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想刻師のいる辺境で  作者: 七宮叶歌
第1章 捨てられた聖女

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2/8

捨てられた聖女2

「それ、触らないほうがいいよ。ルーナスに叱られちゃう」


 オーレはとことこと私のところへやってきて、にこっと笑う。


“ルーナス、早く帰ってきてー”


「あの……」


「何ー?」


 先ほどからオーレが言っている、ルーナスについて知りたくなった。オーレが不思議そうに首を傾げていると、外の方から声が聞こえてきたのだ。


“はぁ……疲れた……”


 気怠そうな男性の声だ。この声の主がルーナスだろうか。

 間を置かず、玄関のドアが開かれる。現れたのは、癖のある茶髪に緑の瞳の青年――目が合うと、その人は僅かに目を開いた。


“ん……? 綺麗な人……誰?”


 その声からは、棘も嫌味も感じられない。整った顔立ちなのに、あまりにも表情や心も素朴だ。私の中の時が止まってしまったかのように思えた。

 オーレは青年の元へ駆けていき、その裾を掴む。


「オーレ、この人は?」


「あっ、名前を聞いてなかったー。お姉ちゃん、お名前は?」


 警戒心がないわけではない。一度、唇を引き締め、静かに口を開いた。


「……ソレイユ、です」


「ソレイユ……」


“太陽、か。名前も綺麗だな”


 屈託のない青年の笑みに、頬の温度が僅かに上がる。


「貴方は……?」


「俺はルーナスです。ここの家主の」


「あのね? ルーナスはこの町の英雄なんだよ!」


 オーレは矢継ぎ早に言い、温かい光のように笑う。この優しい心の声の持ち主が英雄――。

 しかし、ルーナスは困り顔になってしまった。


“英雄は嫌なんだよなぁ”


「オーレ、それは言うなって言っただろ?」


「だってー。本当のことだもん」


 オーレはぷくっと頬を膨らませる。ルーナスは苦笑いをすると、片手をテーブルの方へと指した。


「とりあえず、座りませんか?」


「は、はい……」


 四人がけの古びた木製のテーブルに着き、膝の上で手を握った。緊張で手には汗も滲んでいる。ルーナスは隣に座るオーレの頭を優しく撫でた。一拍置いて私に視線を向け、優しく目を細める。


「今日はどうされる予定だったんですか?」


「予定……」


 私にはそんなものはない。目を伏せて、どうしたものかと思案してみる。


“聞かない方がよかったかな?”


「……そんなことありません」


 ルーナスの心の声に、あろうことか反応してしまった。どうしよう。焦って顔を上げると、目を丸くするルーナスの姿があった。


“俺の心の声が……聞こえた?”


「い、いえ……申し訳ありません」


“そんなわけ、ないか”


 どうやら、上手く誤魔化せたらしい。ルーナスの顔には微笑みが戻っていった。


「行くところはあるんですか?」


「……ありません」


「うーん」


 ルーナスは唸り声を上げたまま、腕を組む。そして、決心を固める。


“この人の目は、あの時のオーレの目と同じだ”


 オーレと同じ目とは、どういうことだろう。疑問を口にする間もなく、ルーナスはにこっと笑った。


「行く場所が決まるまで、ここに泊まりませんか?」


「えっ?」


「町の宿は高額ですし。家事をしてくださるのなら、俺は構いません」


 その申し出はありがたい。でも、私なんかが居座っていいのだろうか。


「私は……」


 心の声を読めることを伝えた方がいいだろうか。迷いに迷っていると、ルーナスは立ち上がる。私のトランクを抱えると、一室のドアを開いた。


「ここを使ってください。空き部屋だったんです」


 私もそろそろと立ち上がり、部屋に近付いてみる。煤けた窓から入る日差しが、部屋に舞う埃を浮き上がらせる。ベッドにタンス、テーブルと椅子、それに鏡――不安げに揺れる金の瞳は私を見詰め返す。


「本当にいいんですか?」


「いいから言っているんですよ」


「あの……」


 心の声が聞こえることは、絶対に秘密にしない方がいい。夢を見た後で追い出される方がつらい。

 オーレには聞かせたくない。それとなくドアを閉め、ルーナスと二人きりの空間に身を置く。


“どうしたんだろう”


「……今、『どうしたんだろう』って思いましたよね?」


「えっ?」


 ルーナスはトランクを落としそうになりながら、口をぽかんと開く。


「私は……そういう厄介な人間なんです」


“やっぱり……”


 ルーナスは唇を噛み締める。

 やはり、追い出されるのだろう。ルーナスからトランクを奪おうとすると、彼は渡すまいとトランクを自身の後ろへと持っていく。


「出ていくんですか?」


「だって、迷惑じゃ……」


 私が口を噤むと、ルーナスは首を横に振った。


「つらかった……ですよね。人の心なんて、好き好んで聞きたいものじゃないですし」


 私のことを理解しようとしてくれているのだろうか。予想外の展開に、ルーナスの瞳を見詰めてしまった。


「……余計に貴女をここから出したくなくなりました」


 ルーナスはトランクを部屋の隅に置き、にこりと微笑む。


「自由に使ってください」


 それ以上、ルーナスは何も言わない。ドアを開け、静かに部屋を出ていってしまった。


“……俺が気軽に、彼女の傷に触れない方がいい”


 ルーナスの表情も、この言葉の意図も分からない。でも、確かに私の心を考えてくれている。それだけは伝わってくる。

 この国の教会に私の能力が知られてしまえば、もしかするとまた聖女として祀り上げられるかもしれない。ルーナスは黙っていてくれるだろうか。言ってしまった後で心臓は激しく鼓動する。

 ここにいる未来が怖いはずなのに、涙が出そうなほど胸が解けていくのだ。この感情に、きっと嘘はない。ここにいたいと強く願ってしまった。

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