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【完結】秘密は守りますわ ―消えた令嬢と三冊の帳簿―  作者: 飛絽じゅらん


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第七章 消える前に残したもの⓵

 翌朝、ロザンヌはメリーを伴って父の書斎を訪れていた。そこにはすでに、昨日と同じ位置に、訪問者が座っていた。


 彼らが一斉に戸口へ顔を向けた。ロザンヌはその顔を見て、息を止めた。ロバート、マイク、アドリアンがいたのだ。

 ロバートは厳しい表情をしていて、いつものようにロザンヌに両腕を広げて来なかった。ロザンヌはそれに違和感を覚えたが、もっとショックなことでそれも吹き飛んだ。


「アドリアン様もいらしていたなんて」


 ロザンヌが口を尖らせた。いつも真っ先に自分の部屋へ来てくれるのに、今日は父の書斎に向かっていた。初めて、この邸の中で自分よりほかの誰かが優先された。ロザンヌの胸の中に、言い知れぬ感情が湧き上がった。


「ごめんね。玄関先でちょうどロバート殿と一緒になったので、昨日の話でつい盛り上がってね」

 アドリアンが申し訳なさそうな顔をして見せるが、ロザンヌにはどことなくよそよそしく感じた。


 ロザンヌは言葉にならないもやもやを抱えて、メリーに小声で命じて父の横に椅子を持ってきてもらった。ソファとは違う、小ぶりの椅子だ。横に座っていた父が満面の笑みを浮かべて喜んでいるのとは対照的に、アドリアンはきょとんとなった。

「僕の隣が開いているよ?」

 自分の隣の空間を指さすアドリアンを無視して、ロザンヌはロバートに話しかけた。

「叔父さまは昨日の結果をもうご存じですのね?」

「ああ。マイクから連絡を受けているよ」


 アドリアンが傷ついたような表情を浮かべたが、誰もなにも言わなかった。ロバートは難しい顔のまま、ロザンヌに答えた。

「エルシー嬢は、自分から姿を消そうとした。しかし、その筋書きとは無関係の何者かが、途中から同じ馬車を追った。そう考えているんだね?」


 ロザンヌはうなずいた。目の端に入るアドリアンがしょんぼりと肩を落としているが、無視した。

「ええ。エルシー様が用意なさったのは、ご自分が逃げるための芝居です。けれど、馭者を襲った者も、アイリーンさんを口止めした者も、エルシー様の筋書きには含まれていなかったはずですわ」

 ロバートの目が、ローテーブルの上に置かれたカップに向けられた。


 彼は少し考えた後、持参した書類入れから封筒を取り出した。

 封筒の表には、


『ロバート・レマー様 親展』


 と、書かれていた。

「これを見せておいた方がよさそうだな」

 ロバートは封筒の中から一枚の用紙を取り出し、ローテーブルの上に置いた。

「なんですの」


「読み上げてくれ」

 ロバートに促されて、ロザンヌは手に取った。


「ロバート・レマー様。慈善会の帳簿および台帳の記録について、お知らせしたいことがございます。

 慈善会が購入した物資のうち、倉庫への入庫を確認できないものがございます。

 また、倉庫へ入った数量と、配送されたことになっている数量にも相違がございます。

 所在を確認できない配布先が記録にございます。

 実際には来ていない荷馬車の運搬費が支払われている疑いがございます。

 事務室の台帳、倉庫管理簿、配送記録簿、門衛出入帳を照合していただきたく存じます。

 慈善会へ正面から問い合わせる前に、上述の記録の所在と内容をお確かめください」


 読み終えたロザンヌは顔を上げた。


「……これは、わたくしが調べ上げた内容と同じでは?」

 ロバートはうなずいてみせると、もう一通の封筒を取り出した。

「こちらは情報提供書だ」

「拝見いたしますわ」


 それは、初日にロバートが話していたものだった。各新聞社に送られ、記事に使われた内容が書かれていた。


「エルシー様が自らの意志で王都を離れたと、世間に思わせるためのものですわね」


 そこには、エルシーが地味で内気な令嬢であること、家族や婚約者との関係に悩んでいたこと、政略結婚に耐えかねて自ら姿を消したと考えられることが記されていた。さらに、駅で目撃される替え玉の服装と一致する特徴まで書かれていた。


「どちらも、エルシー様の筆跡ですわね」

「そうだ」

 ロザンヌは用紙から顔をあげて、ロバートを見た。


 最初の封書は記録簿名と食い違いだけを簡潔に記したものだった。次に見たものは、読み手がエルシーの姿を思い浮かべやすいものだった。


「つまり、情報提供書では、ご自分が逃げたと世間に思わせようとなさった。最初に読み上げたものは、ご自分がいなくなった後も、不正の調査が止まらないようになさったのでしょう」

 ロバートはまたうなずいた。


「彼女には二面性があるということだ。実際は、聡明な令嬢だと思う」

 ロザンヌは情報提供書を封筒に戻しながら、じろりとロバートをにらんだ。最初に読み上げた用紙を取り上げ、ローテーブルに置くと、閉じた扇子の先で、こんこん、と強く叩いた。

「叔父さま。なぜ、これを今までわたくしに見せてくださらなかったのですか」

「届いた時点ではエルシー嬢が書いたものと確定できなかったからだ」

「でも」

「いいかい」


 ロバートは少し前に体を倒して、膝の上で手を交差させた。そのまま、ロザンヌを静かな目で見た。


「まず、封筒にも用紙にも、署名はない。帳簿などの写しも、添えられていなかった。それに、慈善会への嫌がらせや内部の人間による私怨の可能性だってあった」

「でも、わたくしが持ち込んだエルシー様の筆跡がわかる手紙をご覧になったでしょう? その時にはエルシー様の手によるものだとわかったはずです」


 ロバートはますます厳しい表情になり、沈黙した。


「その時点でお見せくださってもよかったのに」

 拗ねた声でロザンヌが言うと、ロバートは辛そうな顔になった。

 

それまで悲しそうな顔をしていたアドリアンは、ロバートの考えていることに気づき、体を起こした。ロバートの苦慮の理由がわかったのだ。


「……その匿名の封書をロザンヌに見せれば、必ず、エルシー嬢が調べたところまで行こうとするから、ですね?」

「そうだ」

 絞り出すような声だった。


 デヴィッドが重い声で言った。

「そして、それを伏せていてもロザンヌは行った、と」


 ロザンヌはとっさに口を開けて反論しようとした。だが、言葉は出てこなかった。エルシー嬢が本当に姿を消している以上、二人の心配を全面的には退けられない。ロザンヌは唇をかんだ。


「ではなぜ、今になってロザンヌに見せようと思ったんですか?」

 アドリアンが質問した。

 ロバートは小さくため息をついた。

「替え玉を演じた女優が口止めされていたとなれば、こちらが知っていることを伏せたままロザンヌに動かれるほうが危険だ。敵がどこまで手を伸ばしているのか、まだわからないからね」

 アドリアンは深くうなずいた。


「今日は兄上も交えて、確定していることと推測とを皆で確認しておこうと思って来たんだ」

 ロバートはマイクに合図を送った。マイクはポケットからメモを取り出すと、ページをめくった。


「その前に、青少年記者クラブからの報告があります」

 マイクは続けた。

「各新聞社へ送られた情報提供書についてです。届いた時刻には多少のずれがありますが、いずれもクイン家が失踪を正式に公表する前でした。それから、確認できたものには、すべて慈善会の用紙が使われていました」


「送り主を名乗った立場は、それぞれ違っていたのですわよね」

 ロザンヌが尋ねると、マイクはうなずいた。

「慈善会の関係者、クイン家の代理、ネイヤー家の代理です。でも、書かれている内容はよく似ていました」

「では、別々の方々が偶然、同じ見解を新聞社へ伝えたとは考えにくいですわ」

「同じ人物か、同じ目的を持つ者たちが、異なる立場を装って記事を書かせようとした可能性が高いね」

 ロバートが引き取った。


 マイクは一同の顔を見回してから、メモの次の頁に目を移した。


「では、これまでにわかっていることを箇条書きにまとめました。読み上げますので、間違っていたり、不明瞭な点があれば都度指摘してください」


 一同がうなずいたのを見て、マイクは話し始めた。


「一つ目。エルシーは以前から、アイリーンに『地味な令嬢』の演じ方を教わっていた。

 二つ目。失踪当日、アイリーンがエルシーの替え玉として馬車に乗った。

 三つ目。アイリーンは途中で迎えの馬車へ移り、駅から列車に乗った。

 四つ目。本物と思われるエルシーは、日暮れの鐘が鳴る頃に慈善会の裏口で目撃されている。

 五つ目。エルシーは失踪直前まで、慈善会の台帳や記録簿を調べていた。

 六つ目。「受取人、現れず」「所在、確認できず」と書いたのはエルシーである。

 七つ目。その文字は後から削られ、「責任者代理受領」に書き換えられた。

 八つ目。ロバートさんのもとへ届いた情報提供書は、エルシーの筆跡である。

 九つ目。慈善会の記録の食い違いをロバートへ知らせた封書も、エルシーの筆跡である。

 十個目。アイリーンは王都へ戻ったあと、印章指輪をした男に口止めされた。

 ここまでで、なにかありますか?」


 全員が首を横に振った。

「ないわ」

「ないな」

 マイクはうなずいて、またメモを見た。


「では、推測した点を挙げます。

 一つ目。エルシーは替え玉が列車に乗ったあと、自分も安全な場所へ逃れる予定だった。

 二つ目。替え玉が馬車に乗ったあとも、エルシーは慈善会に残って不正を調べていた。

 三つ目。エルシーは慈善会での調査中、あるいはその後に、何者かによって予定どおり逃げることを妨げられた可能性がある。

 四つ目。馭者を襲った者は、エルシーの失踪計画を事前に知っていた可能性が高い。

 五つ目。アイリーンを口止めした男は、遅くとも事件後には、彼女が替え玉を演じたことを知っていた。

 以上です。なにかありますか?」


 誰もなにも発言しなかった。互いの顔を見合わせ、うなずきあっていた。


 そのなかでロザンヌだけが、眉根を寄せ、扇子の先を顎に当てて考え込んでいた。


「なにかあるのかい?」

 デヴィッドがロザンヌに声をかけた。

 ロザンヌはゆっくりと顔を向けてうなずいた。


「エルシー様は、おそらく逃げる前に調査を終えていたのではありませんわ。ご自分の替え玉が馬車に乗ったあとも、慈善会に残って調べていらしたのです」


 アドリアンは、仕舞われた封書をロバートに断って取り出し、目を通した。


「帳簿名を見る限り……ロザンヌの言う通りだとすると、エルシー嬢は、自分が調べていることを誰かに知られた可能性があるんじゃないか?」

「どうしてそう思いますの?」


 ロザンヌがアドリアンに問うと、


「事務室の台帳、倉庫の管理簿。二か所の帳面を見ていることになる。それだけ人目に触れる機会も増えるだろう? それに、本当に不正を暴こうとするなら、支出を管理する帳簿も見ようとしたはずだ。エルシー嬢の担当ではない帳簿のはずだから、人の記憶に残りやすいはずだよ」


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