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なにもない

「ハァッ…!!!!?」

はぁはぁはぁと息を整える。

な、夢?…夢だったのか?

鏡を見る、七音だ。()()()()が目の前にいる。

頬を触る、自分の手で触れた感覚がある。

はぁっ、と安心する。

「な、なんだ……びっくりした……」

夢だ。夢だった。

思わず泣きそうになる。

怖い、怖かった。

…学校…、行かないと。穂波と、話そう。

落ち着けるはず、きっと。

階段を降りると母親がいた。

「おはよう、今日はコウちゃんと一緒に登校するんでしょ?

ほら、さっさとご飯食べなさいな」

「は、はーい…」

朝ごはんを食べて、外でコウちゃんを待つ。

「おはよう、七音」

「…?おはよう、コウちゃん」

あれ、もしかして誰か近くにいる?

きょろきょろとしていると、コウちゃんは手を差し出してくる。

「遅くなってごめんな、行こうか」

「お、おう…」

何度手を繋いでも慣れない。

きょどりながら、手を差し出す。

「七音はどの部活に入るんだ?」

「わ、たしは…」

若干の違和感。

「こ、コウちゃんは…?」

「俺?俺は、七音と一緒の部活に入りたいって思ってるんだよな、だから教えてくれよ」

爽やかな笑顔を浮かべるコウちゃんに、背筋が凍る。

誰だ、誰だこいつ。

唇が震える、必死に震えを抑え、コウちゃんに話しかけた。

「ねぇ…ちょっと学生手帳見せて、くれないかな」

「いいけど……どうしたの?」

コウちゃんが手帳を貸してくれる。

頼む、合っててくれ。

心配の滲む問いかけをするコウちゃんを無視して、手帳の中身を見る。

……………。

——『霜井戸幸希(シモイド コウキ)

手帳と目の前の男を見比べる。

嘘だ嘘だ。

「だ、れだよ、お前…!!!」

「な、七音…?」

手帳を無理矢理返してから、走り出す。

何回も登校した、ちゃんと覚えてる。

足を必死に動かす。

怖い、怖い。

恐怖が後ろから這い寄ってくる。

俺の頬を、背を、心臓まで撫でられてる感覚を覚える。

はぁっ、はぁっと荒い息だけが出る。

大丈夫。

大丈夫、大丈夫。

耳を塞いで、穂波の声を思い出す。

大丈夫、大丈夫、大丈夫。

「な、七音…?」

耳を塞ぐ俺の目の前に明日が来た。

勢いのまま抱きしめる、涙が溢れてくる。

「きゃっ!」

「ほなみ!穂波…!!!」

明日はそのまま倒され、尻餅をつく。

「な、七音…?どうしたの?

なんかあったの?

なんで泣いてるの…?」

明日は心配して、俺の背中を撫でる。

「穂波、穂波…

俺、コウちゃんが、変わっちゃって…どうしたらいいか分かんなくて…

………………穂波?」

明日は顔を顰めたまま、こちらを見ている。

変なことを言っている自覚はある、まだエンドも迎えてないのに、主人公が変わるはずがない。

「ねぇ、()()

ひゅっと息を飲み込む。

「穂波って、誰なのかな…?」

「いや、いやいやいや…!!!!

たか、高岡!!!高岡穂波…!!!

俺のおさな、なじみで…

幼馴染で…」

あれ、でも、(七音)の幼馴染は…、コウちゃん、で……。

あれ。

俺って。

俺の、本当の。

名前。

なまえ。

なんだっけ。

涙で前が見えない。

先ほどまでいた明日が見えない。

先ほどいた地面がないような感覚。

自分の心音しか、聞こえない。

それすら、遠くなっていく。

「うん」

返事をする。

なにか問われたわけでもないのに。

「うん」

返事をする。

相手から返事は来ないのに。

「…うん」

返事をする。

相手なんて。

最初から。

「いなかったのに♡」

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