使用人
ベッドから起き上がれるようになって2週間。
リアの——僕の身体は、自力で少しは歩けるくらいに回復していた。病気は治ったものの、体力がほとんどなく最初のうちは自力で立つこともできなかったのだ。
(体力も少し回復したし今日は別荘内を歩いてみるか)
リアは身支度を整え、部屋のドアに手をかけた。
ずっと疑問に思っていることがある。
リアの記憶によれば、この寂れた別荘には、数名の使用人が配置されているはずなのだ。それなのに、この2週間、リアの部屋に顔を出すのはシルヴィアただ一人。
それだけなら「専属メイドだから」で説明がつく。だが、シルヴィアの指先の荒れ方や、話、そして時折廊下から聞こえる静かな掃除の音から察するに、彼女はリアの身の回りの世話だけでなく、この広い別荘の家事全般をほぼ一人で回しているようだった。
(……まあ、記憶を遡れば、ある程度の予測はつくがな)
フォルカート公爵家の親戚たちは、リアを邪魔者扱いしてこの別荘に追いやった。ならば、ここに残された数名の使用人が、どういう性格なのか。
「主人が先のない病弱令嬢とくれば、真面目に働くわけない、か……」
ポツリと呟くと僕はふっと口角を上げた。
廊下に出ると、ひんやりとした空気が肌を刺した。やはり、人が生活している温かみが著しく欠けている。
僕は足音を完全に消し、優雅な所作を保ったまま、別荘の奥へと歩みを進めた。
足音を完全に消したまま階段を下り、一階へと向かう。漂ってくるのは、仕事中にはおよそ不釣り合いな、だらけきった空気だった。
一階にある部屋の一つのドアが薄く開いており、覗き込めば、三人の使用人たちがソファに深く腰掛け、ペチャクチャと喋っていた。
「こんにちは。今、皆様は楽しそうに、何をしていらっしゃるの?」
僕がが背筋を伸ばし、完璧な淑女の微笑みを浮かべて声をかけると、男たちは弾かれたように飛び起きた。
「お、お嬢、さま……!? なんで、部屋から……」
男たちの顔は一瞬で土気色に変わった。それもそのはず、彼らの中での「オーレリア」は、ベッドから起き上がることすらできず、死ぬ間際のはずだったのだから。幽霊でも見たかのような視線を受け流し、僕はさらに微笑みを深める。
「今日は少し体調がいいの。だから久しぶりに別荘の中でも歩いてみようと思って。それで……皆様は今、何をしていらっしゃるの?」
「あ、いや……これは、その、休憩です! そう、ちょうど今、休憩に入ったところでして!」
一人がヘラヘラと、誤魔化すようにニヤニヤと笑いながら答えた。他の二人もそれに合わせ、舐めきった態度で頭を掻いている。
その薄汚い笑みを見た瞬間、僕の脳裏に、かつて自分の組織を舐めて金を着服しようとした裏切り者の顔が重なった。
(休憩、か……。いくらリアが公爵家から見放されてる病弱なお嬢様だからってやりたい放題やってくれたな)
僕は左手に持っていた一束の紙を優雅な動作で、男たちが囲んでいたテーブルの上に、そっと差し出した。
「そう。それなら良かったわ。この『休憩』の間に、これについて話を聞きたいのだけれどいいかしら?」
男たちが恐る恐るその書類に目を落とした瞬間、今度こそ完全に動きが凍りついた。そこにあったのは、この別荘にある公爵家の高級な備品や調度品、食材を彼らが外部へ横流ししていた、詳細な取引の証拠書類だった。
「な、なんでこれを……!」
「お前、隠してたはずじゃ……!」
慌てふためく使用人たちを、僕は静かに見つめた。




