[第3話:|最後の共犯者と| 開演前夜]
【終幕まで、あと17日】
【本番まで、あと1日】
それからの数日間、すべては順調に進んでいた。俺はウィロへのアドバイスを欠かさず続け、ヘルミさんも彼の成長に満足しているようだった。部員たちも持てる力のすべてを注ぎ込んでいる。これ以上ないほど、完璧な状況だ。
ただ……たった一つの問題を除いては。
俺には、自分の『最終攻撃』を仕掛ける隙が、まったく巡ってこなかったのだ。
「もう一度舞台に立ちたい」という本音を、直接的な言葉を使わずに彼らに気づかせるのは至難の業だった。だがその日の夕方、最後の通し稽古が終わり、誰もが帰宅の途につこうとしていたその時——死に物狂いで立ち姿と正気を保っていた俺の元へ、アーリャが歩み寄ってきた。
「あ……やあ……」
気まずい静寂が、一瞬だけ俺たちの間に流れる。
「……お茶でもどう?」
気まずさを切り裂くように、アーリャが尋ねた。
◇
監督やみんなに挨拶を済ませた後、俺とアーリャはキャンパスから歩いて数分ほどの距離にあるカフェへと向かった。衰弱した俺の体を気遣ってか、アーリャが意図的に一番 dekat 施設を選んでくれたのだろう。そこで彼女は、ここ最近流行っているデカフェのコーヒーを注文した——俺は普段コーヒーを飲まないから詳しいことは分からないが。一方の俺は、温かい紅茶だけを頼んだ。
「本当にごめんな、アーリャ。今回の公演、お前の隣に立てなくてさ」
喉の奥へ吐き戻したくなるような、白々しいお決まりの謝罪を口にする。
「いいのよ。個人的には全然気にしてないから。役者は舞台の上の突発的な変化に素早く適応することを求められるものでしょ?」
アーリャは俺を真っ直ぐに見つめ、その距離を詰めてきた。
「でも……あなた自身はそれで満足なの?」
やっぱりな。
経験豊富な先輩役者である彼女には、すべてお見通しだったのだ。正直、他の部員たちだって俺の「復帰したい」という未練には気づいていたはずだ。ヘルミさんに至っては、俺が復帰した初日から見抜いていたに違いない。彼はただ、俺を愛おしく思うあまり、舞台に立って病状が悪化するのを恐れていただけなのだ。
「へへ……そんなにわかりやすかったか?」
芝居の下手な自分を嘲笑うように、俺は小さく鼻で笑った。
「新入生には分からないかもしれないけど。でも、何年も一緒に舞台に立ってきた先輩……特に私には、あなたの目論見なんてお見通しよ、ラド」
彼女は微笑んだ。
その笑みは、俺を妙に惨めな気持ちにさせた。嘲笑ではなく、哀れみの笑み。正直に言って、俺はそのような視線を向けられるのが好きではなかった。
「……まあ、そういうことだ。どれだけ俺が立ちたくても、ヘルミさんが許可を出すわけがない」
「私、手伝うわ」
俺は息をのんだ。
この一週間、俺が探し求めていた『火種』は、最初からこんなにも近くにあったのだ。最初からアーリャを利用しようとしていたわけではない。助けを乞うのは俺の趣味ではないし、役者としてなら乞うフリくらい造造もなかった。だが、俺は演劇人だ。プライドがある。
「……本気か、アーリャ? お前に迷惑はかけたくない。明日の公演、お前は主演女優なんだぞ」
「ふん、つべこべ言わないで。あなたがこの一週間、ずっと狙っていたチャンスでしょう?」
俺たちは顔を見合わせ、同時に微笑んだ。今度は、俺の好きな温かい笑顔だった。
その後、俺たちは部活の昔話など、他愛のない世間話を続けた。温かな雰囲気に包まれる中、夜の闇がゆっくりと二人を包み込んでいく。結局、アーリャが俺を家まで送ってくれることになった——男としてはいささか情けない話だが、いまの俺の体調では格好をつける余裕など微塵もなかった。
アパートの玄関前に着き、アーリャが帰ろうと身を翻す。
「アーリャ」
「ん?」
「……本当にありがとうな。俺を手伝ってくれて。今日のことだけじゃなく、明日も、それ以前のことも。お前みたいな仲間とこの劇団で出会えて、本当に良かったよ」
心からの感謝を込めて口 tools。
「ちょっと、大袈裟ね。まるで今生の別れみたいじゃない」
冗談めかした口調で、彼女が返す。
だが、彼女が完全に背を向けようとしたその瞬間、俺は素早く手を伸ばし、彼女の細い手首を掴んだ。
「明日……何が起きても、絶対に物語を最後まで終わらせよう。約束だ」
アーリャは絶句した。その瞳には困惑の色が浮かび、すぐさま深い懸念へと変わっていく。俺には彼女の表情の変化が手に取るように読めた。彼女が俺の瞳の奥を読み取れるのと同じように。
「……分からないわ、ラド。そんなの、だって——」
俺は掴んだ手首にキュッと力を込め、残された全執念をそこに注ぎ込んだ。
「これは俺の舞台だ、アーリャ。俺の意志で、俺が選んだ道なんだ。お前には何の責任もない」
しばしの静寂の後、アーリャはようやく平静を取り戻した。街灯の光を反射してキラキラと輝く瞳で、彼女は静かに頷いた。俺は手を緩め、彼女が背を向けて去っていくのをただ見送った。
離れていく彼女の背中を、俺はずっと見つめていた。だが……歩みを進める彼女の仕草に、どこか違和感を覚える。肩が微かに揺れている。まるで……啜り泣いているかのように。
俺の演劇脳がその仕草の意図を解読しようとした、まさにその時——
脳内に、上空から落ちてきた大型トラクターに叩き潰されたかのような激痛が走った。これまでに経験したどの激痛よりも、遥かに凶悪で絶望的な衝撃。
「ガッ……ぐ、あぁっ!?」
パニックになりながら部屋のドアを押し開け、よろめきながら中に転がり込む。片手で頭を固く抱え込み、もう片方の手を必死に伸ばして机の引き出しの薬箱を探り当てようとする。
ドカァン!
膝が崩れ去り、俺は床に激しく叩きつけられた。それでも残された最後の力を振り絞り、這いずるようにして木製のベッドに背中を預ける。運良く手の届く場所にあったコップの水を掴み、俺は慌ただしく鎮痛剤の錠剤を喉の奥へ押し込み、水で流し込んだ。
薬が効き始めるまでの数分間は、まさに地獄のような拷問だった。死に瀕した時間の中で、またしても生温かい赤い液体が鼻から溢れ出し、アパートの床をポタポタと赤く染めていく。
「はぁ……はぁ……あと少し……頼むからあと少しだけ持ちこたえてくれ、俺の体……」
己の貧弱な肉体に向かって、必死に乞う。
「明日は……お前の日だ。明日は、お前が主役になるんだ……」
明日、いよいよ——
第3話をお読みいただき、ありがとうございます!
固い絆で結ばれた最高のヒロイン・アーリャを巻き込み、ついに『舞台復帰』のための密約を交わしたラドヤ。
しかし、限界を迎えた彼の肉体は、無情にも開演前夜に悲鳴を上げます……。
次話、いよいよ【第1章・完結】!
運命の幕が上がり、ラドヤの命を懸けた「最後の演技」が始まります。
そして物語は、誰も予想しなかった「異世界」の舞台へ——!
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次回、運命の開演をお楽しみに!




