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[第11話:魔法はあるけど、どんなのがあるの?]

「セバス、右側の魔物(モブ)をお願い!」

「承知いたしました、アーリャ殿!」


遭遇から数日後の今朝、俺たちは早々に草むらから湧き出してきた小型魔物(雑魚モンスター)の急襲に見舞われていた。

「俺たち」と言ってはみたものの、実際に汗を流して立ち回っているのはアーリャとセバスの二人だけだ。まともに戦闘をこなせるのは彼らしかいない。


一方の俺はというと……御者台(ドライバーズ・シート)で手綱を握り締めるという、立派な重責を果たしていた。何度も座席から転げ落ち、全身を打撲(あざ)だらけにしながら身につけた新 me 技能(スキル)だ。


周囲の景色は青々とした草原から、密林の生い茂る深い森へと変貌していた。この生息環境の変化こそが、魔物の遭遇率を跳ね上げている元凶だ。彼らにとって森は home ground ――荒らされた領地に腹を立てた、あるいは空腹に狂った魔物どもが、格好の標的である我が wagon めがけて次々と襲いかかってくる。


ズバッ! キィンッ!


だが、wagon の me 前左右を固めるアーリャとセバスの鉄壁の連携により、野良魔物どもはただの通りすがり me 雑魚として散っていくのだった。


「ハァ……これで一区切りね。当分は襲ってこないはずよ」


アーリャが軽やかに跳躍し、俺の隣の御者席へストンと腰を下ろした。

後方では、セバスも wagon の後部へと飛び乗る。執事エルフはすぐさま、ウェンディ義姉さんの膝の上ですやすやと眠りこけている幼女主・リリィの無事を確認した。


「ご不便をおかけして申し訳ありません、ウェンディ殿。騒々しい中で幼子のお世話までさせてしまい……」

「あら、気にしないでセバスさん。ヘンリーが小さかった頃を思い出して、なんだか懐かしいくらいだわ」


ウェンディ義姉さんが柔らかく微笑む。

『ヘンリー』として何かツッコミを入れようかとも思ったが、野暮だと判断して思いとどまった。俺は口元に小さな笑みを浮かべつつ、前方の細い森道へ意識を戻す。


「時に、ヘンリー殿」

突如セバスに呼びかけられ、俺の意識がふっと途切れた。


「街道で初めてお会いした際、あなたは私を吹き飛ばすほどの強力な風魔法を行使されました。差し支えなければ、あの魔法をどこで学ばれたのか伺っても?」

「ああ、あれか……正直に言うと、自分でもよく分かってないんだ」俺は飾らずに答えた。「数日前にアーリャ指揮官が風魔法で俺の傷口を乾かしているのを見たんだ。あの時、反射的に同じことをしようと思ったら、勝手に発動したというか」


嘘は言っていない。劇団員に過ぎない俺が、この世界の魔法理論など知る由もないのだから。


「まあ無理もありませんわ。私たちは貧しい辺境の村で暮らしていましたから、魔法を使う方すら見たことがなかったのです」


ウェンディ義姉さんが『可哀想な私のヘンリー』モードでフォローを入れてくれた。


「なるほど……となると、ヘンリー殿には魔法に関する並外れた天性の才覚(センス)がおありのようですね」


セバスは顎に手を当て、思案するように眉をひそめた。


「よろしければ目的地へ到着するまでの間、私が魔法の基礎理論(ベース)をお教えしましょうか?」

「それ、最高のアイデアじゃない!」


アーリャが横から即座に乗っかってきた。


「そうすれば、我がキャラバン(劇団)の戦力も底上げできるわ!」

「おいおい、アーリャ。俺がこれまで虫一匹殺したことのない人間だって忘れてないか? 魔法を少し覚えたところで、戦場じゃ大した役に立たんと思うんだが」


俺の言い分に、アーリャは不満そうに唇を尖らせた。腕を組み、ぷいっと横を向いて知らんぷりを決め込む。


「ですが基礎概念を理解しておけば、今後の戦術の選択肢が広がります。そうでしょう?」


今度はセバスがアーリャの援護に回った。

まったく、どうしてこのパーティの連中は俺に魔法を覚えさせたくてたまらないんだ? 俺はただの演出家だぞ。仕事は戯曲(シナリオ)の執筆であって、呪文(公式)の調合じゃない。


……あ、公式と言えば。

ふと、地球にいた親友の顔が脳裏をよぎった。韓国の大学で化学を専攻していた、あの猛烈なガリ勉野郎だ。あいつ、俺が舞台上で客死(ポックリ)したと知ったら大泣きしただろうか?


「……分かったよ。指導の方、よろしくお願いします、セバスさん」

「お任せください、ヘンリー殿!」


隣から、殺音された極小の「よしっ!」という歓声が聞こえた気がした。俺はアーリャをチラリと見る。


「ご満足いただけましたか、元・指揮官殿?」

「な、何よ!? さっさと運転に集中しなさい!」


動揺したアーリャの拳が、俺の頭頂部に綺麗にクリーンヒットした。っ。



安全が確認された後、俺は御者台をアーリャに譲り、wagon の客室へと入った。

向かいに座るセバスを前に、俺の魔法講座(レクチャー)が幕を開ける。


「ではヘンリー殿。現時点で、魔法についてどのような知識をお持ちですか?」


家庭教師のような口調でセバスが切り出した。


「なーーーーんにも知らん!」


一切の躊躇なく、胸を張って答える。

はい、講義終了。


「うぐっ……では、最も根幹となる基礎の基礎から始めましょうか」


引き下がる気のないセバス。チッ、諦めてくれないかと思ったのに。


セバスの長々とした説明を要約すると、魔法とは「生命体が me 内エネルギー(マナ)触媒(カタリシス)として自然界の法則に干渉する現象」ということらしい。


個人的に触媒(カタリシス)という言葉には馴染みがあった。化学オタクの親友が語っていた専門用語によれば、触媒とは自身は変化せず、化学反応の速度を飛躍的に高める物質のことだ。つまり me 内エネルギー(マナ)とは、人間の『意図(ベクトル)』と『自然エネルギー』を結合させ、望む現象を引き起こすための触媒というわけだ。


なるほど、すんなり理解できた。

化学プラントの論理と同じだ。どんな『生成物(魔法)』を作りたいかを設定し、適切な『反応物(自然要素)』を選んで触媒マナを通せばいい。


「じゃあ、特定の魔法を発動させるための『マナと自然要素の最適な組み合わせ』はどうやって知るんだ?」


興味が湧いて尋ねる。

セバスが答える前に、後ろからアーリャが眉をひそめて口を挟んだ。


「認めざるを得ないけれど、セバス……あなたの教え方は少し特殊ね。王立アカデミーで習った理論とはかなり毛色が違うわ」

「人間族の王国では実用・軍事面での魔法展開が主流ですからね、アーリャ殿。我ら長耳族エルフは、より純粋な原初理論と哲学的観点を重視するのです」


セバスが淑やかに微笑む。


なるほど。地球で例えるなら、王国の魔法は産業直結の『応用化学(工学部)』で、エルフの魔法は実験室の基礎論理を詰める『純粋化学(理学部)』というわけか。


「さて、ヘンリー殿の疑問にお答えしましょう。本来はその組み合わせを記した分厚い魔導書がございます。……ですがヘンリー殿は、そういった難解な専門書を読み込むタイプには見えません」


セバスがクスリと笑う。


「ですので、旅の中で実践的に覚えていくのがベストかと。『どんな反応や現象を起こしたいか』を言葉にしていただければ、私がその発動ルートをご案内します」


セバスの言葉をもって、本日の短期集中講座インスタント・レッスンは終了となった。

西の空に傾きかけた太陽を見るに、完全に日が暮れる前にこの密林を抜け出すことが最優先課題だ。


(教科書を読まされずに済んで助かった……)


辞書並みに分厚い台本や演劇論ならいくらでも読めるが、あの化学オタクの親友が見せてきたような構造式だらけの専門書を読まされたら……想像しただけで寒気がする。


「交代だ、アーリャ。中で休んでくれ」


俺はメインの御者席へ移動し、彼女から手綱を受け取った。


「ええ、頼んだわ」


一日中見張りと魔物退治をこなしていたアーリャは、流石に fatigue が溜まっている様子だった。彼女が客室へ入ったのを確認し、俺は手綱をしごいて馬の歩調を早め、前方の道へ集中(ロックイン)する。


その時、先ほどセバスが語っていた『触媒と反応論』が頭をよぎった。

……ちょっと、試してみるか。


10年間演劇(テアトル)の世界で生きてきた俺は、周囲の空間認識や環境の変化を皮膚感覚で捉えることに長けている。

俺は手綱を握ったまま、一瞬だけ目を閉じた。脳内で我が幌馬車(ワゴン)の視覚データを精緻に描画(モデリング)していく。馬の骨格、車輪の構造、そしてその中央に座る自分自身の位置関係。

次に、幌馬車(ワゴン)の後部下方から、前方の馬が引く力と同調する『不可視の推進力』が押し上げているイメージを展開する。

概念的なイメージが固まった瞬間、それを一定の『風の押し出し(エア・ブースト)』として空間に実体化させる——。


ヒュオオオオッ!


車輪が甲高い回転音を上げた。

wagon の速度が爆発的に跳ね上がり、森の悪路を滑るように駆け抜けていく!


種明かしをすれば簡単な物理の応用だ。人間一人で重いリアカーを引くのは大変だが、後ろから誰かが押してくれれば、引き手にかかる負担は劇的に減り、速度は増す。俺はその『押し引きの連動』を魔法の風で再現し、二頭立ての wagon に付与しただけだ。


実験的推進魔法(エア・ブースト)の甲斐あって、俺たちは瞬く間に鬱蒼とした森を脱出した。

視界が開けた遥か前方には、目的地である城塞都市の巨大な外壁(ウォール)がドカンとそびえ立っていた。


「ヘンリーすごい! 馬車がすっごく速いよ!」


後ろからリリィの歓声が響いた。

激しい揺れで目が覚めたらしい。客室の中ではウェンディ義姉さん、アーリャ、セバスの三人が泥のように眠りこけている。


「おう、起きたかリリィ」俺はチラリと振り返ってニヤリと笑った。「前を見てみな。もうすぐ街に到着するぞ」


リリィが身を乗り出し、キラキラと目を輝かせた。


「わあぁぁ! ついたー!」


迫り来る城門を見つめながら、俺は不敵な笑みを浮かべる。


(……俺ってば、天才じゃね?)

第11話をお読みいただき、ありがとうございます!


エルフのセバスから魔法の基礎理論を学ぶラドヤ!

地球での知識(と化学オタクの親友の記憶)を応用し、なんと自力で【馬車加速魔法エア・ブースト】を開発してしまいました!


演劇人ならではのイメージ力と空間把握能力で、どんどん異世界に適応していくラドヤ。

そして無事に最初の目的地である城塞都市へと到着します!


「ラドヤの魔法の発想が面白い!」「アリアとの掛け合いが相変わらず最高!」と思ってくださった方は、

ぜひページ下部の【ブックマークに追加】や【評価(★★★★★)】を押していただけると、執筆の大きな励みになります!


次回、ついに城塞都市での【初公演】編がスタート!?

更新をお楽しみに!

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