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[第8話:キャラバンの最初のメンバー]

「ごめんなさいね……迷惑をかけて」


救護室のベッドの上で意識を取り戻した直後、ヘンリーの姉——ウェンディ義姉さんは消え入りそうな声で呟いた。

俺はベッド脇の椅子に腰掛け、彼女を介抱しつつ、城の政敵ども(野次馬)が近づけないよう見張りを続けていた。


「いいえ、お気になさらないでください。むしろ、謁見の間で合わせ鏡のように俺を庇ってくださり、感謝しているのはこちらの方です」


できる限り誠実なトーンで応じる。

だが本音を言えば……近衛兵たちのゴシップ(噂話)から推測したヘンリーの人物像を元に即興演技(インプロ)を組み上げたとはいえ、国王の玉座の前で命を他人の選択に委ねるギャンブルは、二度と御免だった。


「……あの状況で、他に何ができたというの?」


ウェンディ義姉さんは小さく頭を垂れ、ベッドのシーツを虚ろな目で見つめた。


「目の前で人が殺されそうになっていた……それに、あなたの顔……あの子にそっくりだったから」


その声の震えには、愛する弟を失った絶望と深い郷愁が滲んでいた。


「義姉さん……」

「……なあに?」


膨れ上がった目元を拭い、彼女が顔を上げた。


「もし嫌でなければ……俺が本当の弟になります。少なくとも、義姉さんの体調が完全に良くなるまでは」


感情的な深入りはリスクが高いと分かっていた。だが、演出家としての直感が「今ここで絆を提示すべきだ」と告げていた。


「俺に……本物のヘンリーがどんな男だったか、教えてくれませんか?」


なお、この会話を始める前に、俺は部屋の周囲に誰も潜んでいないことを完璧に確認済みだ。アーリャ姫のような防音結界(マホウ)は使えないが、劇団仕込みの警戒網(ウオークアウト)で気配を察知する鋭敏さは保っている。


それから長い時間をかけ、俺はウェンディ義姉さんからヘンリーの生い立ち、癖、話し方の詳細データ(プロファイリング)を聞き出した。

脳内に構築されたデータベースが完成すると、俺は静かに目を閉じた。メモリをアソシエート(同化)させ、彼女の目の前で『ヘンリー』としての完全模倣(イパーソネイト)を実行する。


目を開け、新しく学習したヘンリー特有の笑みを浮かべて語りかけると、俺の演技実験は大成功を収めた。

ウェンディ義姉さんの防壁(プライド)が一瞬で崩壊し、彼女は子供のように声を上げて泣き叫ぶと、亡き弟が死の淵から蘇ったかのように俺を強く抱きしめてきたのだ。



ウェンディ義姉さんが再び安らかな眠りについたのを見届け、俺はそっと救護室を後にした。

どうやらヘンリーの肉体に残る残留思念(メモリ)が相当強く姉を愛していたらしく、俺の足取りもどこか名残惜しそうに重かった。


「随分と、家族水入らずの時間を堪能していたようね」


廊下に佇んでいたのは、アーリャ姫だった。

彼女は最初から扉の外で俺たちの密談を盗み聞きしていたらしい。気付かなかったわけではない。俺の研ぎ澄まされた耳は、彼女の甲冑が触れ合う微かな金属音(カチャカチャ)を最初から拾っていた。ただ、彼女に聞かせておいた方が後々都合が良いと判断したため、あえて放置していたのだ。


「これはこれは、姫殿下……こんにちは」


ぎこちない笑みを浮かべて挨拶する。


「白々しい演劇はやめなさい、詐欺師! その哀れな女性や父上を騙せても、この私の目は誤魔化せないわ!」


開口一番、容赦のない一撃。

冷徹で鋭く、物事の本質を一直線に穿つ——これこそが彼女の『素顔』だ。


「……もっと安全な場所で話しませんか? 足音がこちらに向かって近づいてきています」


俺はアーリャ姫を救護室の中へと誘った。彼女は一瞬逡巡したものの、俺が「命に代えても室内の安全は保障する」と宣言すると、素直に足を踏み入れた。


「それで……何のご用でしょうか、姫殿下?」

「無駄な前置きはやめなさい。貴様がそんな回りくどい挨拶を好む人間でないことくらい、察しがついているわ」


おやおや。目の前の姫様は、俺の思考パターンをかなり正確に分析し始めているらしい。


沈黙が室内を支配した後、姫は不意に拳を握り締め、小声で言い放った。


「……責任を取りなさい」


俺の脳内にある劇作家ライブラリ(ロマンスシナリオ)が即座に起動した。

演劇の定石において、高貴な女性からの「責任を取りなさい」というセリフは、九割九部九厘『求婚』の意を孕んでいる。


「申し訳ありません姫殿下。俺はまだ、こんな若さで年貢の納め時(けっこん)を迎えるつもりはありません」


——スィンッ!


一瞬だった。白銀の刃が虚空を裂き、俺の眼球前わずか一センチの地点でピタリと停止した。


「……寝言は寝てから言いなさい」


この世界に来て三度目となる「両手上げのポーズ」で、俺は冷たき鉄の美に敬意を表した。


アーリャ姫は剣を収めると、俺がウェンディ義姉さんを抱えて去った後に起きた顛末を語り始めた。

彼女はあのクソ将校(敵対派閥)の暴挙を抗議するため、国王の執務室へと乗り込んだらしい。しかし訴えは退けられ、あろうことかオステリア王国軍指揮官の職を解任——つまりクビ(除隊)にされたというのだ。俺に八当たりしに来たのも納得である。


「作戦失敗による降格ならまだ理解できるわ。けれど不当な強制解任よ!? あのクソ親父、頭のネジが数本吹き飛んでるんじゃないかしら!?」


おいおい姫様……国王陛下の脳みそのネジを公然と罵倒できるのは、この国であなたくらいのものですよ。


「俺の推測ですが……陛下のお考えは、纯粋に『父親としての情』によるものでは?」


俺の言葉に、姫は苛立ちを露わにして振り返った。


「親なら当然の心理でしょう」俺は腕を組み、言葉を重ねた。「たった一人の愛娘を二度と危険な戦場へ送りたくない。無為に命を散らしてほしくない……そう願うのは、至極当然の親心です」

「……な、何よそれ。貴様、本気で言っているの……?」


姫はバツが悪そうに咳払いをすると、途端に頬を薄い(ピンク)に染めて目を逸らした。


「こ、コホン……! とにかく! 謁見の間で貴様が引き起こした大騒動のせいで、私は無職になったのよ! だから責任を取りなさいと言っているの!」


やれやれ。権力者の身勝手な論理には頭が下がる。


「……実はですね姫殿下。この騒動が落ち着いたら、俺は軍を辞めて行商の旅(キャラバン)に出ようと思っているんです」

「キャラバン……? 急にどういう風の吹き回しよ?」

「俺の本質(ソウル)が軍隊に向いていないからです。正直、俺の素の戦闘力は本物のヘンリーより遥かに劣りますし……人を殺めたことすらありませんから」


俺の告白に、アーリャ姫は息を呑んだ。その美しい瞳が忙しなく動き、脳内で巨大な天秤を傾けているのが目に見えるようだ。

やがて彼女は己の胸甲をポンと叩くと、迷いのない瞳で宣言した。


「決めたわ。私も行く!」

「……は? 一国の姫君が城を抜け出してキャラバンに?」

「どうせ無職なんだから暇なのよ! それに言ったでしょう、責任を取りなさいって!」

姫は俺の鼻先を指差した。「第一、貴様には開業資金もないでしょう? 私の豪華なドレス(財産)を売れば、キャラバン一艘分くらいの資金にはなるわ。あんな動きにくい服、大嫌いだったしね」


今度は俺が絶句する番だった。

確かに姫の言う通りだ。今の俺は文無しの無一文。これからウェンディ義姉さんを養っていくことを考えれば、この資産家(ワガママ姫)をキャラバンに引き入れるのは極めて合理的な選択と言える。


……まあ、この展開すらも、俺のシナリオ(筋書き)通りなのかもしれないが。


「分かりました、姫殿下——」

「アーリャよ。外に出たら『アーリャ』と呼びなさい」

「了解です、アーリャ。あなたを我が劇団(キャラバン)に歓迎します」


「……んんっ……どこへ行くの……?」


か細い声とともに、ウェンディ義姉さんが目を覚ました。アーリャの威勢の良い声に起こされてしまったらしい。

俺はベッド脇へ駆け寄り、柔らかく微笑みかけた。


「世界一周の旅ですよ、義姉さん」

「世界一周……? でも、私のような病弱な足手まとい(荷物)を連れていって、大丈夫なの……?」


不安そうに眉をひそめる義姉さん。


「足手まといなんてとんでもない。義姉さんにはずっと俺の側にいてほしいんです。俺が成長していく姿を、特等席で見届けてほしいから」


「ヘンリー」の優しい言葉に、ウェンディ義姉さんの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。


「ええ……行きましょう、世界一周へ!」


彼女の爛漫な笑顔とともに、部屋全体を包み込むような温かな光の気配(オーラ)が拡散した。……単なる気のせいか、それとも彼女もまた潜在的な魔力(マナ)の持ち主なのだろうか?



それから数日後。

ウェンディ義姉さんの体調回復を待ちながら、俺とアーリャは旅の後始末(事務手続き)と計画の策定に追われた。

準備が整うと、俺たちは国王の執務室(プライベートルーム)へと呼び出された。謁見の間の大袈裟なステージではなく、静寂に満ちた一室での対面だ。


「……ふたりで王都を離れ、流浪の旅に出ると聞いた」


国王の重厚な声が、室内の空気密度を跳ね上げる。


「はい、父上。見聞を広め、王国の草の根の現状をこの目で確かめて参ります」

アーリャが洗練された外交辞令(スピーチ)で応じる。なかなか調子の良い口八丁だ。


「……よかろう。許可する」


あまりにもあっさりとした許可に, 俺とアーリャは思わず顔を見合わせた。


「……よろしいのですか、父上?」

「お前の腕なら、外の世界でも十分やっていけよう」

国王は書類から目を離し、鋭い視線を俺へと向けた。

「それに……その『ヘンリー』とやらは、タダ者ではなさそうだからな」


老練な支配者の眼光が、俺の仮面(ペルソナ)の奥を射抜く。流石は一国の王、俺の化けの皮を見抜いているらしい.


俺は一歩前へ出ると、深く洗練された一礼(ボウ)を捧げた。


「アーリャ姫殿下に、最高の『人生の旅』をお約束いたします、陛下」

「うむ。健闘を祈る」


執務室を後にした俺たちは、深い安堵の息を漏らした。

見習い兵としての除隊手続きを済ませ、ウェンディ義姉さんを馬車に乗せると、俺たちの旅が正式に幕を開けた.


広大な外の世界へ。

新たな劇場(ステージ)と、見たこともない劇的な物語(ドラマ)が俺たちを待っている。

第8話をお読みいただき、ありがとうございます!


国王の許しを得て、ついに王都を旅立つラドヤたち!

旅の仲間は【ツンデレ元姫様騎士・アーリャ】と【心優しい義姉・ウェンディ】!

無一文のラドヤでしたが、姫様のドレスを売り払った資金で『キャラバン(劇団)』の第一歩を踏み出します!


「アーリャ姫のツンデレが可愛い!」「いよいよ本格的な世界めぐりが始まる!」と思ってくださった方は、

ぜひページ下部の【ブックマークに追加】や【評価(★★★★★)】をしていただたけると励みになります!


次回より、広大な異世界を舞台にした【キャラバン編】がスタート!

更新をお楽しみに!

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