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秘密は守りますわ ―消えた令嬢と三冊の帳簿―  作者: 飛絽じゅらん


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第三章 新聞社と叔父さま

 翌朝、ロザンヌは侍女メリーを伴って、叔父の経営する新聞社を訪ねた。叔父は、新聞を作るうえで何よりも正確さを重んじている。だからこそ、エルシー嬢の失踪事件の事実が見えるのではないかと思ったのだ。


 ロザンヌは昨日のうちに叔父に用件を伝えて、承諾を得ていた。

 入ってすぐの受付嬢に軽く会釈をして通り過ぎようとすると、声を掛けられた。


「お待ちください。どちら様ですか」


 鋭い声だった。ロザンヌは目を瞬いた。いつもの受付嬢ではなく、見知らぬ女性だった。年はロザンヌより少し上だろうか。

 茶色の髪をすっきりとまとめた彼女は口を尖らせ、ロザンヌをにらみつけた。


「用件を伺います。受付にお名前を」


 ロザンヌはゆっくり受付に近づいた。


「わたくし、社長のロバート叔父さまにご用がありますの」


 今度は受付嬢が目を瞬いた。ロザンヌは静かな声で話した。

「いつもの方なら、何も言わなくても通してくださるのだけれど」


 受付嬢はかちんと来たらしい。一層、目つきが険しくなった。


「そうですか。でも、すべての来訪者の方にお名前を書いていただく規則ですので」

 女性は用紙を挟んだボードとペンを突き出した。


「社長はお忙しい方です。面会予約をとられていますか?」

「それでしたら昨日、こちらへ午前中に伺いたいと、先触れを出しております」


 横からメリーが答えた。

 受付嬢はメリーをじろりとにらんだ。


「先触れは予約とは違います」


 彼女はロザンヌに目をもどすと、冷たい声で言った。


「訪問記録も残さず弊社に正式な面会予約も取らないとは、公私混同というものです。ここは仕事をする職場なんですよ? そこはおわかりですか、お嬢さん」

「あなた、伯爵家の令嬢になんて口のきき方を」


 ロザンヌがメリーの腕にそっと触れた。メリーが唇を噛んで受付嬢を睨み返していると、階段を降りてくる軽快な足音が響いた。


「ロザンヌ! 遅いから迎えに来たよ!」

「叔父さま」


 背が高く、肩幅の広い三十路半ばの男が足早に近づいてきた。ロザンヌよりも少しだけ薄い緑色の瞳を輝かせ、満面の笑顔を浮かべて両腕を広げていた。


 ロバートはそのままロザンヌに近づくと、がばりと抱きしめた。ロザンヌがロバートの腕の中にすっぽりと納まってしまったところで、彼女を宙に浮かせ、くるりと一回転した。ロザンヌのはじける笑い声に合わせるように、ドレスの裾がふわりと膨らんだ。


 ロザンヌをそっと床に下ろしながら、ロバートは受付嬢に顔を向けた。社員に見せるものとは別の、ロザンヌへの愛情をたたえたままの薄緑色の瞳が、彼女へ向けられた。


 それをまともに見た受付嬢の頬が微かに赤くなった。


「この子は私のお気に入りの姪っ子でね。今日は私が招いた客でもある。昨日、午前中に来ると聞いていたよ」


 ロバートは腕の中にロザンヌを閉じ込めたまま、受付嬢に片目を瞑ってみせた。

 受付嬢の頬がさらに赤くなった。


「でも、あの」


 ロバートはきりりとした眉を少しだけ上げ、おどけるように首をかしげた。


「きみは、相手が誰であっても勝手に通さなかった。そこは評価するよ」

 受付嬢の表情が、わずかに明るくなった。


「だけど、先触れは出したと言われたんだろう? 規則を破ったと決めつける前に、まず私の部屋へ確認を取ろうね」

「は、い……」


 彼女はもじもじしながら、小声で返した。


 ロバートの言葉は柔らかかったが、その笑顔には、『確認もせずに客を非難するのは、きちんと仕事をしたことにはならないよ』という警告が込められていた。


 受付嬢がこくりとうなずいたのを見て、ロバートもうなずき返すと、ロザンヌの背中に手を回した。


「さあ、行こうか」

 ロザンヌはロバートに笑顔を見せ、並んで階段を上がっていった。

 

◇◇◇


 通されたのは社長室の横にある資料室だった。扉を開けるとすぐに、インクと紙の匂いがロザンヌをふわりと包んだ。


 そこは大きな図書館の中のようだった。月ごとに整理された新聞を収めた棚が、書架のように並び、隅には簡易な机と椅子が置かれていた。


「目的の資料は出しておいたよ」


 机の上に束ねられた新聞が置かれていた。


「ありがとうございます」


 ロザンヌは椅子に腰かけ、ノートを広げた。日付順に置かれた新聞を猛然と読み始めた。ぱらりと紙面をめくる音が響く中、ロバートはロザンヌの様子を苦笑しながら少し離れたところから見守りつつ、メリーに話しかけた。


「こうなるとこのおチビさんはてこでも動かないんだよなあ」

「さようでございますね。けれど、あの集中力でございます。さほど時間はかからないでしょう」

「本当に? 私とお茶くらいしてくれそう?」

 メリーは当然とばかりにうなずいた。


「情報を取った後は必ず」

「よかった。今日は会わせたい人がいるから」

「お嬢様に有益な方で?」

 ロバートは小さく笑った。


「きみも職務に忠実だねえ。安心して。私も姪っ子に害虫を向けたりしないよ」

「それは失礼いたしました」

「ただし、外見で判断しないでくれたまえよ?」

「……かしこまりました」


 二人が声を落として会話している間も、ロザンヌは新聞を次々に読み込んでは、持参したノートへ走り書きをしていった。紙の上を走るペンの音と、紙面をめくる音が交互に室内へ広がった。


 やがて、ロザンヌは最後の新聞を閉じた。ノートへペンを置くと、背もたれに体を預けて大きく息を吐いた。目の前の壁の上へ視線を上げ、ぼんやりと宙を見つめた。


「やはり叔父さまの新聞は正確ですわ……」


 ほう、と感じ入るようなため息をつくと、ノートに目を落とした。


「叔父さまの新聞だけは、エルシー様の失踪理由や人物像を断定していませんわ」


 うんうん、とロザンヌがうなずいたところで、ロバートが声をかけた。


「それは大変光栄な評価だ。で、目的は達成したかい?」

 ロザンヌははっと体をこわばらせ、振り返った。


「叔父さま、お忙しい身でいらっしゃるのに、ずっとそこにいらしたのですか?」

「メリーがすぐ終わると言うから」


 ロザンヌはメリーを軽くにらんだ。メリーには常々、集中しているときの様子は淑女らしからぬと言われていたのだ。


「これから社長室でお茶でもどうかな?」

 ロザンヌの目が輝いた。


「ぜひ! お話を伺いたい点がございますの」


 通された社長室には、すでに茶器が用意されていた。メリーはなにも言わず、それを手に取り茶の支度を始めた。


 ロザンヌは広々とした社長室で、机の前にしつらえられた来客用のソファへ腰を下ろした。向かい側に、ロバートが座った。


 ロバートは膝に肘を当て、組んだ手の甲に顎を乗せた。


「で? エルシー嬢の件で何を聞きたいんだい?」


 ロザンヌはノートを広げ、メモを見ながら、他社の紙面では同じ表現が用いられていたこと、新聞社によってはクイン家が正式に失踪を公表する前に、彼女が傷心で姿を消したと報じていたことを話した。最後に、


「叔父さまの社だけが、彼女の人物像や失踪理由を断定しておりませんでしたわね」

 と嬉しそうに締めくくった。


 ロバートは含み笑いをしながら答えた。


「あれはね、各社に情報提供文書が送られてきていたんだよ」

「どこからですの?」

「名乗りは社によって違っていた。わが社に来た文書では、送り主は慈善会の関係者とだけ書かれていた。他社に届いたものは、クイン家の代理やネイヤー家の代理を名乗っていたらしい」

「名乗りは違うのに、各紙には同じ表現が使われていたのですね」

「そうだ。文書の内容もよく似ていたそうだよ。エルシー嬢が傷心から姿を消した、という筋書きは共通していた」

「異なる立場を名乗りながら、同じ筋書きを持ち込んだ……」


 ロザンヌはノートに目を落とした。


「偶然とは思えませんわね」

「私もそう思う」

「よく他社に届いた文書の内容までご存じですのね」

「蛇の道は蛇だからね」

「まあ」


 ロザンヌが感嘆の声を上げたところで、扉が規則正しく、一定のリズムでノックされた。


「お入り」


 ロバートは誰何もせずに声をかけた。

 入ってきたのは、薄汚れた上着を着た少年だった。頭には明らかに大きすぎるキャスケットを被っていて、少年の目元が見えない。馬車の中から時折見かける、下町の少年のようだとロザンヌは思った。


「首尾は?」


 ロバートの声に、少年は少し俯いた。


「全員空振り。定時報告のみでごめん」

「いや、いい。引き続き頼む」

「報酬は見つけた者に、だよね?」

「もちろん」


 少年の口元が弧を描いた。ロバートはロザンヌに目を向けた

「ロザンヌ、紹介しよう。彼は青少年記者クラブの一員で、マイクという。マイク、私の大切な姪のロザンヌだ。覚えておいて」


 マイクはロザンヌへ顔を向けると、さっと帽子をとった。帽子の下から現れた茶色の巻き毛がくるりと揺れた。巻き毛に縁どられた顔の中で、黒い瞳が理知的な光をたたえていた。服装から受けた印象とは異なり、聡明そうな少年だった。


「よろしく」


 頬にすす汚れをつけた少年は、礼儀正しく頭を下げた。


 ロザンヌは少しだけ驚いた。下町の少年だからと、叔父との話が済めば、挨拶もせずこちらには見向きもせず帰っていくだろうと高をくくっていたのだ。朴訥ではあるが、彼はちゃんとした礼をする小さな紳士だとロザンヌは印象を改めた。


「初めまして。ロザンヌですわ。叔父がお世話になっているようね」

「いえ、僕たちが世話になっているんです」


 少年は後頭部を掻きながら答えた。照れた顔になった彼は、頭を掻きまわして、柔らかそうな茶色の毛先をふわふわと揺らした。


「私設のクラブでね、特ダネを提供した者や、頼んだ内容をこなした者には報酬を渡している。ただし、危険を冒した者は馘だ」


 「馘」という言葉が出たとき、マイクは、そんなことはしていませんというように、必死な形相で数度、首を縦に振った。


「社長の言う危険は、僕らにとってはそうとは思えないものまで入ってるから動きにくいけどさ。じゃなきゃあ、今回の情報はもっと早く集まるはずだけど」


 悔しそうに口元を歪ませるマイクに、ロバートは静かに言った。


「それはそうだろうが、規律は守ってくれ。きみたちの親御さんとの約束もあるからな」

 マイクは不承不承と言った様子でうなずいた。


 紅茶のカップを載せたトレイを手に、メリーが近づいてきた。ロザンヌとロバートの前に湯気の立つカップをそっと置くと、マイクをちらりと見てロバートへ目を向けた。ロバートはメリーに、首を振ってみせた。


「彼はすぐに仲間のところへ向かうから茶はいらない。代わりに、ワゴンにある菓子の籠を一つ、彼に持たせてくれ」


 マイクの目がきらりと輝いた。


「ありがてえ。みんな喜ぶよ」


 メリーは大ぶりの籠をマイクに持たせると、ロザンヌの後ろへまわった。

 マイクは扉を開け、皆に頭を下げて去った。階段を数段飛ばしているのか、たん、たん、という軽快な音がだんだん小さくなっていった。


「嵐のような子でしたわね」


 ロザンヌがつぶやくと、ロバートはくすりと笑った。


「あの子たちは、下町でも貧民街に近いところで育ってね。迷路のような裏道を遊び場としていたから、情報収集は私たちよりうまい。今回も、エルシー嬢の件で飛び回ってもらっている」


 ロバートはカップを口に運びながら、世間話をしているような口調で話した。

 ロザンヌは口に含んだ紅茶を慌てて飲み込んだ。


「叔父さま、なにか掴んでいらっしゃるの? わたくしにもぜひ、教えてくださいまし!」

 ロバートは首を横に振った。


「まだだよ、ロザンヌ。彼女について明らかになっていることは、驚くほど少ない。わかっているのは、わが社に届いた情報提供文書に、慈善会の用紙が使われていたことくらいだ」

「送り主が名乗りどおり慈善会の関係者なら、不思議ではありませんわよね」


 ロバートは頷いて、机の引き出しから一枚の用紙をロザンヌへ手渡した。

 ロザンヌは情報提供文書を一瞥し、慈善会の頭文字をあしらった透かし模様を指先でなぞった。


「たしかに、本物ですわね」


 紙の手触りも透かし模様も、バザーや寄付会のお知らせで受け取る用紙と同じものだった。

 慈善会は王家も名を連ねる催しを行うことがある。そのため、慈善会の用紙は厳重に管理されているはずだった。


「やはり、慈善会の誰かが情報提供文書を送ったのでしょうか」

 ロザンヌは用紙をロバートに返しながらつぶやいた。


「それを確かめる手がかりを得るために、さっきの青少年記者クラブのみんなに、情報提供文書が各社へ届けられた記録を洗い出してもらっているんだよ」

「届いた時間まで?」

「そう。できるだけ詳しく知ることで、見えてくるものがあるかもしれない。他社に届いた情報提供文書にも、すべて慈善会の用紙が使われていたのかを知りたい。できれば封蝋も確かめたいね」

「なかなか難しいのでは?」


 ロバートはにやりと笑った。


「だからこそ、彼らの出番だ。彼らなら、思わぬ経路から情報を掴んでくる。能力がある者には、将来、我が社の記者として働いてもらうつもりだ」


 ロザンヌは、薄汚れた格好をしたマイクが、迷路を迷うことなく走っていく姿を想像した。そう、彼らは自分たちとは違う視点を持っている。彼らの知恵を借りれば、自分たちだけでは得られない情報にたどり着ける。それをロバートは知っているのだ。ロザンヌはそこまで考えて、改めて目の前に座る叔父を尊敬のまなざしで見つめた。


「叔父さま、素晴らしいですわ」


 胸の前で両手を組むロザンヌを見て、ロバートはにこりと笑った。


「おチビさんにいつまでもそう言ってもらえるよう、頑張るよ」


 ロバートは貴族然とした優雅な所作で、紅茶を美味しそうに飲んだ。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。よかったら、評価をお願いします!

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