西の一人に決めきれないのは、静香の優柔不断だ。そのために、中島も小西も傷ついた。でも、人を好きだという感情を事務的にいつまでに決めろ、と言われるのも無茶なことだし、人間、少しぐらいの弱さがある方がいいんじゃないかと思えた。完璧な人間なんていないし、中島や小西だって、私を傷つけたのだから、お互い様というものだ。
俯いて、辛そうにする美しい人を見ていると、この人を助けてあげたい、という思いが湧いた。このところ、静香は私を受け入れてくれない。でも、受け入れてくれなくてもいい。助けてあげたい。私だって、自分が必死でやってることを、後から来たヤツが簡単にやってしまったら、面白くないだろう。それに、こっちへ来た当初、この人は親切にしてくれたのだ。ここで恩返ししても罰は当たらないだろう。
「霊力、あげようか?」
そう言うと、静香が唖然とした。私に、他の人にはない力があることに、今頃、気付いたのだ。
「あんた、卒業パーティーに行かんわけにいかんのやろ?」
三月の終わりに、卒業生をお祝いするパーティーが開かれる。これには、大学生だけじゃなく、独身の魔法使いが大勢参加することになっている。まあ、これも合コンの一種だ。もちろん、私はずる休みして、四百年前の緑池でタツヤ夫妻と遊ぶつもりだ。でも、静香は私たちの学年を代表する学年委員長なのだ。ずる休みなんか、とんでもないことだ。
静香はしばらく呆然として、それから、まじまじと私を見た。霊力は欲しい。でも、私からもらうのは面白くない。それに、私は今、ものすごく消耗しているのだ。下手すると、静香に霊力を与えることで、霊力がなくなるかもしれない。
静香は、長いこと考えあぐねた。そして、やっとの思いで口を開いた。
「いいの?あなた、こんなに消耗してるのに。下手すると、霊力なくなっちゃうわ」
「私は、あんたと違う。霊力の要らない人間なんや。できれば、魔女やめたいし」
「どうして?透も薫もあなたのことが好きだわ。どっちかと結婚すればいいのよ。あなた、何のかんの言って、結局、私から両方とも取っちゃったんだから」
すねながらも、私のことを気遣ってくれる。結局のところ、人が良いのだ。
そうだった。静香は、もともと、そういう変なヤツだった。
「私は、どっちも要らないって言うてるやろ。魔法使いは、嫌いなんや」
「どうして?あなたは、優秀なパーフェクトの魔女だわ。私よりすごいわ。私は霊力が落ちてるけど、あなたは上がってる。下手すると、八色分のパワーがあるって、安本先生もおっしゃってたわ」
この人は、人を霊力で判断する癖がある。ずっと魔法のクラスで優等生をして来たからだろう。でも、霊力があってもなくても、人間としての価値に変わらないって、誰かが教えてあげればいいのだ。
それに、そんなに霊力の低下が嫌なら、もっと真剣に努力すればいいのだ。学年委員長の雑務なんか放り出して、霊力回復の努力をすればいい。小西や中島のお世話になるのではなく、自分で工夫すべきなのだ。これなら、教えてあげれる。そう思った。
「シズ、大学入ってから、どのくらい魔法を使ってた?」
紅茶のお代わりを注いでいる静香の手が止まった。
「?」
「高校のときは、授業で毎週七時間分の魔法を使ってたんや。それぐらい使わんと、霊力が落ちると思わん?あんたの霊力が落ちているのは、あんたが美しいから、周りの人達があんたの代わりに魔法を使ってくれるやろ?そやから、あんた自身ほとんど魔法を使わんかったことにもよるんじゃない?」
「綾乃ちゃんは、使ってるの?」
「毎週、エノキの報告を聞いて、いくつかの魔法を使うし、エノキの報告を聞くために一週間、草木に魔法の効力が及ぶようにしてあるんや。だから、下手すると、七時間以上の魔法を使ってる」
「それで、霊力が増えたの?」
「いろいろやってみたけど、霊力が増えるには、世のため人のために魔法使こた場合に限られるみたいや。だから、四百年前の龍を探すようなことは、単なる消耗や」
話していると、疲れが出て眠くなった。ゴメン。と言って、地面に横たわる。静香の作ったバリアのおかげで、地面は乾いて、まるで春か夏のようだった。
「シズは、今まで学年委員長で大変やったんだから、私の霊力あげる。あんたなら、上手に使ってくれるやろ。悪いけど、私をおばあちゃん家に運んでくれへん?」
そう言って、手を挙げた。静香の体が宙に浮いて、目が金色に光った。
「綾乃ちゃん!」
遠ざかる意識の中で、静香の叫び声が聞こえたような気がした。
目が覚めるとおばあちゃん家のベッドで寝ていた。誰が運んでくれたのだろう?あんまりだるいので、考えるのを止めた。
体がだるくて動けない。消耗しきった時に、静香に霊力をあげたせいだ。掌を開くと、いつものような力が感じられない。霊力が落ちている。もしかして、このまま霊力がなくなるかもしれない。それも悪くない、と思った。霊力がなくなって、魔女でなくなればいい。リバウンドの心配は、中島がしてくれる。私は平凡な一般人になって、緑池の畔に庵を結んで生きて行くのだ。龍が遊びに来てくれればいいんだけど。




