とんでもない噂
綾乃をめぐってとんでもない噂が流れます。
ⅩⅥ とんでもない噂
木曜になると、緑池の側の林で、エノキの木に一週間の報告を聞く。町中の草木がエノキに報告を上げていて、私の知らないことはないほどだ。
これは、受験勉強を始めてから考え出した方法だ。普段の私は学校と家を往復するだけで、受験勉強で忙しかった。だから、町の草木に情報収集を頼んだのだ。
私は緑の魔女だ。草木を操ることができる。それを情報収集に活用することにしたのだ。
やってみて気が付いた。以前より町の事情に詳しくなったのだ。前は、目に見える範囲のことしか分からなかった。今は、町中の草木という手下がいるのだ。知らないことはなくなった。
小学校のあるクラスが崩壊しかけている。老々介護で疲れ果てたおじいさんがいる。町の経済が逼迫して中小の製造業や小売店がつぶれかかっている。これらを根本的に解決するには、何らかの制度的な支援策が必要だろう。でも、私にそんな力はない。できることから一つ一つやって行くしかないのだ。
崩壊しかかっているクラスには、担任や子供達にクラスを何とかしようという気分にさせて、トラブルメーカーや、いじめっ子の悩みを解決してあげた。老々介護のおじいさんには、生きる希望を取り戻すことができるように、人生って、そんな捨てたもんじゃないって気分にさせた。つぶれかかっている中小の製造業や小売店には、何となく、地域の人達がそのお店を利用しようと言う気分にさせて、製造業や小売店の人達に希望を与えた。やることは、それなりにあった。
最終報告者のエノキは、その役目を名誉に思っているのだろう。ときどき、嬉しそうに枝を震わせた。私も、お礼にヒーリングを施した。
夏休みが終わって、二学期が始まった。毎週、大阪から緑池へ出掛けるが、ジュニアは姿を見せない。あれからジュニアはどうしたんだろう。
大阪の実家から緑池へテレポテーションすると、緑池は秋の気配が色濃くなって、ススキの穂が揺れていた。そう言えば、どこかの家に萩が咲いていた。ススキも萩も友達だ。軽く挨拶して、エノキの脇に立つ。月の光が冴えわたり、池の表が冷たい光を照り返す。夏が終わったのだ。
私の龍は夏とともに消えてしまった。
エノキの幹に手を置いて目をつぶると、町の情報が私の中に入って来る。エノキの報告が続く。静かに秋の気配に身を委ね、周りと一体化する。
「綾乃!止めろ。止めるんだ!」
突然、瞑想を破られた。
目を開けると、青い顔した小西が立っていた。
「どうしたん?」
と訊くと、小西が安堵の息を吐いた。
「お前、木に吸い込まれそうだった……よく考えたら、お前、龍だけじゃなくて、草木や太陽や風、他にもいろんなものと一体化できるんだ」
「魔法使いが、一番遠いかも知れんね」
私が笑うと、小西が悲壮な顔をした。
「笑いごとじゃない。お前を誰にも取られたくない。龍にも、草木にも、太陽にも、風にも。頼む。どこへも行くな」
そう言って、手を伸ばした。学習能力がないのだろうか。耳慣れた音がして、小西が手を振りながら叫んだ。
「他の魔法を使っている暇があるなら、あの魔法を解除してくれ!俺の体が保たない!」
「触らなきゃいいんや。簡単なことや」
「お前に触りたいんだ!」
「それは、難しい注文や」
「何で?」
「私が嫌やから」
「そんなに俺が嫌いか?」
ものすごい形相で睨み付ける。
「嫌いじゃないけど……」
「だったら……」
「でも、あんたは、シズが選んだ人や。黙ってシズに選ばれた人や。シズに左右される」
「シズのことは、言うな」
「シズが好きで好きでたまらん人に心を許したら、後が大変や」
小西は天を仰いだ。それから、深呼吸を一つして、ボソリと言った。
「お前がそんなんだから、あんな噂が流れるんだ」
「噂って、あれ?私が龍と関係を持ったことが分かったから、トもカも佐藤さんも、私を選ばんかったって」
「お前、知ってるのか?」
「うん。先週エノキに聞いた。火元は、佐藤さんと垣内さんらしい。あの二人、利害関係が一致するんや」
「一致するって?」
「佐藤さんは私が欲しい。垣内さんはあんたとカのどっちかが欲しい。で、あの噂で、私が再起不能になれば、仕方がないからって、佐藤さんが恩着せがましく私を助けるし、垣内さんはカをゲットできるって寸法や」
「そこまで分かってるなら、月一の集会に来い!」
「行ってどうするん?疲れるだけや」
「お前が集会に来れば、そうして、俺と薫がお前と仲良くすれば、みんな、あの噂がデマだったって分かるんだ」
「シズが、させない」
「シズには、俺達から言う」
「もう少し回復するまで、そっとしといた方がいい。霊力、戻ってないんやろ?」
「頭が痛いところだ。でも、お前はどうなる?」
「別に、魔法使いと付き合わんかったらいいだけや……」
私は、後を向いて、エノキから聞いた話をもとに、静香がかけ忘れた魔法を二つかけた。小さな保育園の遠足をお天気にする魔法と、稲刈りが終わった田んぼに来年の豊作を祈願する魔法だ。
それが終わると、
「話は、それだけ?じゃあ。私、用事あるし」
そう言って、四百十年前に飛んだ。
ジュニアが来なくなってから、私は、四百十年前で、龍を始めとするいろいろな動物の健康を祈ることにしていた。イノシシもウサギもキツネもタヌキもみんな元気で、怪我もなく生きて欲しい。それが、人間の幸福に繋がるし、龍の幸福にも繋がるのだ。お嫁さんを探しに行ったジュニアの健康を祈るためだった。でも、この地域一帯の生き物を対象とするので、ものすごく消耗する。この魔法をかけたら、しばらく動けなくなった。
昔の緑池の畔で魔法をかける。そうして、抜け殻のように、体力の回復を待つのだ。そんな私を、タツヤ夫妻は、そっと抱きしめてくれた。その暖かさが心地よくて、しばらく、二匹と一緒に眠るのだ。
この日は、小西が追い掛けて来た。性懲りもないと言おうか、生真面目と言おうか、キャラが変わったみたいでおかしい。ただ、私は、このとんでもない魔法をかけ終わって、消耗しきって、タツヤの奥さんの体を枕にして寝ていた。
「お前、何してるんだ?」
小西が訊いた。
(タツヤに訊いて)
しんどくて、声も出ない。
小西がタツヤを振り返って訊いた。
「綾乃は、何してるんだ?」
「見りゃ分かるじゃろう。寝ておるんじゃ」
「そんなもん、言われなくても分かる。何で、ここで寝なくちゃならないか訊いてるんだ」
「魔法のせいで、疲れ切っておるのじゃ」
「そんな大した魔法じゃなかったぞ」
「それは、お前達の時代のことじゃ。この時代で、綾乃は毎週魔法をかけておる。この地域のありとあらゆる動物の健康を祈る魔法じゃ」
なんだかんだ言っても小西は綾乃の味方です。




