動機の存在
「工場内で『人為的』に行われた可能性を除くと、悪意によるもの。インフルエンサーによる、『未来製菓』さんへの評判を落とす目的」
奥寺が、工藤の話をタブレット端末に入力している。
「工場内には、監視カメラが無数に設置されていますよね。もし人為的に行われたなら、あるいは偶発的な事故だったとしても、特定は可能なのではないでしょうか」
福寿が続けた。
「それに関しては、あのインフルエンサーが買った製品がいつの物か判明すれば、より特定しやすいのですが…現在は監視カメラ映像を三ヶ月前まで遡って確認済みですが、異常はありませんでした」
佐伯が説明をした。
「個人的な感想ですが、これだけ管理をされている工場で起きうる事故ではないと思うのです。それが無理なのを、誰よりもご存じなのは皆さんであり、製造工程にいらっしゃる方々なのではないでしょうか」
工藤の意見に、三好社長が頭を下げた。
「本件は事件となれば、『偽計業務妨害』となります。ですので、このインフルエンサーの素性を調べる必要が出てきます。それともう一つ。御社の内部的な調査を、福寿にさせていただきたいのです」
工藤が言うと、福寿が後を続ける。
「『犯人探し』をするのではなく、御社内に『犯人がいない』ことを、構造的に証明したいのです」
「そんなことが…可能なのでしょうか」
俯いていた三好が顔を上げた。
「彼女は、そういう仕事をする人です」
工藤が微笑みながら言った。
翌日、再度の訪問を伝え、福寿と工藤は「未来製菓」玄関を出た。工場正門前の直売所から、親子連れが出て来る。小さな女の子は、「チョコレートキャラメル」のキャラクター「チョ子ちゃん」のぬいぐるみを抱いて、母親に手を引かれて歩いている。
福寿と工藤の前まで来ると、女の子は笑顔でその人形を見せた。
二人がしゃがんで、女の子と目線を合わせる。
「チョ子ちゃん、かわいいでしょ」
女の子は満面の笑みを浮かべた。
「買ってもらったの?良かったね」
福寿が話しかけた。
親子が去っていく後ろ姿を見送りながら、福寿は言う。
「許せないわ。この会社を貶めるための、誰かの工作なら…」
「そうね。だからこそ、あなたを呼んだのよ」
工藤がつぶやいた。
福寿は事務所に戻ると、「未来製菓」から預かった、社史のコピーに目を通した。
創業は1920年。創業者の大和田太一は栄養失調で息子を亡くす。この出来事をきっかけに、子供が安心して食べられる安全な品質と、栄養価の高いお菓子を安価に世に広めたいと一念発起し、菓子製造会社を興した。
「栄養のある安全な食べ物で、全ての子どもに大きくなって欲しい」という願いが、「未来製菓」という社名の由来でもある。
中堅規模ゆえに、何度か買収工作をされた事もあったが、社員全員でそれを阻止したという逸話も残されている。
その他、社員教育制度や福利厚生などについても、福寿は詳細に資料を読み込んだ。
アシスタントの正木がコーヒーを運んできた。
「これもどうぞ」
袋に包装されたウエハースが置かれた。「未来製菓」の製品である。
「読めば読むほど立派な会社ね。創業者の思いに共鳴するわ」
福寿がコーヒーを口に運んだ。
「『未来製菓』のお菓子は、お世話になったことがない人を探す方が、難しいんじゃないですかね」
正木がウエハースを食べながら言う。
「そうよね。特に素材の安心感から、母親によく選ばれるブランドでもあるからね」
「ったく、許せないですよ。そうやって評判下げるような真似して。でも、何のメリットがあっての事ですかね」
正木の顔が憤慨していた。
「まだ結論は出ていないからね。ただ、現時点で、私は製造工程における事故ではないと思っている、というだけ」
翌日から福寿は、製造工程に関わる数名の従業員に話を聞くことにした。聞く内容は基本的には、労務環境、勤務待遇、そして、「未来製菓」に対しての考えだった。
「秘密は必ず守ります。ぜひ正直にお聞かせください」
全員にそのように伝えた。
労務環境は、繁忙期には時間外勤務の要請はあるものの、超過分の賃金はきちんと支払われていた。交代制勤務もローテーションが確立されており、また安全衛生の面からも特段の問題は確認されなかった。
5年毎の勤続表彰や、熟年世代から若年世代への技術継承といったことも制度化されており、3年以内の離職率は1%以下だった。
「大きな不満もないのでね」
「ガツガツしてなくて、仕事しやすいから」
「子供の頃からのファンだからね」
仕事を続ける理由はそれぞれだったが、聞く限り、強い不満は聞かれなかった。少なくとも、会社に損失を与える事を考えている様な社員がいるとは思えなかった。
その晩、福寿は工藤に電話をした。
「そう、やっぱりね…紗知の言う通り『犯人は中にはいない』説は間違いなさそうね」
「聞いた限り、会社に強い不満を持っている社員はいなかったわ。隠しているようにも思えないし」
しかし、聞き取りのなかで、二人ほど気になる従業員が居た。翌日、再度時間をもらい、話を聞いた。




