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[第9話:キャラバン《劇団》はあるのに……髪がない!?]

姫様ことアーリャの個人資産(ドレス)を売り払った資金で、俺たちは無事に馬車二台と馬を確保することができた。

知識として知ってはいたが、大劇団が所有するような豪華絢爛な移動劇場(グランド・キャリッジ)を想像してもらっては困る。購入できたのは、俺たち三人分の寝床となる小型馬車が一台と、小道具一式を積み込み、上部を簡易ステージ(朗読台)に改造した荷馬車が一台のみだ。


まあ、最初の歩みとしては十分だろう。何せメンバーはまだ三人。仲間が増えるまでは、基本的に俺一人が舞台(ステージ)に立ち続けることになるのだから。


出発準備はすべて整った。俺、アーリャ、そしてウェンディ義姉さんの三人は、未知なる広大な大陸へ繰り出す気満々だったのだが……俺はある『致命的な問題』を思い出して立ち尽くした。


ヒュ〜〜〜〜……。


一陣の風が、俺のなめらかな頭皮を通り抜けていく。

実に涼しく、虚しく……そして、色々な意味で危険(ヤバい)な感覚だ。


(しまった……すっかり忘れていた……!)


俺の頭は今、昨日の謁見の間で繰り広げた|命がけのパフォーマンス《断髪》のせいで、見事なまでのつるつる(ハゲ)状態なのだ。

こんな光り輝く頭頂部(リフレクター)でキャラバンを率いて世界を巡ってみろ。座長としての威厳も破帳し、看板役者の美学(プライド)は地に落ちる。

舞台の上で『麗しの王子様』や『高潔な騎士』を演じようにも、これでは異世界に迷い込んだ不審な修行僧(バグキャラ)にしか見えないではないか!


駄目だ。絶対に髪が必要だ!


悲しいかな、この中世レベルの世界に植毛技術など存在するはずもない。残された唯一の希望は髪飾り(ウィッグ)のみ。

だが、演劇人としての俺の脳内思考は即座に切り替わった。ウィッグは単なるハゲ隠しではない。あらゆる役に瞬時に変身するための神聖な小道具(プロップ)なのだ!


「アーリャ! ちょっとカツラ()の材料を調達してくる!」

「はあ!? こんな街のどこでそんなものを買うつもりよ!?」

「心配無用、俺は演劇人だからな!」


驚愕するアーリャを置き去りにし、俺はウェンディ義姉さんの手を引いて街へと走り出した。

背後から「えんげき!? 一体何の話よー!?」という絶叫が聞こえたが、今の俺の耳には届かない。脳内はすでに、極上の偽髪(ウィッグ)の素材を求めて、古着屋や馬の解体業者を探し出すことでいっぱいだった。


ウィッグ制作に必要な基本3大要素——それは『髪』『紙』『接着剤』だ。


毛髪の入手は容易だった。精肉店や厩舎(きゅうしゃ)を当たれば、動物の余剰毛など格安で手に入る。接着剤に関しても、資材屋や薬草店(ハーブショップ)で樹脂を購入すれば済む話だ。森で樹液を採取することも考えたが、時間が惜しい。金で解決するのが最も論理的だ。


最大の問題は『紙』だった。


この時代において、製造工程が複雑な紙は超高級品だ。まとまった枚数を購入できるのは貴族や富裕層に限られる。アーリャが用意してくれた緊急連絡用の紙束もあるにはあるが、それは国家レベルの聖なる羊皮紙(緊急連絡用)であり、カツラの下地ごときに使うわけにはいかない。


予算を極限まで削るため、俺は脳内で一瞬の計算を弾き出し、木材商の露店へと足を向けた。


「すみません、店主さん。そこに転がっている小さな丸太を売ってくれませんか?」

「あっちにあるやつだろ! 勝手に持ってけ!」


……なんだその態度は。接客態度ゼロかよ。


俺は指示された場所へ向かい、自分の頭の形に削り出すのに丁度いいサイズの木片をいくつか選ぶと、代金を払うために店主のもとへ戻った。


「金はいらん! さっさと失せろ! 目が眩しくて敵わんわ!」


……なるほど。彼が終始機嫌悪そうだった理由が理解できた。俺の頭頂部(サンシャイン)が太陽光を完璧に反射し、彼の眼球を直撃していたのだ。すまんおじさん。


苦労して手に入れた丸太を抱え、俺はヘトヘトになりながらアーリャたちの待つ喫茶店(カフェ)へと戻っていった。


「はぁ……はぁ……取ってきたぞ……」

ズシン!


テラス席で優雅に茶をしばいていたウェンディ義姉さんの前に、俺は崩れ落ちた。


「まあ! 大丈夫、ヘンリー!? 無茶をして……!」


義姉さんは慌てて立ち上がり、俺を介抱してくれた。実に優しく、心温まる理想の姉(ヒロイン)である。


「平気です……ただの酸欠です……」


義姉さんが差し出してくれた温かい白湯を、俺は砂漠の旅人のごとく勢いよく飲み干した。

しかし、途切れた息がようやく整いかけたその時——足音が二組、俺たちの背後に近づいてきた。

その嫌な足音の響きに、俺の演技者としての直感(ブラッド)が一瞬で沸騰する。


「やあやあ! 誰かと思えば、みすぼらしい元見習い兵(ヘンリー)じゃないか!」

「奇遇だなあ……不発の天才と、そのお美しいお姉様じゃないか」


グラスを置き、俺はゆっくりと振り向いて二人を鋭く睨みつけた。

奴らは、先日俺の腹を槍で突いた(刺殺した)下衆騎士の二人組。そして、城内でウェンディ義姉さんを粘着質な目で不快にさせていた雑魚兵士(ゴミクズ)どもだ。


「何の用だ、モブキャラ(雑魚)ども。用がないなら俺の視界から消えろ。殴打(テンプテ)するぞ」


俺の聞き慣れないスラング交じりの威嚇に、二人は一瞬きょとんとした。しかし、すぐに不快そうに咳払い(シード)をして威厳を取り戻そうとしてくる。


「コホン! いいか……貴様らがこの街を去る前に、我らが騎士団長(ボス)から『お別れの宴』のご招待だ。平民の貴様らに、騎士団長閣下からの打診を断る権利などないことくらい……分かっているな?」


粘つくような下劣な視線。貴族社会の歪んだ階級制度(ヒエラルキー)には吐き気がするが、何より許せないのは、奴らの視線が明確にウェンディ義姉さん(獲物)に向けられていることだ。


「ふむ……ならば、そのくだらない招待とやら、私が断ったらどうかしら?」


店内から響いた冷徹な一声。それはまさに、絶体絶命の舞台(シーン)に降り立った救世主のヴェールだった。

完璧なタメと劇的な(タイミング)を使いこなし、店内から姿を現したのは——元一国 Princess、アーリャだった。その身から溢れ出る圧倒的な覇気(オーラ)は、普段のツンデレな彼女とは完全に別次元のものだ。


「姫……姫殿下!?」

「バ、バカな! 周囲に姫様はいないと確認したはずでは!?」


二人の雑魚騎士は、恐怖で顔面を蒼白にさせた。

アーリャは腕を組み、冷ややかな氷の双眸(アイスブルー)で二人を見下ろす。


「それで……? 我が国の誇り高き騎士様が、私の『連れ』に何か御用かしら?」


その一言で、雑魚二人は尻尾を巻いた犬のように脱兎の勢いで逃げ出していった。

俺とウェンディ義姉さんは、あまりの劇的な立ち回りに目を輝かせ、救世主たる彼女を崇めるような視線で見つめた。文句なし、演出点100点満点の神演技だ!


「……な、何よその気味の悪い視線は!」


アーリャは頬を赤らめ、ぷいっと横を向いた。


「言っておくけれど、私はもう姫の地位を捨てた身よ。これからは計画通り、ただの仲間として扱いなさい!」

「了解しました、ノナ《お嬢さん》!」


俺とウェンディ義姉さんが息ピッタリに敬礼をしてみせると、アーリャはあきれたように吐息を漏らした。だがその表情には、どこか嬉しそうにな色が混じっていた。



すべての準備が完了した。

俺、ウェンディ義姉さん、アーリャの三人は、買い求めた馬車へと乗り込んだ。

義姉さんは体調を考慮して馬車の客室(カビン)へ。俺とアーリャは御者台(ドライバーズ・シート)に並んで腰掛け、手綱を握る。


ガラガラと……。


車輪が重厚な音を立てて回転を始め、馬車が前進する。

視線の先には巨大な王都の門。その隙間からは、見渡す限りの草原(グリーン)が顔を覗かせていた。

胸が踊る。俺たちの壮大な旅(公演)が、ついに開幕するのだ——!


シュバッッ!

ティンッ!!


静寂を切り裂く突風の音。

御者台で手綱を握っていたアーリャが、人間離れした反射神経(リアクション)で瞬時に剣を抜き、飛来した一筋の鉄の影(アロー)を撃ち落とした!

軌道から推測するに、その矢はまっすぐに俺の心臓(ターゲット)を穿つはずのものだった。


(な……ッ!?)


矢の発射音自体は俺の耳にも届いていた。しかし、俺はあくまで『舞台の上で殺陣を演じていた役者』に過ぎない。本物の殺意(リアル・キル)を向けられた瞬間、身体が金縛りにあうように硬直してしまったのだ。


「……助かった、アーリャ」

俺は喉の奥から絞り出すように呟いた。


「ふぅ……間一髪ね」

アーリャは険しい表情のまま、矢が放たれた街道の物陰を鋭く睨みつけた。しかし、刺客はすでに気配を消して逃走したようだ。

彼女は剣を鞘に収めると、ため息をつきながら手綱を俺に押し付けた。


「……『サンキュー』って何よ?」

「ああ、俺の郷里の言葉で『ありがとう』って意味だ」

「変な言葉ね。……とにかく、街を出たら速やかに馬車の操縦を覚えなさい。私一人で御者と護衛を兼任するのは限界があるわ」

「御意に、ノナ(お嬢様)!」


ごもっともな指摘だ。俺が戦力にならない以上、せめて移動の足くらいは完璧にこなさなければ、彼女の負担が大きすぎる。


やがて馬車は王都の検問所へ到達した。

あらかじめ登録しておいた行商ギルドの鑑札(ライセンス)を提示すると、重厚な木造の門扉がゆっくりと開放されていく。


門をくぐり抜けた瞬間、視界が一気に開けた。

青々と茂る無限の草原。頭頂部を優しく撫でる心地よい陽光(サンシャイン)と風。祝福するように鳴き交わす鳥たちのさえずり。

すべてが、自然という名の巨大な劇場(ステージ)が織りなす極上のプロローグだった。演劇を愛する者として、これほど心を揺さぶられるロケーションはない。


……だが、その感動的な余韻(クライマックス)は、一瞬で砕け散ることになる。


ドスッッ!!


門を出てほんの数メートル進んだその時——。

馬車の進行方向の真ん前に、どこからともなく飛んできた『謎の人物』が、派手に倒れ伏した(クラッシュ)のだ。

第9話をお読みいただき、ありがとうございます!


ついに王都を出発したラドヤ一行!

しかし、役者としてのプライド(?)からカツラを作るために奮闘したり、謎の刺客に命を狙われたりと、出発早々トラブル続きです!


そしてラスト、馬車の前に突如倒れ込んできた謎の人物とは一体……!?


「ハゲを気にするラドヤが面白かった!」「アーリャの助けに入り方がイケメンすぎる!」と思ってくださった方は、

ぜひページ下部の【ブックマークに追加】や【評価(★★★★★)】を押していただけると、執筆の大きな励みになります!


次回、新たな波乱の予感!?

更新をお楽しみに!

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