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昭和の迷子

そういえば昔はデパートなどで、

「迷子のお呼び出しをいたします。○○くんという○歳くらいの男の子が…」

などという放送がよくあったが、最近は聞かない。単にデパートに行かなくなっただけかもしれないが。逆に最近よく聞くのが

「こちらは○○公報です。○○町で70歳の男性が行方不明になっています。特徴は~。」

という放送である。昭和の時代には、こういう放送は聞かなかった。うちの父親は時々お酒を飲み過ぎてべろんべろんに酔っ払って帰ってきていたので、兄妹でふざけて、

「迷子のお呼び出しをいたします。○○(父親の名前)くんという70歳くらいの男の子が…」

とか冗談で言っていたが、約40年後、その父親が本当に認知症になり、徘徊することになるとは思わなかった。(防災無線のお世話にはならなかったが。)

子どもの迷子が無くなった理由は、キッズケータイ等の普及により、いなくなってもすぐに探せる体制が出来たからであろう。ほとんどの大人が携帯電話を持っているので、たとえ迷子になっても、親の携帯電話の番号が分かれば放送を入れなくても親に電話すれば解決する。逆にお年寄りの行方不明が増えたのは、医療が発達して寿命が延びた分、認知症を発症する人が増えたのだろう。お年寄りは携帯電話を持たずに家を出て行くし、家の電話番号すら覚えていない。


そんな私も実は1度だけ、迷子になったことがある。今回は昭和の時代の迷子がどうやって解決したかをご紹介しよう。

あれは確か小学校1年か2年の頃、迷子になったのは某電気街の店内。ちょっとパソコン見てくると言い、母親に「じゃあここへ戻ってきて。」と言われ、戻ってきたら母親がいなかった。ちょっとの感覚が違ったのか、母親は別の売り場に行ってしまったようだ。そのままその場所で動かなければもっと早く解決したのかもしれないが、母親を捜し回ってしまったのが泥沼に陥らせた。

さて困った。電車を乗り継いでの家への帰り方は分かっているが、そんなことをしたら親はいつまでも電気街を探し回る。そもそも家まで帰る電車賃は持っていなかった。とすると、どこかで親と落ち合わねばならない。そこで思い出した。帰りに、妹が好きな中華料理店で夕食を食べて帰ろうと言っていたことだ。その店へ先に行って拾って貰おうと決めた。

最終的に帰るのは電車になるはずだ。帰りに使う改札口も、ほぼ特定できていた。そこでまず駅の改札口へ向かい、改札口の人に、迷子になったこと、家族の特徴を伝え、「○○という店で待っていると伝えてください。」とお願いした。今なら祖父母の家に電話してもらい、そこから携帯電話にかければ一発である。当時は改札口には必ず人がいたので、こんなこともできた。今ではほぼ無理だろう。

そのまま、目的の店に向かい、まず店員に聞いて親が来ていないことを確認。連絡が来たら「来ています」と伝えてほしいとお願いすると、店先で待ち続けた。1時間ほど待って、ようやく家族がやってきた。やはり親は探し回った末、駅員さんに「こういう子どもがいなかったですか」と聞き、伝言を聞いてやってきたのだ。

「ここへ行くって話をしていたから先に来ておいた。」

と言ったが、

「○○(私の名前)がいなくなって、のんきに夕食なんて食べていくわけないじゃん。」

と言われた。それでも帰りは電車に乗らねばならないのだから、改札口に伝言を頼んだのは正解だ。

一件落着となり、お騒がせしましたと店員さんに言って、予定通り、その店で夕食を食べた。


今では改札口に必ず人がいるとは限らないし、先に書いたように、改札口に申し出た時点で親の携帯に電話してくれて終わりだろう。そもそも店内ならすぐに防犯カメラで捜して貰えるだろうし。

令和の世の中、やっぱり迷子も減っているのだろう。

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