第四章 存在しない配布先 ⓵
翌朝、ロザンヌは慈善会の事務所を訪ねた。情報提供書が慈善会の備品である透かし入りの用紙だったことから、事務所の管理状態を確認したいと思ったのだ。
「なにか手がかりがつかめたらいいと思わない?」
ロザンヌの言葉に、メリーは、
「当主様の許可を得てからにしてくださいよ」
と、半ばあきらめ顔で答えた。
「もちろん。お父さまには寄付をしたいからと伝えるわ」
嬉々として執務室へ向かうロザンヌに、メリーは小さくため息をついた。
それが朝食後の出来事で、そのあとすぐに外出となり、現在は慈善会の建物の前にいた。
慈善会は、昔は富裕な商売人が倉庫兼住居として建てた建物を、持ち主が引退する際、安く買い取ったものだ。建物の出入口には、倉庫用の頑丈な扉が使われていた。その横の呼び鈴をメリーが押して声をかけた。
「ごめんください」
呼び鈴に応じて現れた男性にメリーが取り次ぎを頼むと、すぐに建物の中に通され、事務室の受付へ案内された。
無表情な受付嬢は、ロザンヌを一瞥して用件を聞いてきた。
「レマー家からの寄付を考えておりますの」
ロザンヌが家紋の入った扇子を口元に添えた。レマー家は王都で輸入品を扱う商会を営んでいる。国外の珍しい調度品や、その国でしか採れない鉱石を用いた品々は、決して安くはないものの、品質の確かさから貴族の間で人気を博していた。店の商品を持っていることは、貴族の中では一種のステータスになっているほどだった。
受付嬢の目がレマー家の家紋に止まったとたん、彼女の態度が一変した。レマー家の家紋は店先の扉に刻まれていて、王都で暮らす者なら子供でも知っている。
彼女はさっと席から立ち上がり、それはそれは綺麗な笑顔をつくった。
「本日はわざわざお越しくださり、ありがとうございます。すぐ担当者に取り次ぎますので少々お待ちください」
現れたのは、腰の低い、細身の中年男性だった。
「初めまして、レマー伯爵令嬢様。私は寄付受付担当のジェンナーと申します」
彼は丁寧な態度で、ロザンヌとメリーを重厚な扉のついた部屋へ案内しようとした。ロザンヌは、そこが賓客を迎える特別室だろうと察し、やんわりと止めた。
「同じ寄付をするのでしたら、現在足りていないものをと考えておりますの。ですので、それをお聞きしたくて参りました」
「お心遣い、ありがとうございます。でしたら、帳簿が必要になりますね」
彼は丁寧に頭を下げると、事務室の一角に設置された来客用のソファへ案内した。
事務机に向かう職員たちが何事かとロザンヌたちに目を向けた。ロザンヌは素知らぬ顔をして、目だけを動かして室内の間取りを確認しながら、彼の後に続いた。職員の机の上には、書きかけの書類や帳簿などが置かれていた。一見してすぐに事務用品が入っているとわかる棚は見当たらない。
ということは、部外者がふらりと入ってすぐに手に取れるというわけではない、ということかもしれない、とロザンヌは頭の隅でメモを取った。
ロザンヌが静かに腰を下ろすと、メリーはロザンヌの背後に立った。ジェンナーは壁にしつらえてあったキャビネットから、台帳を数冊引き抜いて戻ってきた。
ジェンナーはロザンヌの正面に座ると、胸ポケットから取り出した眼鏡をかけ、寄付品管理台帳を膝の上に広げて目を走らせた。
「現在、足りていないものというと、冬用毛布、小麦粉、あとは薬品といったところでしょうか」
「そうですの。でしたら、それぞれ、どの程度必要なのでしょう。届け先の人数もわかれば、家令に正確な数量を伝えられますわ」
ジェンナーは台帳から顔を上げた。
「昨冬と同じ規模の支援を考えていましてね。ちょっと待ってください」
彼は別のページを開いた。
「わたくしも拝見してよろしいかしら?」
ジェンナー氏は少し考えて、頷いた。
「かまいませんよ。配布記録は寄付していただいた方には後日書面でお知らせしていますからね」
彼は膝の上の台帳を、ローテーブルに広げた。
彼は去年の記録がつけられたページを開いて、指さした。
「まずは毛布ですが。毛布百二十枚購入。三か所へ配布。……配布先の内訳は、北区救貧院に四十八枚、東区孤児院に四十八枚、西区第三臨時救護所に二十四枚、ですね」
「毛布は百二十枚ですのね。小麦粉はどうでしょう?」
ロザンヌはバッグから取り出したノートへメモを取った。
ジェンナーは小麦粉のページを開いた。
「小麦粉は六十袋ですね。同じく三か所へ振り分けられていまして……」
「薬品も?」
ジェンナーはページをめくった。
「薬品は施療所へ送られます。地区は同じです。昨年は薬品三十箱ですね」
「すべて、現物の寄付でしたの?」
ジェンナー氏は苦笑しながら頭を振った。
「貴族の方で寄付をされるとなると、ほぼ現金ですよ」
「それもそうですわね」
品物を寄付するとなれば、揃える手間も送る手間もかかり、そのうえ運搬にも費用がかかる。それらを慈善会に任せるため、必要経費も見込んで多めに寄付するのだろうと、ロザンヌは思った。
「わたくしは、品物で寄付いたしましょう。そのほうが、慈善会の方々の負担が少なくなるでしょう?」
「お心遣いに感謝します」
ジェンナーは控えめに微笑した。
「それで、毛布などはどちらの倉庫に? ここの一階ですの? かなり広かったようですが」
ロザンヌが建物の中に入った時、薄暗くがらんとした空間を横目に、すぐ脇の階段を上がっていった。
ジェンナーは困った表情を浮かべた。
「たしかに元は倉庫で一時期は一階を置き場に使っていましたが、今は別の場所を倉庫として使っているんですよ」
「拝見してもよろしいかしら?」
ジェンナーは困惑した顔になった。
「ご令嬢自ら埃っぽいところへ行かれるのですか?」
「寄付品を置く場所や搬入方法も家令へ伝える必要がありますわ」
「お若いのにそこまでお考えいただけるとは。さすが、王都でご商売されるレマー家のご令嬢でいらっしゃいます。ですが」
ジェンナーは帳簿を静かに閉じた。
「倉庫は、関係者以外、立ち入りを控えていただいておりまして」
「どうしてかしら?」
「以前、物盗りが侵入しましてね。お嬢様を疑っているわけではないので、お気を悪くされないでいただきたいのですが。そういうわけで、どなたにも公開しないことになっております」
職員を尾行すればすぐにわかるでしょう、と言い返したいところだが、ロザンヌはうなずいて見せた。
「規則でしたら、しかたありませんものね。でも、毛布百二十枚となると、普通の荷馬車ではなく、それ用のものを用意いたしませんと。だとしたら、商会で使っているうちの荷馬車が入るかしら?」
「そうですね……」
ジェンナーが眉尻を下げたときだった。
「失礼いたします!」
元気のよい声が室内に響いた。
「倉庫の備品確認で、わからない点がありましたので、教えていただきたいのです! ええと、ジェンナー様は?」
名を呼ばれたジェンナーは、背を向けていた戸口に顔を向け、そこに立つ令嬢を見て苦笑した。
ロザンヌは彼が振り向いた先を確かめて、小さく驚きの声を上げた。
「ケイトリン様」
ロザンヌの声に、ケイトリンは応接用のソファへ顔を向けた。
「まあ! ロザンヌお姉さま!」
満面の笑顔で、足早にロザンヌに近づいた。その足取りに合わせて後頭部の高い位置でまとめたチョコレート色の髪がふわふわと揺れた。
「ロザンヌ様にこんなところでお会いできるとは、私ってなんて幸運なんでしょう! 嬉しい!」
両手を胸の前で組むと、目を輝かせた。
「わたくしは寄付のお話で参りましたけれど、ケイトリン様はこちらでなにを?」
「聞いてください、ロザンヌ様! 私を預かってくださる家の方から、元気を持て余しているなら人様のお役に立つよう、体を動かしてみたらどうかと勧められたのです!」
「まあ、それほどまでにお元気になられたのですね」
ケイトリンは以前、執拗なストーカー気質の令息につきまとわれていた。離れた領地にいる両親には深刻さが伝わらず、彼女は悩んだ末、自身の幼馴染でロザンヌの婚約者であるアドリアンを頼ってきたのだ。その令息はいまはもう王都にはいないし、二度と彼女の前には姿を現さないように、ロザンヌが陰で働きかけた。それがきっかけで、彼女はロザンヌになついたのだ。
あの頃のケイトリンは憔悴していて、見ていて痛ましかった。しばらくはアドリアンとの茶会に彼女も同席して、三人で楽しんでいた。そのうち、ロザンヌのもとに一人で来るようになったころから、少しずつ本来の明るい性格が戻り始めたようだった。
だんだんと訪問の間が空き、最近はアドリアンのところにも顔を出さなくなったとアドリアンから聞いていたが、奉仕活動に精を出していたというなら、喜ばしいことだとロザンヌは思った。
「ロザンヌ様が毛布を調達して下さる上に、搬入まで? そのような手間暇をかけてくださる寄付をお考えになられたロザンヌ様はやはり素晴らしい方ですわ」
ケイトリンはいつの間にかロザンヌの横に座り込み、ロザンヌの手を取って感激した。
「でも、搬入先の倉庫は部外者には見せられないとのことで。ですわよね」
ロザンヌがジェンナーへ目を向けると、
「でしたら、私が担当する倉庫をご覧いただきましょう。私が倉庫管理簿をつけ間違わないためのアドバイザー的立場でしたら、臨時の関係者ということになりますでしょう?」
ケイトリンは手を打ってジェンナーを見た。
つまり、ケイトリンの一日補佐という名目にすればロザンヌを倉庫に案内できる、と言っているのだ。
「搬入当日、私のミスがなければ同じ倉庫の方にご迷惑をおかけしなくて済みますし、ジェンナー様のお手を煩わせることもなくなります。とても良い考えだと思います!」
自信満々に言ってのけているが、要するにケイトリンは倉庫管理簿をつけるような仕事は苦手だと公言しているのだ。ロザンヌもジェンナーもそろって苦笑するほかはなかった。
「それに、ロザンヌ様は知った秘密は守る方で有名ですのよ?」
ケイトリンは真剣な顔でジェンナーに語った。ロザンヌもジェンナーへうなずいてみせた。
ジェンナーは肩をすくめた。
「仕方ありませんね。名門のレマー伯爵家のご令嬢ですし、レマー商会を営むご一族への信用もございます。一日臨時関係者として、名前を頂戴することにいたしましょう。よろしいですか?」
ジェンナーの確認に、ロザンヌは
「もちろんですわ」
と、頷いた。どうやらジェンナー自身は、倉庫を見せたところで差し障りがあるとは思っていないらしい。
「では、こちらの台帳にお名前を」
ジェンナーは別のファイルを棚から引っ張り出して、ロザンヌの前で開いた。
帳面には、本人が署名したのであろう、いろんな筆跡の署名が長々と並んでいた。ロザンヌの一つ上に、ケイトリンの元気のよい筆跡の署名があった。ロザンヌは最後尾の空欄に、自分のペンで署名した。
「では、私が倉庫へご案内いたしますね!」
ケイトリンが早速席を立つと、ジェンナーが声をかけた。
「ケイトリン嬢。わからない点があったのでは?」
「そうでしたわ! 備品確認の要領が今一つわからなくて」
振り返ったケイトリンが曇り顔になった。
「今日はいつもの担当者はいないのかな?」
口調はもはや、姪っ子か何かに尋ねる親戚のようだ。天真爛漫な十五歳の彼女にジェンナーも甘いらしいとロザンヌは密かに微笑した。
「そうなんです。私が責任もって書かなくちゃいけなくて」
ジェンナーは首を振った。
「でしたら、在庫の数と今日の日付とあなたの名前を書いたメモを作っておいてください。倉庫管理簿には後日、担当者に記入してもらいましょう。その方が確実ですから」
ケイトリンはにこっと笑った。
「まあ、助かりますわ、ジェンナー様」
ケイトリンが書くと後で確認が大変だとジェンナーに言われたも同然だが、ケイトリンは気にしていないらしい。ロザンヌはケイトリンの快活さを微笑ましく思った。本来はこんなに明るくてさっぱりとした気性らしい。彼女がいるだけで、元気になりそうだ。
「では、お姉さまをご案内いたします」
ケイトリンは元気よく歩き出した。
ロザンヌとメリーはジェンナーに挨拶をした後、ケイトリンとともに建物を出て行った。
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