第十二章 守るべき秘密 ③
「でも、それに気づいて確かめ直せたんだから、次は同じ間違いをしないよ」
ロザンヌはちらりとアドリアンを見た。
「慰めていらっしゃいますの?」
アドリアンはロザンヌの耳元に口を寄せて小声で答えた。
「半分はね。もう半分は、本当にそう思っている」
ロザンヌの口元が、ほんの少し上を向いた。
「……そろそろ、エルシー嬢の保護先に到着するぞ」
ロバートの言葉に、ロザンヌは顔を上げて馬車の窓から外を見た。
「ここ、どちらですの?」
「うちの社員の家だよ」
ロバートはにやりと笑った。
「エルシー嬢くらいの娘がいるご夫婦だ。嫁いだ娘はエルシー嬢と背格好が似ている」
「ここでもエルシー様は変装なさっているのですね」
「今度は楽しい変装になってると思うぞ」
ロバートと話しているうちに、馬車は社員の家の前で止まった。家は一般市民の住宅街の一角にあった。
家に入ると、居間に通された。そこにはソファに座るエルシーと、その横に立つメリーがいた。
二人とも元気そうな様子に、ロザンヌはほっとして微笑んだ。
ソファとダイニングテーブルの椅子を集め、全員が座ったところでホーソーンが判明した二つの事件を説明した。
慈善会不正とタイラー運送について、オリバーへの捜査が始まったこと。
失踪当日の馭者襲撃は、慈善会の不正を隠すためのものではなかった可能性が高いこと。
グレースがルイスと一緒にいるところを、エルシーに扮したアイリーンに見られたと思い込み、ルイスに口止めを頼んだこと。その依頼を受けたルイスがエルシーの馬車を止めるため人を雇ったこと。その後、ルイスが、グレースの見た人物は舞台女優ではないかと疑い、アイリーンを探し出して脅したと認めていること。
アイリーンを脅した印章指輪の男がルイスであることを、本人が認めたこと。
これらについては、馭者やアイリーン、ルイスが金で雇った実行役の証言などを、治安部がこれから確認すること。
一通りの話を聞いたエルシーは、唇をかんだ。
「私の計画によってアイリーンを危険に巻き込んでしまったのですね。申し訳ないことをいたしました」
肩を落とすエルシーに、ロザンヌは静かに声をかけた。
「アイリーンさんを巻き込んだことは、エルシー様がお詫びしなくてはならないとは思います。けれど、馭者を襲わせ、アイリーンさんを脅した責任まで、エルシー様が引き受ける必要はないかと」
エルシーはロザンヌにすがるような目を向けた。
「この件はどこまで記事にするのですか」
ロザンヌは広げていた扇子を閉じた。
「以前にも申し上げました通り、エルシー様の秘密は守りますわ。けれど、人の命にかかわることまで隠すことはできません」
「そう、よね」
エルシーはぎこちなくうなずいた。
「ルイス・ブラウン様は、アイリーンさんを脅迫し、エルシー様の馬車を止めるために人を雇ったことを認めています。その結果、馭者が襲われました。この点については、治安部がさらに確認を進めるそうです。エルシー様が婚約から逃れるために失踪を計画したことは、必要な範囲を超えて新聞には書かれません。そうですわよね、叔父さま?」
ロザンヌに話を向けられて、ロバートはうなずいて答えた。
「ああ。もちろんだ。アイリーンさんの名前と、身代わりを務めた事実も書かない」
「ただし、捜査のため、アイリーンさんには治安部で証言してもらいますよ。それから、セシリア嬢についても、確保した証拠と本人の説明をもとに、あらためて事情を確認します」
ホーソーンが付け加えた。
エルシーはソファに身を鎮め、しばらく考え込んでいたが、やがて、顔を上げた。
瞳に強い意志を湛え、何かを決意した顔だった。
「私は父に婚約解消を訴えても聞き入れてもらえず、オリバー様から婚約破棄をさせようと、姿と性格を偽りました。仕上げに失踪計画まで実行しました。けれど結局は、父かオリバー様のどちらかに、婚約を終わらせてもらおうとしていたのです。自分で決めたことを、自分の言葉で貫こうとはしていませんでした」
ロザンヌは黙ってうなずき、先を促した。
「父がまた耳を貸さなくても、今度は消えたりしません。私自身の口で、オリバー様とは結婚しないと父に宣言いたします」
「エルシー様のお気持ちを、わたくしは尊重いたしますわ」
ロバートは笑顔でエルシーに言った。
「必要なら事件の事実と証拠をレマー新聞の名でクイン家へ示してもいい」
エルシーは二人に礼を言い、続けた。
「ありがとうございます。まずは、自分の言葉で話してみたいと思います」
ようやくエルシーの今後について固まった。エルシーの帰宅が決まったところで、メリーがクイン家まで付き添うと申し出た。
「わたくしも参りますわ」
ロザンヌが言うと、メリーとアドリアンが同時に止めた。
メリーは眼鏡の蔓をくい、と持ち上げた。
「お嬢様は、一度お帰りになってお休みください」
アドリアンは大きくうなずいた。
「その意見には全面的に賛成だ」
「……その息の合い方は何ですの」
たじろぐロザンヌに、エルシーが少し笑った。
「ロザンヌ様がいらっしゃると、私より先に父に話してしまいそうね。お気持ちだけいただいて、あと少しだけ、メリーさんをお借りするわ」
ロザンヌは納得いかない様子で言った。
「わたくしだって、黙るべきところでは黙れますわ」
エルシーは少しだけ声を立てて笑って言った。
「それはもう、よくわかりましたわ」
家の持ち主の社員が連絡をして、レマー新聞社から一台の馬車が家の前に到着した。馭者をしていたのはケリーだった。ロバートが最後まで、エルシーの安全を考えていることがわかり、ロザンヌはロバートに笑顔を向けた。
メリーに付き添われてエルシーが乗り込んだ。ホーソーンは念のためと言って、同じ馬車に乗り込んだ。馬車の姿が見えなくなるまで見送った後、ロザンヌたちは待たせていた馬車で新聞社へ向かった。
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