第十一章 偽物だと知る者 ②
「それは……」
額に汗を浮かべ、フォルティは言葉を詰まらせた。
「会計処理に不正があるという告発と証拠の一部があります。王都治安部の権限の下、事務室に立ち入らせてもらう」
ホーソーンの言葉に、フォルティは蒼白になった。
ホーソーンはフォルティを立たせた。
「捜索は関係者立ち会いのもとで行う。フォルティ殿にはご同行いただく」
フォルティと、彼を引き立てる部下を先頭に、ロザンヌたちは事務室へ入っていった。捕らえた男は、エドガーと治安部員一人に見張られ、その場に残された。
事務室へ入ると、ホーソーンの部下がランタンを灯した。
ホーソーンは台帳のありかをフォルティに尋ねた。
「それは、お答えいたしかねますな。それより不当な扱いを受けたと訴えてもいい」
口の端を歪めてうそぶくフォルティに、ホーソーンはこれみよがしのため息をついた。
「自ら事情を説明する機会はいらないと。では、ロザンヌ嬢とアドリアン殿に伺おうか」
「寄付品管理台帳はこちらですわ。以前、ジェンナー様がこの棚から取り出していらっしゃいました」
迷うことなく正確に台帳がある場所をロザンヌは扇子で指し示した。
「記憶力がよろしいのですね」
ホーソーンの部下が感心するようにつぶやいた。
フォルティは憤怒の形相でロザンヌを睨みつけた。
「なぜその場所を……。いやそれより、私がいったい何をしたというのかね! レマー伯爵令嬢! ルメール伯爵令息!」
アドリアンはさりげなく、フォルティからロザンヌが見えないように自分の体を滑り込ませた。
「僕たちはただ、貴族として不正を正すための協力をしているだけだ」
静かだが、低く力強い声だった。
ホーソーンの部下は、セシリアの説明をマイクが書き留めたメモをもとに、通常の支払い証書を一束ずつ確認していった。
「ありましたね」
部下が取り出したのは、オリバーに渡した金額と慈善会の支出を対応させる控え、横流し先へ物資を渡した際の受領記録、そしてオリバーが指定した引き取り先を示す走り書きだった。
「それはセシリアが不正を働いた証拠だろう!」
フォルティが喚いた。
「ええ。セシリア様が慈善会のお金と物資を不正に扱った証拠でもありますわね」
ロザンヌが静かに肯定すると、フォルティが勝ち誇った顔になった。
「そうだろう! だから」
「ですが」
ロザンヌはフォルティの言葉を遮るように続けた。
「ですが同時に、そのお金と物資がどなたのもとへ渡ったのかを示す証拠でもありますわ」
「たしかにそうだろうが、私には関係ないだろう」
ロザンヌはアドリアンの横から、フォルティへ鋭い目を向けた。
「馬車が襲撃されたとき、襲ってきた男たちはセシリア様の外見だけでなく、役職も、革の書類入れを持っていることを知っていました」
「それだけで私をこんな目に遭わせたのか。話にならんな」
フォルティが鼻で笑うと、ロザンヌは目を細めた。
「人の話は最後まで聞くものですわ。まだございます。セシリア様の貸家の場所まで把握していましたし、襲撃の指示書には慈善会の用紙が使われていました。襲撃者の一人だった男は、あなたから前金と指示書を受け取ったと証言しています」
フォルティはロザンヌから顔をそむけた。ロザンヌはかまわず続けた。
「さらに、あなたは書類入れを受け取る前に、『余計なものには手を出していないだろうな』とお尋ねになりました。偶然通りかかった方のお言葉ではございませんわね」
「それだって、私が仕向けたという証拠には弱いだろう」
馬鹿にしたような口調で返すフォルティに、ロザンヌは鋭い口調で言った。
「今申し上げた事実に加え、決定的だったのは、今夜、指定された場所へ、指定された時間帯にあなたが姿を現したことですわ。しかも、書類入れの中身を見て即座に偽物だと断定しました。もはや、ご自分がまったくの無関係だとは言い張れませんわ。ここまで噛み砕いてご説明してもまだ、無関係だとうそぶくのですか?」
近くに立っていたホーソーンが、くつくつと小さく笑った。
「フォルティ殿、それ以上無駄な発言は控えた方がいい。それより、自分のこれからを考えて関与を認め協力することだ。どうだ? この不正に、あなたはどの程度噛んでいた?」
フォルティは、机に積まれた証拠と、逃げ道を塞ぐ治安部員を順に見た。助けを求めるように事務室を見回したが、もはや逃げ道はどこにもなかった。
しばらくして、フォルティの肩から力が抜けた。
フォルティは悔しそうに唇をかみ、顔を伏せた。
「……私は最初から計画に乗っていたわけじゃない。会計書類を見ているうちに、数字の不一致に気がついたんだ。それで、オリバー様から口止め料を受け取って隠蔽側にまわっただけだ」
「隠蔽側にまわっただけ、という言い方は正確ではないな。この男たちに前金と指示書を渡したことは認めるのか」
フォルティは顔を歪めた。
「……書類を取り戻すために、男たちへ前金と指示書を渡したことは認める」
「なぜ、革の書類入れを狙わせた?」
ホーソーンが尋ねた。
フォルティは苦々しげに顔をそむけた。
「あれは、セシリアが以前から大切にしていたものだ。重要な書類は、いつもあれに入れていた。それが、しばらく前から事務室で見かけなくなった」
「それで、証拠を持ち出したとお考えになったのですわね」
ロザンヌが言うと、フォルティは押し黙った。
「では、貸家の場所はどうやって知った?」
ホーソーンが続けた。
フォルティはしばらく黙っていたが、やがて観念したように答えた。
「……書類入れを見かけなくなってから、セシリアの動きが気になっていた。仕事を終えたセシリアをつけたことがある。あの家へ入っていくのを見た」
「エルシー様がいらっしゃることも、ご存じでしたの?」
「いや。それは知らなかった。ただ、セシリアがあの家へ出入りしているなら、持ち出した書類もそこにあるのではないかと思った」
「なるほどねえ」
ホーソーンが相槌を打ち、ロザンヌへ目を向けた。
セシリアが疑っていたとおり、フォルティはオリバーと通じていた。ロザンヌが無言でうなずくと、ホーソーンは再びフォルティへ向き直り、静かな口調で尋ねた。
「それで、タイラー運送への放火と強盗は、きみの差し金かね?」
フォルティは首を振った。
「私はただ、オリバー様にアドリアン様が運搬費をしつこく調べていると知らせただけだ」
「その後の手配は知らないと?」
「そうだ」
ホーソーンは少し考えて、また質問した。
「では、オリバー殿は今、どこに?」
フォルティはしばらく黙り込んだあと、答えた。
「おそらく今夜は自邸へ戻られるだろう」
「どうしてそう思う?」
フォルティはしかめっ面になった。
「今夜、書類を持って屋敷へ来るよう、オリバー様から言われていたからだ」
ホーソーンの目の奥が光った。それきりフォルティは口を閉ざし、部下に促されるまま、がっくりと肩を落として椅子に座り込んだ。
証拠の内容を確認し終えたホーソーンは、書類を閉じて顔を上げた。
「これより、慈善会事務室は王都治安部の管理下に置く」
部下が一斉にうなずいた。そのうちの一人が、護送用の馬車を呼び寄せるため、事務室を出ていった。
事務室で見つかった寄付品管理台帳と支払い記録、通常の支払い証書に紛れ込ませてあった証拠は、ホーソーンの立ち会いのもとで、それぞれ封をされた。
ホーソーンはさらに部下へ、近くにある慈善会の倉庫も封鎖し、倉庫管理簿、配送記録簿、門衛出入簿を保全するよう命じた。新聞社の金庫に収められている原本も、後ほどロバート立ち会いのもと、正式に治安部へ引き渡されることになった。
ほどなく、治安部から護送用の馬車が到着した。ホーソーンは部下に必要な指示を出し終えると、フォルティを事務室から連れ出して、外で拘束されていた男とともに治安部の取調室へ連行するよう、部下に言いつけた。
慌ただしい事務室の隅で、ロザンヌはこっそりアドリアンの裾を引っ張った。
「なんだい?」
アドリアンが身をかがめてロザンヌに聞いた。
「わたくし、今度こそ、きちんとお約束を守りましたわ」
「……途中、何度かきみが馬車を飛び出していくんじゃないかと思う場面はあったけれどね」
「まあ。わたくしよりも現場をご覧になっていたではありませんか」
不満そうなロザンヌに、アドリアンは苦笑した。
「きみこそ、僕の鼻がきみの肩に激突したのにも気づかないほど夢中で現場を見ていたくせに」
「え? そうですの? お鼻は……すこしだけ赤いですわ。消毒を!」
アドリアンは慌てて首を振った。
「いやいやいや。打撲に消毒はいらないから」
「でも」
アドリアンは、いいことを思いついた、とでもいうように、手を打った。
「応急手当などは母がよく知っているから、今度聞いてみたらどうだろうか」
「それは素晴らしいですわ。ぜひ」
アドリアンは心をなでおろした。自分を心配してくれるのはうれしいが、やたらと手当てを受けるのも、どこか気恥ずかしい。
「話はもういいか」
ロバートは腰に手をやり、呆れた顔で立っていた。
「あら叔父さま」
「あら、じゃないよまったく」
ロバートは盛大にため息をついた。
「今回は大人しく待っていたようだな。安心したよ」
「お約束は守りましたわ。ちょうど今、アドリアン様にも認めていただいたところですの」
胸を張って答えるロザンヌに、ロバートは苦笑した。
「できて当たり前のことをここまで自慢できるんだからな」
「何かおっしゃいまして?」
途端に不機嫌になったロザンヌに、ロバートは気づかないふりをした。
「ロザンヌ。聞きたいことがある」
「……なんですの」
ロバートの雰囲気が、いつもより重かった。
「ここから先もついて来るつもりか」
ロバートの言いたいことはわかる。たしかに今回は今までとは違って恐怖心を覚える場面もあった。
だが、ロザンヌにも矜持があった。
「もちろんですわ。エルシー様の秘密を守り抜いて、この事件を終わらせるまでは」
ロザンヌは気づかないうちに、アドリアンの手を握っていた。アドリアンはロザンヌの横に立ち、ロバートに向き直って言った。
「僕も、最後まで一緒にいます」
ロバートは二人を交互に見て、顔を引き締めた。
「わかった。いまさら止めても無駄だろうしな」
ロザンヌとアドリアンは互いを見て、うなずきあった。
「ええ。あと一歩ですもの」
目指すはオリバーの屋敷だ。
ホーソーンが声をかけてきた。
「これからネイヤー邸へ向かいますが、どうなさいますか」
「我々全員、向かうつもりです」
ロバートが答えた。
真剣な三人の目を見て、ホーソーンはにやりと笑った。目尻の皺が一層深く刻まれ、その瞬間、人の好さそうな男が、恐ろしい審判者へ変わったように見えた。
「お覚悟が定まったご様子。では、参りましょうか」
事務室の保全を部下に任せ、ホーソーンはロザンヌたちとともに馬車へ乗り込んだ。
二台の馬車は、ネイヤー邸を目指して夜の街を走り出した。
「残るはあと一人ですわ」
ロザンヌは馬車に揺られながらつぶやいた。
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