第十四話
シャイナの言葉を呑み込むのに、少し時間がかかった。皇帝は、寿命を移植される側だ。買い取る事など、想定されてすらいないし、もし受けてしまえば皇帝を害した者として捕まりかねない。
(一体、シャイナ陛下は何を考えていらっしゃるんだ……?)
シャイナの意図が汲み取れないまま、トイフェルはチラリと隣にいるナディーを盗み見た。ナディーも何を言われたのか理解し難いようで、驚いた表情を浮かべたまま皇帝を見つめていた。
「……申し訳ございません、陛下。陛下の命令を買い取る事は、難しい事でございますので、辞退させてくださいませ」
「ふふ、そう言われると思っていたよ」
「え?」
シャイナは、何が面白いのかクスクスと笑う。そして、2人を誘うように手を動かすと、ゆったりとした動作で立ち上がった。
「買取屋が皇帝の寿命を買い取れない事は知っていた。けれど、どうしても頼みたくてね。この先は混み入った話になる。場所を変えるから、ついて来ておくれ」
ー◇ー
シャイナの手引で移動した部屋は、こじんまりとした落ち着いた場所だった。他の場所を【公】とするならこちらは【私】とよべるかもしれない。
「そこに座って。長い話を聞いてもらうんだ、堅くならなくても良い」
「……では、失礼いたします」
「し、失礼いたします」
座るようにと指し示されたソファは、ふかふかでとても座り心地が良いものだった。ナディーの店にあるものだって上品だけれど、格の違いが素人からしてもはっきり分かる。皇族が用達ともなれば、あたり前の事かもしれないけれど。
「それで、陛下……どうして、寿命を買い取って欲しいなどと仰られたのですか。この世界で最も大きな国の長である陛下が、どうしてそのようなことを口にされたのか、私は不思議でなりません」
「……先帝が弱っていく姿を、君も見た事があるだろう。私はあそこまで弱って尚、生きなくてはならない未来に絶望してしまったんだ」
そこまで話して、シャイナはふと目を伏せた。迷いの光をその目に湛え、続きの言葉を口にするかどうか迷っているかのようだった。
「……歴史の話をしよう。なぜ、アヴニールの皇帝が長命でならないのか。その理由を聞いて欲しい」
――――
アヴニールの皇族は、まだ世界が区分けされていなかった頃から、人類の長を務めていたとされている。我が祖先オラヴィは、その立場を永遠のものにする為に、買取屋の祖に何度も延命を願い叶えてもらっていたのだそうだ。
けれど、人間は欲深い。オラヴィが頼った買取屋の祖の元には、次から次へと延命を望む者が訪れた。心優しい買取屋の祖はその全てにこたえていたけれど、やがて心身が保たなくなり、早逝したとされている。
だが、買取屋の祖が亡くなった原因は心身の摩耗ではなかった。買取屋の祖は、自身の寿命を削って、人々に延命手術を行っていたんだ。オラヴィはその事実に酷く怒り、買取屋の祖に延命を願った人々の命を奪ってしまった。そして、買取屋の祖が育てていた子供を呼び出し、買取屋の祖が操った秘術を全て教えろと迫ったんだ。
二度と、人間が欲をかいて一人の人間の寿命を寄ってたかって喰い尽くす事がないようにと。それを防ぐために、買取屋の祖の技術を、適正ある人間に学ばせたいからと。
子供はオラヴィの命令を呑み、彼を養育していた買取屋の祖が確立した技を全て紙面に書き起こした。紙面が完成するまで、20年を要したと伝えられている。買取屋の祖の弟子は、その紙面をオラヴィに渡す際、1つの条件をつけた。「この技術を活用しても、身体のもつ限り、長がこれを守ってくれ」と。
オラヴィはその条件をのみ、新たな規律を作った。そして、より多くの寿命をあつめる為に、自死を禁じてしまったのだ。
時が経ち、数多の国が生まれ、世界が分断されてからも、この禁は共通のものとして受け継がれることになる。買取屋の技術と共にね。
オラヴィは、買取屋の祖の弟子が出した条件通り、寿命移随を繰り返し、長く生きた。正確な年齢は伝えられていないが、100歳代も折り返したなる年齢まで生き抜いたとされている。
オラヴィが寿命移随を繰り返すようになってしばらくした頃に、この国……アヴニール帝国の礎が築かれたというから、アヴニール皇帝は寿命移随をくり返し、長く皇位に留まる伝統が残ったのだろうね。本来の目的であった、買取屋の祖の技術を記した書面を守るという大義を失ったにも関わらず……
――――
「……何か質問はあるかい。教育校で教えられる建国記には記されていない、この国の礎の話だ。疑問に思う点もあるのではないかな」
「歴史に関しては、特に。けれど、そのお話を聞かせていただいた上でも、やはり疑問は残っております。どうして、陛下が寿命の移植ではなく、買い取りを……取り出しを願われたのかが、全くわかりませんでした」
ナディーは特に迷うこともなくそう答えた。君は?と問いかけられ、トイフェルは自分は特にという意思を示すために首を横に振る。
「そうかい。建国記だけでは、確かに少し説明不足かもしれないな。なら、もう少し話させてもらおうか。歴史の話ではなく、私の親族の話になってしまうのだけれど……」
――――
私は、先帝エンティの直系血筋に末子として生まれました。兄や姉とは年齢が離れていて、傍系一位のトエル家の末子、ホルファが最も年齢の近い親戚と言えるでしょう。近いと言っても、ホルファは4歳年下なのですが。
年齢が近い皇族というのは、直系であろうと傍系であろうと関係なく仲が良いものでした。実際、私とホルファは仲が良かったといえました。5年前、先帝が寿命移植手術を受けて尚、長くはもたないと知らされるまでは。
ホルファは昔から、己が皇帝になりたいと望む子でしたから、先帝の死期が近づくにつれ、年が近い年上の皇族を邪魔な者と感じ、疎んじるようになってしまったのです。皇帝に選ばれるのは、その時の成人皇族の中で最も若い皇子ですから。
先帝が亡くなる時期があと2年遅ければ、私が座る玉座にいるのはホルファだったのです。それを、あの子も分かっているのでしょう。ホルファは私と顔を合わせるたびに、心底邪魔だといった表情を浮かべますから。
皇帝になりたいホルファとは反対に、私は皇帝になどなりたくはなかったのです。
……驚きましたか?皇帝に選ばれたら、通常ではありえないほど長い期間を生きることができる上、この大きな国を掌握することができるのに、と。
私も、幼い頃はそう思っていました。先帝は慈悲深く優しいお方でしたから、先帝のようになりたいと考えていたんです。
因果は巡るとよく言ったもので、我ら皇族は非常に短命な一族なのですが、ご存じでしたか?……あぁ、良かった。知られていたらどうしようかと思いましたよ。
アヴニール帝国の皇族は、我が祖オラヴィが買取屋の祖の弟子に買取屋の技を紙面に記すように命じたころから、明確に短命となっていったそうです。禁忌に手を染めたからだと言い伝えられています。
買取屋への偏見は、この言い伝えから派生したものでしょう。それを、先帝がより強化してしまったことで、いまやアヴニール帝国で新規に買取屋の資格を取得する者は随分と減ってしまいました。他国よりも腕のいい買取屋が多いことが強みであったのに、既にそれも廃れ始めている。
……まぁ、これは建前です。あなた方に他責をして責任から逃れるつもりはありません。
私はね、そもそも長生きしたくなくなってしまったんです。他ならぬ先帝の姿を、ずっと見てきましたから。
寿命を移植することで肉体の限界まで生き続けなければならない。思う様に身体も動かぬまま、ただ生かされる日々が晩年は続くことになります。あれほど聡明であられた先帝すらそうだったのです、もとより身体の弱い私が耐えられるはずがありません。
ですから、あなたに頼むのです。
私から寿命を買い取ってくれと。ホルファが成人してすぐの時期に、皇帝位を攘夷できるように。
――――
シャイナから理由を聞き終わってすぐ。ナディーの肩がフルフルと震え始めた。彼女の、怒りを限界まで抑え込んだ時の癖だ。滅多にみることがないけれど、この先で爆発してしまえば、ナディーは抱いている感情のすべてをぶちまけてしまう。普段であれば問題ないが、今は問題しか発生しない。目の前にいるのは、来月即位するこの国の長だ。この部屋にはトイフェルとナディー、シャイナの3人しかいないけれど、どこで聞き耳をたてられているかわからない。依頼を断る以上に、部が悪くなってしまうことは確実だった。
「ナディーさん、大丈夫ですか?」
「……えぇ、大丈夫よ。陛下があまりにも猪突猛進な性格だったから、少し昔の事を思い出しただけ」
「昔のこと、ですか?」
「猪突猛進に突っ走って、禁忌に手を染めた同級生がいたの。私は当時すでに師匠に弟子入りしていてそれなりに知識があったから対処に当たらされて……結局、救えなかった。あんなの、もう二度と経験したくなかったのに」
ナディーはふうーっと深く呼吸を繰り返している。そんな様子を、シャイナは微笑みをたたえた顔で見つめるだけだ。こそこそと話す師弟を咎める気はないのだろう。内心で、トイフェルもため息を吐いた。
ナディーの過去は良く知らないが、師は自らの過去を話したがらない。高等教育学校の同期であったというアンヘルに強請れば少しだけ聞くこともできるが、それだってごくわずかだ。
だから、トイフェルはこれ以上ナディーを宥めることはできない。これ以上深く踏み込めば、ナディーの爆発を誘発させてしまうだけだからだ。
シャイナがこちらを罰するような雰囲気がないことだけが幸いだが、それもいつ覆るか分からない。高貴な身分の人間の考えることは、よくわからないから。
「気を悪くさせてしまったのなら申し訳ない。ただね、ナディー。これだけは覚えておいてほしい。いくら皇帝と崇められようと、私とて人間なのだ。禁忌とされている自死を選びたくなる時もある。だから、私を否定せず、話を聞いてくれないかい。あなたは、腕のよい買取屋。カウンセリングの腕の一流だという報告も聞いている。私のことも、いつかは助けてほしいのだ」
先ほどまでの柔らかな口調はどこへやら。
次期皇帝シャイナ・ル・アヴニールは、荘厳な皇帝の空気と口調で、ナディーへ語りかけたのだった。




