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【完結】秘密は守りますわ ―消えた令嬢と三冊の帳簿―  作者: 飛絽じゅらん


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第九章 三台目の代金を受け取った者 ①

 午前の柔らかな日差しがサロンの窓越しに差し込むなか、ロザンヌとアドリアンはテーブルに広げたノートを覗き込みながら、仲良くお茶を楽しんでいた。それを見ながら、メリーは二人から少し離れた椅子に腰を下ろし、ゆっくりとカップを傾けていた。


「マイクが時間に遅れるとは。そんな子には見えなかったんだが」

「なにかあったのかもしれませんわね」

 ロザンヌが扉に目を向けたときだった。

 もどかしげなノックが響いた。

「すみません!」

 キャスケットを片手に、マイクが飛び込んできた。

「ロバートさんのところに連絡を入れていて、遅くなりました!」

 真っ青な顔のマイクが、二人にぺこりと頭を下げた。


 戸口には執事が困惑した顔を覗かせていた。どうやら彼が取り次ぎをする前に、マイクは自分でノックをしたらしい。

 ロザンヌは鷹揚にうなずき、微笑した。執事はそれを見てほっとした表情になり、一礼すると扉を閉めた。


「大変なことが起きました!」

 マイクは浮かない顔でロザンヌとアドリアンを交互に見た。

「とりあえず、お掛けなさいな」

 ロザンヌが自分たちの向かいの席を扇子の先で指した。

「まずは、一息入れて」

 メリーが静かに席を立ち、彼の紅茶を用意した。マイクは言われるままに砂糖とミルクを大量に入れ、それを一気に飲み干し、大きく息を吐いた。


「大変です、お二人とも! 火事です!」

 ロザンヌとアドリアンは顔を見合わせた。

 マイクは二人の反応にかまうことなく、話を続けた。


「昨日、アドリアン様と一緒にいった運送会社! あそこで火事があったんです。聞き込みによると、夜間強盗もあったらしくて」

「それは……」

 アドリアンが口元を抑えた。

 マイクはアドリアンに、大きくうなずいた。


「火事と言いましたが、放火の疑いが強いんです。あの社長は煙草を吸わないそうですし、会社の裏手にある火の気のない倉庫が全焼しています。昨日入った社長室でも、金庫が開けられ、室内の一部が焼けていました。昨年度の記録簿も焼失したそうです」

「ずいぶん詳しいな」

「そりゃ、特ダネですから。夕刊と明日の朝刊には記事になりますよ。でも、そんなことより、アドリアン様」

「わかっている」


 硬い声だった。


「ネイヤー殿がロザンヌを訪ねてきたその夜だってことが問題なんだろう?」

「そうです」


 ロザンヌはノートを手に取った。


「ネイヤー様は、ローテーブルにあったノートに目をむけていらっしゃいましたわね」

「僕たちのいちゃいちゃの演技に騙されてくれなかったわけか」

「そもそも、僕もメリーさんもいたんだから」

 マイクが呆れたように言った。

 メリーがお茶を淹れながらうなずいた。

「火事については、まだネイヤー様がしたことだとは断定できませんわ」

「それはそうだが」

「怪しいという認識は持っていいと思いますよ」


 マイクが新しく注がれた紅茶に、今度は慎重にミルクを入れながら言った。


「双方の記録を照合できなくなった以上、この証明書だけでは、運送会社側の記載ミスだと言い逃れされるかもしれません」

「その通りだ」


 苦々しい声で、アドリアンは相槌を打った。テーブルに置いていた、タイラーの作成した証明書を手に取ると、ロザンヌとマイクに宣言した。


「こうなったら、これからすぐにセシリア嬢に揺さぶりをかける」

「先触れなしに、ですの?」

 困惑するロザンヌにアドリアンはうなずき返した。

「マイク、運送業者の火事と強盗の件はまだ新聞に載っていないだろう?」

「ええ。僕たちにとっては号外を打つほどの出来事ですが、それもありません」

「セシリア嬢が火事を知っているかどうかはわからない。だが、僕たちがタイラー氏から証明書を受け取ったことまでは、知らない可能性が高い」


 アドリアンは小さく「よし」と言って、席を立った。


「彼女がこちらの手の内を知る前に、会って話を聞き出す」


◇◇◇


 馬車から降りて、慈善会の建物の前で、アドリアンはロザンヌの前に立った。ロザンヌの翡翠色の瞳を覗き込むようにして、アドリアンは静かに言った。


「これからなにを見ても聞いても、きみのほうから相手を追及しないと約束してくれ」

「どういうことですの」

「僕のやり方でさせてほしいんだ」


 にこりと笑うアドリアンの表情は、どこかよそよそしかった。

 ロザンヌは口を尖らせた。


「わかりましたわ。わたくしから尋ねなければよろしいのね?」

「……口は出さないけれど、疑問は全部、僕に聞かせる気なんだね」

 二人はくすりと笑いあった。


「役どころが決まれば、そろそろ参りましょうか」


 メリーの声に、ロザンヌとアドリアンはうなずいた。メリーが先に入り、事務室へ取次ぎを頼んだ。ロザンヌをエスコートするアドリアンの後を、マイクはゆっくりとついて行った。


 事務室から現れたのは、硬い表情のセシリアと、胡散臭い笑顔を浮かべた、白髪交じりの、会計の責任者を名乗る男だった。


「フォルティと申します。本日は別室で承ります」


 ロザンヌたちが案内された部屋は、事務室とは反対側の廊下を行ったところにあった。

 小さな腰高窓が一つだけあり、来客用のソファとローテーブルがある、簡素な部屋に入り、ロザンヌたちは勧められた席に着いた。


「早速ですが、ご用件を」

 口角を微妙に上げたままで、フォルティが告げた。

「単刀直入に言う。昨年度の会計書類を確認させてもらいたい」

「……セシリア君?」


 セシリアは持参していた数冊の台帳の中から、一冊を取り出した。


「先日、セシリア嬢から、寄付品を倉庫から配送先へ送るために使用した荷馬車は三台で、その料金を支払っていると回答を受けた」

「さようで」

「だが、配送業者は、二台しか配送せず、料金も二台分だったと言っていた。これがその証明書だ」


 アドリアンはテーブルの上に、タイラーから得た証明書を置いた。


 フォルティは昨年度の台帳をめくり、アドリアンの証明書を見比べた。


「これは、おかしいですな。台帳では確かに荷馬車三台分として精算している」

 フォルティは芝居がかった声を出して首をひねった。

「セシリア嬢は、三台分の精算をしたと明言していた。では、消えた一台分の代金はどこに行ったのだろうか」


 アドリアンは、上体を前傾させて、セシリアをまっすぐに見た。


「この証明書が正しければ、台帳には実際より一台分多い運搬費が記載されていることになる。あなたは、その差額がどこへ行ったのかをご存じなのではありませんか」


 セシリアはアドリアンの視線を避けるように目を伏せた。


「……そう受け取られても仕方ございません」

「では、あなたがそれを着服したと? それとも誰かに?」


 セシリアは、横にいるフォルティへ一瞬だけ目を向けた。


「……残った一台分は、私の手元にはありません」


 フォルティは硬い表情のセシリアに目を向けた。


 セシリアはびくりと肩を揺らし、膝の上の両手を握りしめ、唇をかんだ。


「……三台分の運搬費を受け取ったことは事実です。運送業者へ支払ったのが二台分であることも、否定いたしません」


 セシリアの発言に被さるように、突然フォルティが叫んだ。


「ああ! セシリア君? きみ、顔が真っ青じゃないか」

 フォルティはセシリアの顔を覗き込んだ。

「気分が悪いのかね? 無理をしてはいけない」

 フォルティはアドリアンに顔を向けた。


「申し訳ありませんが、セシリアの具合が悪そうなので、今日のところはこの辺でご勘弁いただきたい。もちろん、先ほどの件はこちらで詳しく調べさせていただきます。確認できましたら、あらためてご説明いたします」


 フォルティがアドリアンに弁解する間、青かったセシリアの顔が真っ白になっていった。膝の上で握られた手が、ぶるぶると震えている。


「仕方ありませんね。今日のところは引き上げますが、早急にご連絡いただきたい」

 しぶしぶという様子を隠しもしないで、アドリアンは席を立った。


 セシリアは額に汗を浮かべ、口元に手を当て、俯いていた。


 フォルティは先に廊下へ出て扉を押さえ、近くにいた清掃人を呼び止めた。

「セシリア君を休ませてやってくれ。水も頼む」

 清掃人が部屋へ入るのを確認してから、フォルティはロザンヌたちを一階まで見送った。

「セシリアが心配ですので、ここで失礼します」

 そう断って、二階へ戻っていった。


 階段を下りて外へ出たところで、先ほどの清掃人が走り寄ってきた。


「あの、セシリアさんがこれをお嬢様にお渡しするようにと」


 女性はそれだけ言うと、ロザンヌに折りたたまれた紙片を押しつけ、あたりをきょろきょろと見回したあと、逃げるように建物の中に入っていった。


「……なんですの?」

 アドリアンがロザンヌの手元を覗き込んだ。

「さあ? でも彼女の様子から、あまり周囲に知られちゃいけないもののようだ。馬車の中で広げよう」


 急いで馬車に乗り込んだ四人は、ロザンヌの手にある紙を見つめた。

 広げた紙片は、何かの用紙を破り取ったもののようだった。


 そこには、

『本日、日暮れの鐘の半刻前、西区の聖堂北門へ、ルメール様とお二人でお越しください。

 先ほどお答えできなかったことをお話しいたします。

 どうか慈善会の者にはお知らせになりませんよう 』


 と、走り書きがあった。ひどく乱れた文字から、慌てて書いたことがうかがえた。

 署名はなかった。


「罠かもしれない」


 マイクが紙片をのぞき込んで言った。


「ええ。だからこそ、叔父さまのところへ参りましょう」


 ロザンヌは即座に答えた。

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