第六話
「ララは、致死性が非常に高い”人格混濁症”を発症しています」
「”人格混濁症”……?」
初めて聞く名前の病だ。それがダグル・ララの身元を引き受ける交渉材料になるだなんて、トイフェルはとても信じられなかった。
「主人格とは別の人格が複数発現することで心身に非常に高い負荷がかかり、最終的に心臓に異常をきたして命を落とすという進行性の致死性疾患……発見次第速やかに治療に入ることで完治を目指す病ですね」
「はい。人格混濁症の治療を過不足なく行えるのは、最高位の買取屋か最高位の医療魔法士のみ。……私は最高位の買取屋として、救える患者を見殺しにしたくはありません」
「エスペランサ師のおっしゃられることもよくわかりますが……ダグル・ララは国際犯に名を連ねる危険人物、一般人のあなたに一任するというのは難しいですね」
「なら、カルンヘラ警部補を監視にでもつけてください。あなた達のもとにいたら、彼女は間違いなく死んでしまいます。……トイフェルと同じくらいの年頃の子供ですよ?国際魔法警備局は、子供に情けをかけず殺すことを選ばれるのですか」
「ちょっとナディー、フリアー警視に対してその口の利き方は、」
「あなたは黙っていて」
口を挟もうとしたアンヘルを遮って、ナディーはじっとマクイレンを見つめた。マクイレンもじっとナディーを見つめ返す。二人の視線の間に火花が散っているような錯覚が見えて、トイフェルは助けを求めるようにアンヘルに視線を送った。アンヘルも困惑しているのか微妙な表情を浮かべている。
「……カルンヘラ警部補」
「はい」
「君、今抱えている事件はいくつありますか」
「……大きなものはダグル・ララの件を含めて2件、協力要請された細かいものを含めると6つほど担当しています」
「そうですか。そうだな……カルンヘラ警部補は本日より、ダグル・ララの件の身柄を監視する任を与えます。彼女がエスペランサ師に危害を加えないよう、しっかり見張っておきなさい」
「承知しました」
またとない好機が転がり込んできたと、アンヘルは真面目な表情の下で歓喜に震えていた。ダグル・ララを個人的な協力者に引き入れ、国際盗賊組織ダグル壊滅の糸口をつかむ。国際魔法警備局に所属する者が建てる作戦としては危ういものだし、この狙いがマクイレン、もしくは直属の上司にあたるユンゲにバレると懲戒になることは避けられない。利敵行為としてとらえられかねない行為だからだ。階級が下がればアンヘルが思い描いた計画も実行できなくなるし、何より協力を仰いでいるナディーとトイフェルに迷惑をかけかねない。
だから、警視という階級に立つマクイレンから公認をもらう形でダグル・ララを国際魔法警備局監視下の建物から連れ出せるのは僥倖以外のなにものでもなかったのである。
「エスペランサ師。あくまでも今回のダグル・ララの件はは特例である事をお忘れなく。わたくし達国際魔法警備局としても、貴重な情報を持っているであろうダグルの中枢構成員を死なせたくはありませんが、彼女が危険な国際犯ということには代わりがありませんからね」
「はい。許可をいただきありがとうございました、フリアー警視。それでは、身元を移すことをララに伝えてきますので、私は一度失礼させていただきます」
「えぇ。カルンヘラ警部補、ダグル・ララは治療のために一時釈放という措置をとります。急いで手続きの準備を」
「承知しました」
「そして……エスペランサ師のお弟子くん」
「は、はい!」
「君はエスペランサ師が戻ってくるまでここで待機していてください。私はこれから輸送課へ話をつけてきますから」
「わ、かりました!」
「それでは、失礼します。またあなたとお会いできる日を楽しみにしていますよ」
カツコツと革靴の音を響かせて、マクイレンが去っていく。トイフェルは、一人残る冷たい空気の残る部屋で大きく溜息を吐いた。
「緊張した……」
(いつからになるかわからないけど、店にダグル・ララが来る……長期滞在になるだろうし、いつ国際魔法警備局に戻れるようになるかわからないから入院用の部屋を潰すわけにはいかないよな……とりあえず、使っていない部屋を掃除してダグル・ララ用の個室として使えるように整えよう。何歳かは知らないけど、一人の時間も必要だろうから……)
店の予定を頭の中で反芻する。暫くは寿命の取り出しや移植の仕事は入っていなくて、治療を検討している依頼主のカウンセリングが続くことになっているから、人が一人増えたところで特に影響はない。
ただ、医療魔法士の資格を持っていないトイフェルが手伝えるのはここまでだ。"人格混濁症"を発症しているというダグル・ララの治療や、先んじて入っているカウンセリング業務はナディーにしか行うことができない。
「悔しいなぁ……早く大人になって、医療魔法士の資格を取りたいなぁ」
はぁ、と盛大にため息をついて、トイフェルは自身の手をじっと見つめる。
魔法士の資格を取って杖を触れるようになってから、杖タコができ始めたごつごつした手。同年齢よりは確実に大きくて、けれど成人しているアンヘルに比べたらまだまだ小さな子どもの手だ。
この手でできる師のサポートは限られている。医療魔法士の資格も、買取屋の資格も遠い場所にある。そこに近づくまでは、この状況に甘んじなければならない。
それが、トイフェルはとても悔しくて、不甲斐なく思える事だった。
――――
「おまたせ、待たせてごめんね」
「別に待ってない。自意識過剰なんじゃないの?」
強い言葉を使うララに「そうかも」なんて嘯きつつ、ナディーは彼女と向かい合う椅子に腰を下ろす。
(これで4つ目の人格……人格の切り替えがスムーズかつ、頻度が早い。進行がかなり進んでいるわね……なんとか治療を間に合わせないと)
「さっきも伝えたと思うんだけどね。ララはこれから、私達と一緒に生活することになったの。手続きが完了するまでもう少しかかると思うから、その間に好きなものとか嫌いな食べ物とか教えてくれないかしら」
「……私、本当にここから出られるの?ナディーと一緒に暮らせるの?」
「えぇ。好きにお出かけしたり連絡を取ったりすることは難しいけど、ここにいるよりは自由にすごせる筈よ」
「そっか……そっかぁ。ふふ、嬉しい」
からころと、ララは年相応に笑った。おそらく、この言動こそララの本当の姿なのだろう。この雰囲気を纏う時のララはひどく落ち着いていて、穏やかだから。
「本当の家族、とまではいかないけれど、あなたの事をたくさん甘やかさせて頂戴。うちにはトイフェル……さっき私の後ろに控えていた男の子がいたでしょう、彼も一緒に暮らしてるんだけど、あの子はすごく大人びていて子供扱いさせてくれないから。勿論、ララがオトナ扱いしてほしいっていうのなら、その通りに接させてもらうけどね」
「その時の気分で変えて。私ね、今大人でも子供でもない時期なんだよ。御父様も言ってたわ、今のララはとっても貴重な時期を生きているから、自分に素直に行きなさいって」
「そうなの」
(御父様からもらった名前がダグルと言っていたことから考えると、おそらくその正体は国際盗賊組織ダグルの頭目……そんな事を言う人が、あんな残虐な行為を許しているというの?)
何か引っかかる。少なくとも、このまま流しておいていい情報だとは、ナディーはとても思えなかった
(アンヘルに相談しよう。頭目の全体像を少しでも把握できていたら、ダグルの尻尾をつかめるかもしれない……)




