ジュニアを探して
綾乃は必死でジュニアを探します。
ⅩⅨ ジュニアを探して
夏休みが終わったというのに、心は平穏とは程遠い。ジュニアが来ないからだ。
それなりに勉強はしたから、単位はもらえた。ただ、四年で卒業したとしても、就職先をあの地域に限定されることを思えば、憂鬱になる。そもそも、魔法使い社会では、近くの大学に進学するのが不文律らしい。それさえ無視したのだ。このままバックれてしまおうか、とも思ってしまう。
近くの大学へ行くにも下宿しなければならないのだ。実家が大阪にあって、そこから通える大学がたくさんあるのに、こっちの大学へ通うためにわざわざ下宿するなんて不合理の極みだ。という理屈で、集会やパーティーには適当に参加するとの空手形を切って押し切ったのだ。
でも、せっかく大阪の大学に進学したのに、一般人の友達はできそうにない。魔法が使えることを秘密にしなければならないからだ。しかも、ジュニアが消えたせいで、情緒が不安定になっている。何のために大阪に住むことにしたのか分からない。
単位を落としたら、ジュニアのせいだ。今度会ったら、文句を言ってやろう。
うそ、うそ。文句言わないから、会いに来て。
私は意識して心の平穏を目指した。そうしないと、やってられなかったからだ。
仏陀は修行して心の平穏(解脱と言うらしい)に至った。世の中に、不変のものはないのだ。みな、変わってしまう。変わることを嘆いても始まらないのだ。ただ、変わって行く世の中で、淡々と自分の有り様を問い続けなければならない。
自分はどう生きるか。
人間なんて、結局のところ、与えられた八十年ほどの時間を過ごすだけの存在だ。ここに私がいなくても、大勢に影響はないだろう。
静香は変わった。以前は、何も知らない私を気遣ってくれた。でも、今では、私に対する対抗意識が強くて、私を受け入れてくれない。
ジュニアは来ない。龍のお嫁さんが見付かって、私なんかどうでも良くなったのだろうか。
私は、ジュニアに一方的にお世話になるばかりで、何もしてあげていない。だから、素敵なメスの龍に恋をして、私のことなんか忘れてしまったのかもしれない。ジュニアだけは、分かってくれると思っていたのに……。
緑池には雪が積もって、龍にとってお世辞にも居心地のいい場所とは言えなくなった。
中島と小西は、講義やバイトの合間に静香の霊力の回復のために奔走している。あいつ等も忙しいだろうに、静香のこととなったら大したものだ。
静香の霊力の低下は、内緒にしてあったのに、どこから漏れたのだろう。魔法使い社会では、噂になっているらしい。
エノキの報告によれば、火元は垣内じゃないかとのことだった。あの娘は二色の魔女だ。静香がいくら七色でも、霊力が二、三割になれば、自分も対等だと踏んだのだろう。美しさにはかなわない。遺伝子レベルの能力にもかなわない。でも個体としての能力が対等になるというのは、自尊心をくすぐるのだろう。
静香は、毎日辛い日々を送っているらしい。
そう言えば、中島や小西が意見して以来、静香は町に些細な魔法をかけるのを止めてしまったみたいだ。
エノキの報告を聞いた後、十ほど魔法をかけて池の畔に腰を下ろした。
火の魔法で小さなたき火を起こして、英語の構文を覚えながらジュニアを待った。一時間経っても現れないことを確認して、ため息をついた。
以前、四百年前に飛んでジュニアを探した。四百年前の緑池で感覚を鋭くすると、あいつの気配が感じられた。生きて元気にしている。それだけは、確かだ。
だったら、会いに来て欲しいのに。
情けなくて、悲しくて。龍が来てくれないなら、諦めるしかないのだろう。でも、私には霊力がある。探せるだけ探したいのだ。
とりあえず四百年前の動物の健康を祈った。テレポテーションしないで、思念だけ飛ばす。時空を超えるには、体力的に自信がなかった。
不意に肩を掴まれて、電気ショックがあった。小西だ。
「お前、こんなところで何してるんだ?」
「ジュニア、待ってるん」
情けなくて涙が出た。
「あいつ、お前を避けてるんだ」
「?」
「発情期だ。お前と付き合うと迷惑がかかると思ってる」
「そんなこと、どうでもいいのに。向こうで二十年三十年経っても、こっちの時代のいつもの木曜日に来てくれたらいいのに。どうして来てくれへんのやろ?」
「前に、タツヤがお前達の様子見て、しばらく時間をおいた方がいいって、言ったらしい」
「でも、そしたら、いつ会えるん?ずっと、待ってるのに」
「お前に相手ができるまで会うなって、言ったらしい」
「タツヤ、意地悪や。私の相手なんかできひんのに」
「お前がそんなだから、タツヤが心配するんだ」
小西が私の手を引くと、バリバリ音がした。小西は顔をしかめたが、手を離さない。
「来い。俺じゃ不満だろうが、とりあえず、帰るんだ」
「ト、痛くないん?」
小西の体中を電流が流れているはずだ。
「い、痛いさ!は、早いとこ、この魔法を解除しろ!で、でも、か、帰るのが、先だ。お前、消耗しきってる」
一瞬で、おばあちゃん家の前に立っていた。小西は、電気の魔法で辛いだろうに、手を離さなかった。
唖然として、小西の顔を見た。
玄関のチャイムを押して、おばあちゃんが顔を出す。私をおばあちゃんに渡すのと、小西が倒れるのが同時だった。




