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[第7話:俺の名はヘンリー、そして今、激怒している]

「アーリャ姫殿下、ご入場——!」


門衛の重々しい朗々とした声とともに、謁見の間(メインホール)の黄金の大門が威風堂々と開け放たれた。

足を踏み入れれば、左右には着飾った貴族どもが居並び、まるで人間の回廊(レッドカーペット)を作り出している。その奥、一段高い玉座(ステージ)に鎮座しているのが、オステリア王国の国王陛下(トップ)だ。その右脇には身なりの整った老貴族——恐らく宰相。左脇には、全身を絢爛な甲冑で固めた軍の重鎮が仁王立ちしていた。


姫殿下は、敷き詰められた赤絨毯の上を堂々とした足取りで進む。堅牢な鎧と気品に満ちた表情、そして歩みに合わせて揺れる美しい金髪が見事なコントラストを描いていた。


……そして、そのすぐ後ろを従う一人の見習い兵(エキストラ)

おどおどと辺りを見回しながら、ぎこちない足取りで歩を進める。その全身から醸し出される立ち振る舞いは、田舎の貧しい村から出てきて宮廷マナーの「き」の字も知らん粗野な無知そのものだ。


姫が玉座の前で立ち止め、優雅に頭を下げた。

俺——その背後に控え、従者以下の三流役者(ならずもの)に見える男もまた、大げさなほど不格好なお辞戯を晒してみせた。


「アーリャ・フォン・オステリア、国王陛下にご挨拶申し上げます」

「へ、へ、見習い兵のヘンリーにございますっ! 陛下に拝謁仕りますっ!」


裏返った間抜けな大声が謁見の間に響き渡り、瞬時に場内がざわめいた。鼻で笑う貴族、無礼だと顔を顰める高官、そしてヒソヒソと嘲笑を交わす観客(ギャラリー)ども。


よし。完璧だ。全ては俺が脳内で描いた構成案(リハーサル)通りのリアクションである。


「静粛に」


国王の一言。地鳴りのような重低音が響き渡るや否や、場内の喧噪が一瞬で霧散した。

「面を上げよ」


国王の左脇に控えていた軍将校が一歩前へと躍り出た。羊皮紙の巻物を仰々しく広げ、朗々とした声音で弾劾の言葉を読み上げる。


「本日これより、アーリャ・フォン・オステリア姫殿下に対する糾弾を行う! 殿下はご自身の不徳と油断により精鋭部隊(第十三部隊)を全滅させたばかりか、あろうことか敵国の間諜(スパイ)をこの謁見の間へ連れ込んだ疑いがある!」


政敵である将校の怒号が、再び場内に爆発的な動揺を巻き起こした。貴族たちがどよめき、当のアーリャ姫までもが息を呑んで目を見開く。


手回しが早いな。前線で目覚ましい戦功を挙げるアーリャ姫を面白く思わない軍部派閥が、彼女の動向を監視していたのだろう。怪しい男を連れ帰った瞬間を捕捉し、この政争の王手(チェックメイト)に利用してきたというわけだ。


「アーリャ・フォン・オステリア。弁明はあるか?」


国王の冷徹な問いかけ。それはまるで、古城の崩落にも似た圧倒的な精神的プレッシャーとなって姫の肩に重く伸しかかった。


「あ……私は……」


姫は混乱し、言葉を詰まらせる。喉が凝固したように声が出ないようだ。


まずい状況だ。……いや、普通の人間ならそう思うだろう。だが俺にとっては違う。

ここからが、俺の本番(スポットライト)だ。


「へ、陛下!! お許しくださいっっ!!」


俺は突如として前へ躍り出ると、アーリャ姫の視界を遮るようにして赤絨毯の上に平伏——否、土下座の勢いで頭を擦り付けた。

この無礼極まりない暴挙に、姫を嫌悪する派閥の貴族たちから怒号の嵐が巻き起こる。演出家としての映像記憶(カメラアイ)をフル稼働させ、罵声を浴びせてくる奴らの顔を脳内リストに克明に刻み込む。


「無礼者め! 虫ケラごとき見習い兵が陛下の御前で——」

「発言を許す」


国王の短い裁可が、再び場内を静寂へと叩き落とした。

俺は内心で感嘆していた。老いぼれた老人の声が、なぜこれほどまでにカリスマ性と圧迫感を孕んでいるのか。……まあ、種明かしをすれば声楽的・演劇的な発声法(プロジェクション)の極意なのだが。劇団員の俺にとって、声のトーンや抑揚のコントロールなど飯の種(おはこ)だ。


「へ、陛下……隊長——いいえ、姫殿下は素晴らしい指揮官にございます! その武勇と部下を導くお力は、戦場におきまして何一つ疑う余地などございません!」


俺は声帯を震わせ、今にも感極まって泣き出しそうな声を演出した。


「そればかりか、姫殿下は我々のような一介の末端兵士の名前すら、一人残らず覚えてくださっておりました……! 増長な物言いをお許しいただけるのであれば……我ら第十三部隊第五小隊にとりまして、隊長は最もかけがえのない家族(きずな)も同然だったのです! ゆえに……ゆえに姫殿下があやふやな者をこの城へ連れ込むなど、断じてあり得ませぬ!」


伏せた腕の隙間から、そっと後方へ視線を送る。

そこには、普段は鉄の仮面を被ったような冷徹な姫様が、素の表情を曝け出していた。目を丸くし、半分は驚愕、半分は俺の熱情的な大芝居(プロパガンダ)に心を揺さぶられているようだ。


場内の空気は、徐々に姫へと同情的な方向へ傾き始めていた。だが、敵対派閥がこの程度の揺さぶりで諦めるはずもない。


「ククク……実に見事な、涙を誘うおとぎ話ではないか」


国王の脇にいた敵将校が、嘲笑を浮かべながら一定のテンポで拍手を鳴らし、前へ歩み出てきた。

一番ムカつく、勝利を確信した奴特有の嫌味なトーンだ。


「だが、そのお涙頂戴の戯言が成立するのは……お前が本物の『ヘンリー』であると証明できてからの話だな?」

将校は冷酷な眼差しを向けた。「基本から確かめようではないか。お前は一体何者だ? どこから来て、なぜここにいる?」


俺は脳内に完璧に構築されたシナリオのデータを呼び出し、怯えた声でセリフを紡ぎ始めた。


「あ、俺は……北方の小さな村から参りました、ヘンリーにございます……」


十六歳の少年が、病弱な姉の薬代を稼ぐために致し方なく軍の門を叩いた——血と汗に塗れた凄惨な物語の開演だ。

幾人かの貴族が憐みの目を向けたが、権力者どもの大半は不快そうに舌打ちを漏らすだけだった。まあいい、政治の利権を貪る連中などどこも同じだ。自分たちの利益を脅かす不確定要素など、好むはずがない。


「……以上が、この矮小なる者がここに辿り着いた経緯にございます、陛下」


完璧な平伏の posture。我ながら完璧な落としどころだ。


「なるほど、なるほど……素晴らしい。実にお姉思いの出来た弟だことだ」

敵将校は薄笑いを浮かべ、その笑みを醜く歪めた。「ならば……今ここで、その大事なお姉上と感動の再会(リユニオン)を果たしてもらおうではないか!」


……は?


ギィィィィ……


謁見の間 delegation の扉が再び開放された。

その向こうから現れたのは、二人の青い甲冑の騎士に力任せに引きずられてくる、一人の病弱そうな女性の姿だった。彼女の脚はおぼつかず、歩調が合わないというだけで騎士どもは容赦なく彼女の細い腕を締め上げ、突き飛ばしている。


一つ。


「さあ、生き別れの姉弟の再会を存分に楽しむがいい。……だがその前に、確認させてもらおうか」

将校は女の元へ歩み寄ると、その華奢な顎を力任せに掴み上げ、見下すように言い放った。「答えろ、女。お前の目の前にいるこの愚か者は、本当にお前の実の弟か?」


二つ。

カウントが「三」に達した瞬間、俺はこの茶番劇(ステージ)を叩き潰す。


衰弱しきった女性の瞳が、俺の目と真っ直ぐに交差した。

俺もまた、その視線を力強く cluster させる。彼女の儚げな瞳の奥に、一瞬だけ鋭い「理解」の光が閃いた。


「うぐっ……はぁ……この子は……間違いなく、私の弟にございます、陛下……」


バチィンッ!!


「白々しいぞ、口端を慎め愚民が!」


将校の容赦ない平手打ち(ビンタ)が、彼女の頬を張り飛ばした。

途端に彼女の口端から鮮血が飛び散り、華奢な身体が赤絨毯の上へと崩れ落ちる。彼女を押さえつけていた二人組の兵士——昨日、俺の肩を槍で突いたあのクソ野郎どもだと甲冑の紋章で気づいた——が、半ば乱暴に彼女の身体を起こそうと引きずり上げた。


三つ。


ガアアアアアアアアアアッッ!!


俺の周囲の空気(大気)が、暴風となって爆発的に渦を巻き始めた。


昨日、アーリャ姫が見せた風の魔力操作——そのイメージを脳内でトレースし、出力しただけだ。だが正直、自分でも引くほどの破壊力が練り上げられていた。

だが、これは絶好の演出(チャンス)だ。


なぜか胸の奥から湧き上がってくる「本物のヘンリー」の激怒——役作りに没頭しすぎた役者特有の憑依現象メソッド・アクティングの波に乗り、俺は目の前の将校と二人の雑魚ども(クソ野郎)を睨みつけた。

姫の politically な立場を悪化させないよう、俺自身は一歩もその場から動かない。


ボガァンッ!


「がはっ!?」

「な、なんだこの風はぁぁッ!?」


姉を押さえつけていた二人の兵士が、目に見えない衝撃波を食らって吹き飛び、大理石の床を転がっていく。

敵将校もまた、俺が意図的に集中させた指向性暴風(エア・バースト)に抗えず、必死に踏み踏ん張って姿勢を崩していた。場内の貴族ども、そしてアーリャ姫までもが、突如として巻き起こった室内台風(ストーム)に衣服と髪を乱され、悲鳴を上げている。


「収めよ!」


国王の威厳に満ちた一喝。

それと同時に、玉座から放たれた圧倒的な魔力波(カウンター)が、俺の練り上げた暴風を相殺し、一瞬で鎮静化させた。

やはりな。このファンタジー世界の「王」という存在は、伊達や酔狂でその座に君臨しているわけではない。最初に声を聞いた時から分かっていたことだ。


俺は即座に風の魔力供給を遮断した。国王もまた、その圧倒的な威圧感(プレッシャー)を収める。

静寂を取り戻したホールには、ショックに打ち震える人々の荒い呼吸音だけが残されていた。


国王は短く息を吐き出すと、静かに宣告した。

「……ヘンリー。姉を伴い、直ちに城の救護室(医務室)へ向かえ。本日の謁見は……これにて終了とする」


国王は立ち上がり、玉座を後にしようとした。


「あ、ありがたき幸せにございますっっ、陛下ぁぁぁあ!!」


俺は再び、裏返った大声で床に頭を擦り付け、今夜の大一番(クライマックス)の演技を完璧に締めくくった。


素早く立ち上がると、俺はヘンリーの姉の痩せた身体を優しく抱き上げ、救護室へ向けて歩き出した。

謁見の間の中央にアーリャ姫を一人残していく形にはなったが、心配はしていない。あの大物感あふれる女騎士なら、この後に残された政争の後始末(アフターケア)など易々とこなしてみせるはずだ。

第7話をお読みいただき、ありがとうございます!


謁見の間での大ピンチ! 敵派閥の陰謀に対し、ラドヤ(ヘンリー)が見せたのは……まさかの【超絶名演技】と【圧巻の風魔法】!?


「演劇バカの演技力が凄すぎるww」「姉さんを助けたシーンスカッとした!」と思ってくださった方は、

ぜひページ下部の【ブックマークに追加】や【評価(★★★★★)】で応援していただたけると励みになります!


次回、救護室での「本当の姉」との会話、そしてアーリャ姫との今後の関係は……!?

更新をお楽しみに!

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