[第5話:俺は死んだ、そして生きている]
「見知らぬ、天井だ——」
人生で一度くらいは、そんなテンプレみたいなセリフを言ってみたかった。だが生憎なことに、俺が書いてきた演劇の台本にそんなセリフは存在しなかった。だからこそ、何の台本もなくリアルでこの状況に直面すると、なんとも言えない複雑な気分になる。
待て……直面する、だって?
ゆっくりと意識が覚醒していくのを感じながら、俺は体を起こそうとした。だが、目に入ってきたのは清潔な病院のベッドなどではなく——見渡す限りの荒野にへたり込んでいる自分自身の姿だった。
周囲の状況は、控えめに言って惨状そのものだった。
耳を粉砕せんばかりに響き渡る、金属と金属が激しくぶつかり合う重低音。鼻腔を刺す鉄さびと濃密な血の生臭さが、強烈な嘔吐感を催させる。見上げれば、空は黒煙で覆い尽くされていた。この地獄絵図を見たら、誰だって開口一番にこう思うはずだ。
「……何だ? 超大作の映画撮影か何かか?」
完全に意識がはっきりすると同時に、直前の記憶が脳裏へと一気に逆流してきた。
大ホールを揺らした割れんばかりの拍手。途切れ途切れに聞こえなくなったアーリャの最後のモノローグ。そして、暗転する視界の中で俺は舞台の上に倒れ込んだはずだ。
俺は死んだ。それは間違いない。
なら、ここはどこだ? 走馬灯とやらか? 死神が迎えに来る直前の、都合のいい幻覚なのか?
だが、意識が完全にハッキリしたのと同時に、身体の痛覚受容体が一斉に強制起動した。
「いっ……!?」
悲鳴が漏れ、俺は己の惨めな体を見て思わず顔を歪めた。全身傷だらけだ。足、手、背中……あらゆる場所が激しく痛み、脈打っている。頭の毛髪の隙間からも、生温かい血がダラダラと流れ落ちていた。
……だが、待てよ。何かがおかしい。
あの絶望的な病のせいで俺を苛み続けていた、あの凶悪な頭痛がどこにもない。俺の頭の中は空っぽで、腫瘍だの何だのといった余計なものはキレイサッパリ消え去っていた。
代わりに、この新しい体が大量出血していることによる副作用が直接襲いかかってきた。激しい眩暈が視界をグラつかせ、全身の筋肉から急速に力が抜けていく。
あまりにも唐突な死のフラッシュバック。奇妙なことに、俺の過去の思い出など何ひとつとして浮かんではこなかった。
「おい! あそこで動いた奴がいるぞ!」
鋭い男の叫び声が、俺の思考を中断させた。
そうだった。俺は今、戦争映画の撮影真っ只中にいるんだった。敵兵が死体をチェックするシーンなんて、お約束中の決定版だ。俺は本能に従い、すぐさま再び横たわった。そしてリアリティを出すために、近くにあった「死体役の役者」を適当に引っ張り寄せ、自分の上に覆いかぶせた。どういうわけか生臭さがリアルすぎるが、きっと撮影スタッフが美術に並々ならぬこだわりを持っているのだろう。
叫んだ男が、もう一人の連れと一緒に歩み寄ってきた。上に重なる死体役のせいで、彼らの会話内容はうまく聞き取れない。
だが次の瞬間——グサッ!
肩口を、冷たくて鋭利な何かが貫通した。あまりの激痛に発狂して叫び出しそうになる。だが、プロ意識を極限まで高めたベテラン劇団員として、俺は死に物狂いでそれを耐え切った。NGを出してカットを台無しにするわけにはいかない。
俺を刺したものの感触を確かめようと手を伸ばすと同時に、鋭利な物体が無理やり引き抜かれる音が響き、二人分の足音がゆっくりと遠ざかっていった。
「おい……大丈夫か……?」
俺は上に乗っかっている役者に、小さく声をかけた。
返事はない。
俺は男の体を押し退け、なんとか起き上がろうとした。しかし、視線を彼の胸元に落とした瞬間——俺の手は凍りついた。
胸部が丸々吹き飛び、鋭利な武器によってズタズタに引き裂かれていた。そこからは、まだ生温かい赤がどくどくと溢れ出している。
俺は人並み以上に勘が冴える方だし、劇団の仲間からも「思考の天才」なんておだてられてきた。
さっき肩を貫いたあの感触は、特殊メイクなんかじゃない。
目の前の男は……本気で死んでいる。そしてさっきの二人は、俺たちに向かって本物の槍を突き立てていったのだ。
猛烈な嘔吐感が一気に込み上げてきた。周りに誰もいないことを確認すると、俺は泥の上に激しく胃液をぶちまけた。
……クソッタレ。映画の撮影なんかじゃない。
死ぬ間際の幻覚であってくれと祈りたかったが、肩の激痛と血の生臭さはあまりにも残酷なほどリアルだった。
どうやら、この地獄こそが俺の新しい『現実』らしい。
「はぁ……はぁ……」
冗談じゃないぞ。前の地獄をようやく駆け抜けたと思ったら、間髪入れずに次の地獄へ放り出されるなんて。
少し落ち着くと、俺は衣服の布地で口元を拭った——余計に顔が汚れた気もするが。改めて周囲を見渡すと、眼前に広がる死体の山が再び胃を刺激してくる。俺は必死でそれを押し殺した。
戦には勝ち負けがある。そしてどちらが勝者かは、地に伏している死体の色を見れば一目瞭然だった。
幸いにも、両陣営の装備は明確に異なっていた。一方は灰色の鎧、もう一方は青色の鎧だ。俺は視線を下げ、自分の服装を確認した。灰色。この場で腐りかけている死体の大多数と同じ色だ。
クソッ、俺は負け犬(敗残兵)の側にいるらしい。
思考を高速回転させ、俺はすぐさま灰色の鎧を脱ぎ捨てた。中の布地を破り取って応急処置代わりに傷口へ巻きつける。近くに青い鎧を着た死体があるのを見つけると、躊躇することなく歩み寄り、その装具を身剥ぎ取った。
兜、胸甲、脚甲、鉄靴——ボロボロではあったが、すべてを身に纏う。なぜ俺がこんな防具の名称に詳しいかって? おいおい、俺は劇団員だぞ。時代考証と衣装リサーチは役作りの基本中の基本だ。
『衣装替え』を済ませた俺は、青い鎧の人間が多く溜まっている場所へとコソコソと移動した。ピンチになるたびに死んだフリ(死体役)を挟みつつ、俺はついに森の中にある小さな広場へとたどり着いた。
俺はこれまでに何本もの戯曲を書いてきた。ベタなシナリオのストックなら、俺の頭の中にいくらでもある。俺は大木の陰に身を潜め、広場を観察しながら『その瞬間』が訪れるのを待った。
演出家としての俺の計算によれば、そろそろ掃討作戦を行う青組の巡回部隊がここへやってくるはずだ。そこへ俺が千鳥足で広場の中央へと躍り出て、警戒しつつも「負傷兵」として報告を行う。完璧なインプロ(即興劇)計画だ。これで俺の safe は保証されるはずだった。
シュッ。
突然、冷ややかな刃が背後から突きつけられ、俺の頬のすぐ脇で止まった。先端が皮膚を軽くかすめ、ツッと赤い線が伝うのが分かった。
「誰だ? 所属と部隊名を言え!」
クソッ。体調が万全でないせいで勘が鈍っていた。軍の階級知識という一番重要な要素をすっかり失念していた!
両手を挙げながら、俺はゆっくりと振り返った。
目の前に立っていたのは……女性の騎士?
彼女のコンディションもまた、お世辞にも良いとは言えなかった。息は荒く、鎧はあちこちが砕け、髪は乱れ飛んでいる。全身に細かい斬り傷が刻まれていた。
それでも、俺よりは遥かにマシな状態だ。喉元を睨みつける彼女の剣先は、腹を空かせた獣のように冷たかった。
「はっ! ヘンリー、第13部隊第5小隊所属、報告いたします!」
俺は頭に浮かんだ西洋風の名前を適当に叫び、完璧な直立不動の姿勢をとってみせた。本当は軍隊式の敬礼をしたかったが、国によって敬礼の型が異なることを知っていたため、変に疑われないよう汎用的な姿勢を選んだのだ。
奇跡か、あるいは女神が微笑んだのか。
女騎士はゆっくりと剣を下ろした。その鋭い眼差しが、急激に揺らぎ始める。
「ヘンリー……? 私の部隊の見習い兵……お前なのか……?」
どうやら俺は、思わぬ博打に勝ってしまったらしい。
「はい、隊長! ヘンリー、無事生存を報告いたします!」
急に動いたせいで傷口が開き、血が噴き出しすぎたのだろう。ハッタリのセリフを口にした直後、俺の視界は一気に暗転した。意識が崩壊し、俺は再び地面に向かって倒れ込んでいく。
頼むから……次に目を覚ますときも、俺の幸運が続いていてくれよ。
第5話をお読みいただき、ありがとうございます!
舞台の上で命を落としたはずのラドヤが目を覚ましたのは、なんと本物の戦場の只中!
持ち前の「演劇知識」と「ハッタリ(演技力)」だけで、間一髪の危機を脱したラドヤでしたが……体はすでに限界寸前!?
次回、助けてくれた女騎士の正体と、彼が転移したこの世界の真相が明らかに!
【演劇の天才】ラドヤの、異世界での新たな「公演」が始まります。
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