[幕間:二つの世界の響き]
かつては歓声と練習の叫び声で満ちていた大学の演劇部部室。
しかし今日の夕暮れ、その部屋は静寂に包まれていた。窓の隙間から差し込む茜色の光を受け、細かな埃が空中を静かに舞っている。
あの舞台上での血惨劇から、すでに一週間が経過していた。
演劇部は一時的に活動停止処分を下され、指導員だったヘルミ先輩は解任された。当然の報いだ、と周囲の人間は囁き合っている。彼の不注意のせいで、一人の学生が舞台上で無惨な死を遂げたのだから。
(……部を出て行くべきだったのは私の方よ、ヘルミさんじゃない……ううん、私はあの時、ラドヤと一緒に死ぬべきだった……)
アーリャは古びたパイプ椅子の上で膝を抱え込んでいた。そこはかつて、ラドヤが練習の合間に休憩したり、イメージトレーニングに没頭する際によく座っていた場所だ。
彼女の手には、前回の公演の台本が強く強く握りしめられている。その紙面には、今も薄れた血痕の跡が痛々しく残っていた。
空虚な瞳は何も映していない。だが、彼女の脳裏にはこの一週間、自分を苛み続けてきた数々の糾弾の声が今も狂おしく響いていた。
『どうしてアイツの自殺行為を止めなかったの!?』
『ラドya がこうなるって分かってたんでしょ!?』
『俺が代わりに舞台に立てばよかったんだ……そうすればラドya さんは死なずに済んだのに!』
『アーリャ……お前のせいじゃない。自分を責めるな』
虚ろだった瞳から、静かに涙が溢れ出した。
守り手を失った悲劇の姫君の目から、抑えきれない慟哭が漏れ出る。
「意地悪……」
誰もいない静寂の空間に向かって、彼女は泣きじゃくりながら呟いた。
「私のせいじゃないなんて言っておいて……っ……どうしてこんなに心が痛いのよ、ラド……っ!」
暗闇が深まる部室の中で、アーリャは声を殺して泣き続けた。やがて涙も枯れ果て、深い疲労感が彼女を包み込む。
腫れ上がった目を袖の裏で擦りながら、彼女は小さくポツリと漏らした。
「あんたがもう少しだけ……私の気持ちに気づいてくれていたら……こんな道を選ばずに済んだかもしれないのに」
あの日、夕暮れの地球で——新たな異世界へ旅立ったラドヤの知らぬ間に、一人の少女の心が完全に砕け散っていた。
◇
次元の壁を隔てた遥か彼方。技術の概念すら存在しない異世界。
漆黒のマシーン(黒大理石)で構築された荘厳なる大広間が、静けさの中に佇んでいた。青く揺らめく魔導燭台の光が、オステリア王国の王座の間を薄暗く照らし出している。
最奥の段上に構えられた至高の王座。そこには、床に届くほど長い金の礼服を纏った中年の男が鎮座していた。数百の戦場を潜り抜けてきた男だけが持つ、彫りの深い威厳に満ちた顔立ち。
彼こそが、この大陸の頂点に君臨する覇者——オステリア国王その人であった。
王座の前では、漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ影の騎士が跪き、密命の報告を行っている。
「報告いたします、国王陛下。アーリャ姫殿下は、旅の移動劇団と共に西方の城塞都市へ無事到着された模様です」
国王は即座には答えなかった。
古代の宝石が嵌め込まれた指輪で肘掛けをコツリ、コツリと叩く。静まり返った大広間に、重苦しいリズムが木霊する。
「……どうやら、あの子も己の物語を紡ぎ始めたか」
深みのある威厳に満ちた声が、広間全体を支配した。
「いかがいたしましょう、陛下。直ちに回収の手配を?」
「不問でよい……あの『ヘンリー』なる者に付き従い、見聞を広めることを許したのは私自身だ。好きにさせよ。ただし、動きの監視だけは怠るな」
「はっ! 御意のままに!」
黒騎士は深々と頭を下げると、静かに辞世して部屋を後にした。
再び静寂が降り立った王座の間で、国王はローブの胸元にそっと手を差し入れた。
その手から取り出されたのは、このファンタジー世界にはおよそ似つかわしくない、奇妙な『異物』だった。
それは——地球で撮影された、破れた写真の三分の一の切れ端であった。
オステリア国王は古びた写真の切れ端を見つめた。その瞳には深い愛郷と、底知れぬ暗い野心が揺らめいている。
やがて口元がゆったりと持ち上がり、真意の読み取れない歪んだ笑みが浮かび上がった。
「『ヘンリー』か……酷い偽名だな」
自分自身にしか聞こえないほどの極小の囁き。
国王は慎重に写真を折りたたんで懐へしまうと、このオステリアの世界において、誰一人として知るはずのない『その名前』を静かに口にした。
「……見せてもらおうか。お前がこの世界に用意した……戯曲の続きをな。——ラドヤ」
【幕間】をお読みいただき、ありがとうございます!
地球に残されたアーリャの絶望と、オステリア国王の密かな企み……。
なんと、オステリアの国王は地球の写真を持っており、ラドヤの本名まで知っていた!?
二つの世界が交差する、物語の裏側に潜む大きな謎が提示されるエピソードとなりました。
「地球のアーリャが切なすぎる……」「国王は何者!? 展開が気になりすぎる!」と思ってくださった方は、
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次回、ついに第12話! 城塞都市での【初公演】が始まります!
更新をお楽しみに!




