第五話
国際盗賊組織ダグル、アヴニール帝国では根無し草と呼ばれる凶悪組織の構成員の少女が収容されているのは、アンヘルを訪ねた東棟に隣接する北棟の最上階の一室だった。
東棟の柔らかい雰囲気はどこへやら。肌にまとわりついてくるような、ピリピリと張り詰めた冷たい空気に覆われていて、思わずブルリと体が震える。しっかりとした生地のローブを纏っているというのに、ここまで寒気を感じるのは異常と言えるのかもしれない。
「カルンヘラ警部補、買取屋エスペランサ師、買取屋見習い殿、お疲れ様です!」
「突然すまないね。君は部屋に入らず、ここで待機していてくれないか」
「はっ!」
「ありがとう。いくよ、二人とも」
「えぇ。見張りお疲れ様、無理を言ってごめんなさいね」
(僕、ここだと見習い殿って呼ばれるんだ……)
愛嬌を振りまく師の後ろで見張りの男に会釈をして通り過ぎる。心なしか緊張していたように感じだけれど、気のせいだろうか。
「ダグル・ララ担当のアンヘル・カルンヘラだ。入室するぞ。……って、フリアー警視!?」
「待っていたよ、カルンヘラ警部補。エスペランサ師もね。まさかエスペランサ師のお弟子くんもくるとは思ってなかったけれど」
「……初めまして、マクイレン・フリアー警視。お会いできて光栄です」
「えっと……?」
どうしよう、怒涛の展開に全くついていくことができない。
ローブの下で目を白黒させるトイフェルをおいて、アンヘルとナディー、そしてマクイレン・フリアーと呼ばれた警視階級だという男は話を進めていく。
「カルンヘラ警部補、当日の面会申請は規定違反に抵触する案件ですよ」
「申し訳ありません」
「フリアー警視、カルンヘラ警部補に処罰は与えないでください。私が先程、無理を承知でお願いしたことですから」
「えぇ、聞いていますよ。本日の件は不問にしておきますから、安心なさい」
「お気遣い、痛み入ります」
「エスペランサ師、次はないと思っていてくださいね」
「肝に銘じておきますわ」
柔らかそうな物腰のわりにちくちくと刺さる言葉が痛い。どうして普通に話せているのか、自身の師匠ながらトイフェルには全くわからなかった。
なるべく気配を消そうと努力することを決めたトイフェルは、奥に自分と同じくらいか、少し年下かくらいの少女がおとなしく座っているのを見た。
ハニーブロンドのショートボブに、支給品であろう白色のシンプルな服を纏った少女は、現在進行形で舌戦を繰り広げる大人たちを無感情に見つめている。
(あの子が、ダグル・ララ……僕と同じくらいの子が、国際的な犯罪組織の一員として動いてるなんて、信じられないな)
ダグル・ララはしばらくナディーたちを見つめているだけだったけれど、自分を見つめる視線に気がついたのだろう。つい、とトイフェルの方に視線を動かし、ほんの少しだけ、驚いたように目を見開いた。
そして、ナディーたちとトイフェルを交互に見比べる。瞬きするかしないかのわずかな間の間に、彼女はやけに芝居がかった動作で足を組んで頬杖をついていた。
「ねぇ、おじさんたち。あたしの部屋で騒がないでよ。とってもうるさい。紺色のお兄さんを見習って」
「えっ、お兄さん……?僕の事?」
この部屋に紺色を纏うのはトイフェルしかいないけれど、その呼び方はあまりにも違和感が強かった。
子供らしくないというか、無理に大人の真似をしてるように感じるというか。
直前までマクイレンと舌戦を繰り広げていたナディーも、そんなダグル・ララの様子に違和感を覚えたのか、まだ何か言いたそうなマクイレンを片手で制してダグル・ララの正面に近づいた。
「うるさくしてしまってごめんなさい、ダグル・ララ」
「ダグル・ララって呼ばないで。呼ぶならせめて、ララ・ダグルにして。ダグルは御父様から借りている名前だから、その呼び方はおかしくて嫌いなの」
「そうなの。なら、ララって呼んでも大丈夫かしら?」
「……それなら、まぁ。許せなくはないかな」
流石というべきか、少し不機嫌になりかけたダグル・ララ、もといララを得意の話術で丸め込んだナディーは、本格的に彼女と話すために備え付けの椅子に腰を落ち着けた。
「改めて自己紹介をさせてもらうわね。私はナディー・エスペランサ。この国で買取屋の仕事をしているわ。こっちの紺色のローブを着ているのは、私の弟子のトイフェル。今日、私たちは貴女と“お話し”がしたくて、少し無理を言って通してもらったのよ」
「サルウァトル……カルンヘラが言ってた、就くのが難しいって噂の、生命の禁忌に触れられる人?嘘、全然見えない。だってあなた、あたしと同じくらいじゃない」
「良く言われるわ。でも私、一応貴女の担当者のカルンヘラ警部補とは高等教育学校の同期で、貴女よりずぅっと年上なのよ」
「ナディーは嘘が上手だね。カルンヘラと同期だとしたら、20代の後半でしょう?紺色のお兄さん……トイフェルだっけ?その人ですらそんなに年齢高くなさそうなのに」
ちらり、と、ララはトイフェルに視線を戻した。視界の端でフードを脱ぐようにナディーがジェスチャーをしているのを確認して、トイフェルは深く被っていたフードを取り払った。
「多分ララと同じくらいか、少し年上くらいじゃないかな。ララ、貴女は今何歳?」
「14歳だけど」
「ほとんど同い年ね。あの子は15歳になったから」
「……それが本当だとしたら、師弟揃って見た目サバよみしすぎじゃない?」
(僕が老けて見えるってことなのかな、それは……)
なんだかとても複雑だ。大人っぽく見られるのはいつもならとても嬉しいことなのに、ほとんど同い年の少女に言われてしまうとなんだか悲しくなってしまう。
「まぁ、その人がサバを読んでようが読んでなかろうが、あたしには関係ないけど。だって、サルウァトルのナディーが来たってことは、あたし、寿命抜かれるんでしょ?」
「貴女の寿命はまだ抜かないわ。というか、今はまだ貴女の処遇を決めかねている段階だから、何も出来ないの」
「何それ、どういう意味?」
「私にも詳しく聞かせてもらえないかな、エスペランサ師」
「えぇ。構いませんよ。でも、その前にもう少しだけ、ララと話をさせてください。……できれば、二人きりで」
ナディーから入っていいと言われるまで、ララがいる部屋に入ってはならない。一見無謀なお願いだったけれど、マクイレンは素直にこれを受け入れた。
「上官である私に黙ってことを進めていた件については、後日面談をさせてもらいますよ、カルンヘラ警部補。よろしいですね?」
「はい。規範を破り、勝手に行動したこと。申し訳ございません、フリアー警視」
「謝罪は、面談の時にきかせてもらうから、今は気にしなくてもいいよ。……ところで、エスペランサ師のお弟子くん」
相変わらず、急に話を振られて、トイフェルはピシリと固まった。
“約束”のこともあるし、どう返答していいかわからない。
顔見知りのアンヘルに助けを求めるような視線を向ければ、彼は大丈夫だというように、1つ頷きを返してくれた。
声が詰まりつつも返答を返したトイフェルに、ほんの少しだけ優しい顔を見せたマクイレンは、しかし次の瞬間にはその顔を隠して、トイフェルに向けて質問を投げかけた。
「君は、いつからエスペランサ師に師事しているのかな。買取屋の弟子になるにはそれなりに手順を踏まなければならないのだけど、君は、そういう面倒なことはしていないのだろう?」
「えっと、それは……」
半人前の、世間知らずなトイフェルが答えて良いのか分かりかねる質問だった。再度言葉に詰まったトイフェルを、マクイレンは逃さないとでも言いたげな視線でじっと見ている。
「フリアー警視。この子の事は、以前報告書でお伝えしたはずです。彼は見た目こそ大人に近しいけれど、実年齢はまだまだ子供。この子が買取屋の見習いになった経緯については、ダグル・ララと話をつけ終わったナディー本人に聞いてください。彼だけでは、フリアー警視が満足する解答を返すことはできないでしょうから」
「随分、このお弟子くんを庇うものだね。何か、彼に思い入れでもあるのかな?」
嫌味も含んだマクイレンの言葉に臆する事なく、アンヘルもまたニヒルな笑みを浮かべて言った。
「それはもちろん。何せ、ワタシは彼がナディーのところにきた初期の頃から知っています。親戚の子供のような……そんな子が上官にイジメられそうになっているのなら、庇ってやるのが大人の務め。違いますか?」
「……ふっ、ハハハハハハ!貴方も随分と、私に大口を叩くようになりましたねぇ。いいでしょう、直接聞くのはやめておきます。よい大人が近くにいて、貴方も恵まれていますね」
「あ、ハハハ、ありがとうございます……?」
「お待たせしました……って、何この空気」
きぃ、と部屋から出てきたナディーは、三人の間に漂う異様な空気を瞬時に察して、微妙な顔になる。この緊張感溢れる空気を作った張本人であるマクイレンは、特に気にすることなく言葉を返した。
「おや、もう終わられたのですか、随分早かったですねぇ、エスペランサ師」
「えぇ、まぁ。話すことは事前に纏めていましたから。それよりなんですか、私の弟子が随分落ち込んでいるようですけど」
「あぁ、いえ。少し難しい質問をしてしまいましてね。ダグル・ララの件が落ち着いたら、エスペランサ師に直接お伺いさせていただきます」
「なんだか含みのある言い方なことで……まぁいいですけど」
はぁ、とひとつ大きなため息をついたナディーは、部屋に残るララへ声をかけて、完全に廊下へと出てきた。
「話がまとまりました。フリアー警視、ダグル・ララの身柄はこのわたくし、ナディー・エスペランサに預からせてください」
「……一体、ダグル・ララとどう話したらそんな話に飛躍したのか。詳しく聞かせてもらえるかな」
「えぇ、もちろんです」




