フィルム
最近、フィルムケースを手に入れるのが難しくなった。フィルムケースは小さくて単純な作りなのにもかかわらず、しっかり密閉されるので小物入れに便利だった。サイズが揃っているのもいい。かつては家に何個も転がっていたが、ディジタルカメラの普及によって入手困難になってしまった。
昭和の時代、写真を撮ると言ったらフィルム式カメラだった。フィルムは12枚撮り、24枚撮り、36枚撮りなどがあり、その枚数しか撮れなかった。フィルムは1本数百円したし、撮影が終わった後の現像や焼き付けにもお金がかかった。今、写真を撮るべきかどうかをかなり悩んだものだ。今のようにメモ代わりに写真が撮れるようになったのは、ディジタルカメラの普及とメディアの大容量化、低価格化が大きい。
今ではそもそも、フィルム式カメラの使い方を知らない人も多いだろう。撮影に必要なのはカメラとフィルムである。カメラの値段はピンキリ。私が高校生の頃はクレーンゲームの商品にカメラがあったから、その気になれば500円くらいでも手に入った。質は悪いし、すぐ壊れるが。
フィルムを買ってくると、まずカメラに入れる。先端はすでに感光しているので、何枚か空撮りしてから撮影が始まる。暗室で入れれば1枚目から撮れるので、高校の頃は可能な限り暗室でフィルムを入れたものだ。シャッターを押すたびに巻き上げダイヤルを回してフィルムを送る必要があり、今のようにパシャパシャ連続では撮れなかった。
規定の枚数を撮ると巻き上げダイヤルが動かなくなるので、それでそのフィルムは終わり。フィルムの残コマが無くなったら交換しなければならない。ここであと1枚撮ろうとか、次の場所で何枚撮りたいからここでは節約しようとか、いろいろ気を遣ったものだ。あと何枚撮れるか、ドキドキしたものである。何枚撮れるか分かっているんじゃないかって?実は24枚撮りと書かれていても27枚くらい撮れたし、フィルムの入れ方や最初の空撮りをどれだけしたかによって撮れる枚数は多少変わった。だから、あと何枚撮れるかは分からないのである。シャッターチャンス!!と思ったとき、巻き上げダイヤルが止まったときの悔しいこと悔しいこと。
フィルムを使い終わったら、巻き戻しクランクをくるくる回してフィルムをカートリッジ(パトローネと呼んだ)に巻き戻す。巻き戻し終わったところで裏蓋を開け、カートリッジを取り出す。巻き戻す前に裏蓋を開けてしまうと、フィルムがすべて感光してしまい写真は全てパーである。一度、フィルムの入れ方が悪かったのか、巻き戻し中にフィルムが破れてしまい、裏蓋を開けてみたらフィルムがすべて感光してしまい、最後の1枚を除いて写真が全部パーになったことがあった。「スーパーくろしお」初日の一番列車を撮影しに天王寺駅まで行ったときの写真で、その悔しさは今でも忘れられない。
取り終わったフィルムは現像所に持って行き、お金を払って現像・焼き付けをしてもらう。当時は町のあちこちに写真屋があり、現像所と証明写真の撮影をしてくれる店を兼ねていた。そこへフィルムを出して、早くて1時間、遅いと2泊3日くらい待って、初めて写真を見ることができる。そう、フィルム1本分撮り終わらないと写真は見られないのである。だから逆に、早く写真を見たいときには無駄な写真を撮ったりして、24枚撮りや36枚撮りのフィルムを使い切った。
あの写真屋さんたちは、どうなったのだろうか。平成半ば頃にいた職場では、昼食に配達弁当を頼んでいたのだが、その弁当を作っていた会社が写真館だった。社史の写真撮影などで企業を回るうち、副業として弁当販売を始め、写真を撮る人の減少とともに配達弁当の方が主力業務になっていったのである。配達に来てくれた人の本業はカメラマン。
「そのうち『○○写真館』じゃなくて『○○給食』に名前変わるんじゃないですか?」
なんてからかったら、
「冗談にならないからやめてくださいよ~。」
と言っていた。
そうやって各店、うまく生き延びたと信じたい。
フィルムの購入、現像、焼き付けと、各段階にお金がかかった。なので少しでも費用を抑えようと、高校時代、写真部に入った。写真部ならフィルムは長巻で購入するので安価だし、自分で現像・焼き付けをすればお金も時間もかからない(薬品代や印画紙代はかかるが)。ただし素人にカラーは難しく、学校で出来るのは白黒のみ。なので私の高校時代の写真は白黒が多い。
世界初の液晶画面付きのディジタルカメラ、カシオの「QV-10」が発売されたのは平成7年。大学の友だちの中にもディジタルカメラを買う人が出てきて、私も大学時代にディジタルカメラを買った。
ただ当時のディジタルカメラはまだ画素数が少なく、画質はフィルム式カメラに劣っていたし、メディアも高くて24枚程度しか撮れなかった。それでも液晶画面で撮った写真をすぐ見られることや、失敗した写真を消せるのは大きかった。またデータをパソコンに転送すればメディアはまた使える。メディアを何枚も持って行かねばならないのは長期の旅行くらいだった。
昔からの写真家にとって、この「消せる」というのは衝撃だったみたいである。
高校の写真部の同窓会で写真を撮って失敗したとき、先輩が
「あ、消しますからいいですよ。」
と言ったところ、顧問の先生が
「アホ、消せるか!!」
と言い、
「消せるんですよ」
と実際に写真を消したところ、顧問の先生が大変驚いていたのを覚えている。
そもそも一眼レフでない限り、ファインダーから見た像と実際に写る像はずれるので、失敗したかどうかすら現像してみないと分からない。構図を液晶画面を見ながら撮れる。それだけでも大きかった。
平成12年、カメラ付き携帯電話「J-SH04」が発売され、「写メール」が始まった。当時の私は「電話にカメラなんて付けて意味あるのか?」と思って、あえてカメラ無しモデルを購入した。就職とともに買った、人生最初の携帯電話である。が、旅先で携帯電話1台で写真を撮影し、リアルタイムでインターネットに投稿できる魅力にはかなわなかった。2代目からは写メール機種になった。カメラ付き携帯電話が出始めた頃は「携帯電話には半押しという概念が無いから絶対に本業のカメラにはかなわない」と言っていた人もいた。しかし何のことはない。スマートフォンの登場で、ピントを合わせたいところをタッチするだけでピントが合うようになった。気がついたら世の中、携帯電話やスマートフォンで写真を撮るのが当たり前になり、逆にコンパクトカメラを見ることはなくなった。
ディジタルカメラの普及により、「フィルム」や「現像所」を知らない人も多くなった。そのディジタルカメラもスマートフォンに押されて消えかかっている。かつてフィルムのトップシェアだった「富士フイルム」の今の主力業務は医療機器製造らしい。
「『富士フイルム』の『フイルム』って何?」
なんて言う子どもも、出てくるのかもしれない。
その子どもたちは、写真は撮ったあとに現像するものだったなんて、想像もしないのだろう。




