第十三話
第十三話
アヴニール帝国の皇帝が新たにたてられた。
現皇族の成人男性の中で最も若い、シャイナ・ル・アヴニール。先帝シャティ・エンティード・アヴニールの直系筋にあたるという成人皇族だ。
アヴニール帝国の皇帝は、買取屋が保管する寿命を優先的に移植する事で治世は長く保っている。先帝エンティは歴代皇帝の中でも特に長生きした皇帝で、25歳で即位してから120歳で没するまで、約95年の在位をほこった。
115歳でうけたエンティ陛下最期の寿命移植手術を担当したのは、当時最高位になったばかりのナディーであったと記憶している。5年前のトイフェルはまだ10歳で、ぎりぎり初等教育学校に通っていた時期だ。そういえば、トイフェルが学校へ行く事を話し始めたのは、丁度この頃だったはずだ。
2回目の着用となるローブのフードを引っ張り顔を隠しながら、トイフェルはとりとめもなく想い出の中に沈んでいた。そうでもしていないと、緊張でどうにかなってしまいそうだったから。
ナディーが新皇帝シャイナに城へ参内するよう命じられた日から、1週間が経っていた。ララは念のため店に置いて来ている。
徐々に更生を始めているとはいえ、元々国際盗賊組織の一員だったララを城へ行かせる訳にはいかないらしい。ナディーは、1人での留守番をこなす事も立派な治療だと言っていたけれど、それがはったりなのか本当なのかは、トイフェルには分からないままだ。
「トイフェル、大丈夫?ずっと黙り込んでいるけれど、酔いでもした?」
「大丈夫です、酔ってもいません。ただ、緊張してしまって……何というか、こう、現実逃避をしていました」
「へぇ、そう。まぁ、下手に体調を崩すよりよほど良いわ。城への参内って普通に生きていたら確実に縁がないイベントだし」
「ナディーさんも緊張されるんですか?」
「当たり前よ。私だって、城への参内は始めてだしね」
茶目気たっぷりにナディーは答えるが、トイフェルはその整合性を取れずにいた。彼女は一度、先帝エンティの手術の為に城へと上がった経験がある筈だから。師匠にその矛盾を指摘するのもはばかられて、トイフェルの表情はせわしなく変化する。そんな弟子の心中を読んだかのようにつ、ナディーはクスリと笑った。
「寿命を好き勝手できる買取屋を、先帝陛下は城に入れたがらなくてね。手術は、城の外に建てられていた離宮で行われていたの。寿命移植の後は何度か経過診察をしないといけないけど、陛下はそれも拒否されたわ。適切な治療を受けられていたら、多分もう少しは生きられたんじゃないかしら」
「……陛下ですら、買取屋を忌避されていたんですね」
「皇帝の思想は民の思想。先帝陛下の治世で、買取屋の地位は著しく下がったんじゃないかしら?そうでないと、買取屋がセーフティーネットの1つに数えられている事に説明がつかないもの」
「確かに……。皇帝は、アヴニール帝国で最も長く生きられる御方ですから、先帝陛下によってどんな変化があったのかは、誰も分からないですからね」
トイフェルは、以前に国際魔法警備局アヴニール本部で抱いた疑問点への解決の糸口に、納得とほんの新たな疑問を抱いた。
「……どうして先帝は、買取屋の社会的地位を落としたのに、セーフティネットからは外さなかったんでしょうか。完全に亡くしてしまった方が、ストレスもうんと減ったでしょうに」
「買取屋はアヴニール帝国だけでなく、各国共通のセーフティだもの。いくらアヴニール帝国が大きな国でも、その足並みを乱すことは出来ないわ。それに、皇帝の長きに渡る在位は、買取屋なしには、なしえない。先帝陛下は欲の強いお方であったと私の師匠は言っていたし、まぁ……死にたくはなかったんじゃないかしら」
――今となっては分からない事だけれど。
そう言った後、ナディーは何かを考え込むかのように、ぐっと黙り込んでしまった。あいかわらず若く見える師匠の顔を何とはなしに見つめ、トイフェルは馬車の外から見える城へ視線をうつした。白亜の城は、アヴニール帝国の象徴であり、買取屋の没落をもたらした本山だ。
まだ見習いながらも、トイフェルの腹には既に覚悟がある。ナディーを名指しで呼び出した新皇帝『シャイナル・アヴニール』が、師匠や自分の未来を決めるのならば、不偶改善の為に許されずとも物申してやると、トイフェルは改めて思い直した。
ー◇ー
皇帝から直接呼び出された事もあり、ナディーとトイフェルの乗った馬車は止められる事もなく正門をくぐった。外から見た時の印象を覆す程、アヴニール城の内部は武骨なつくりをしている。
あの白亜はどこへ行ったのかと問いたくなる程、内部の色は灰色だった。石造りだから、にしても武骨すぎる。色替えの魔法など禁術でも何でもないのだから、定期的に塗れば良いのに。
「馬車が許可されているのはここまでです。皇帝陛下の元へは、徒歩でご移動下さい」
「ええ、分かっているわ。案内して下さる?私達、城に入るのは初めてなの」
「俺が?」
衛兵が心底嫌そうな顔をする。お前もか、とトイフェルは嫌味を言ってやりたくなったけれど、ナディーとの『約束』があるのでぐっとこらえた。蔑視感情を持つ相手に何を言っても仕様がないのだと言い聞かせる。後ろで百面相をしている弟子を放って、ナディーはにこやかに衛兵と対峙していた。
「どうして渋るの?衛兵なら、皇城の敷地内を一般人に歩かれるのは避けるべきと考える筈だけれど」
「買取屋になど、近寄りたくないんだよ。俺の寿命まで取られちまったらと思うと恐ろしくてかなわない」
「その買取屋をこの城に招いたのは、他ならぬアヴニール次期皇帝よ。それとも……こんな狙われやすい広場に、陛下がいらっしゃるのかしら。皇帝は民を見通す目をもつお方。あなたの恐怖心もきっとお分かりになられて、出てこられるかもしれないわね」
(煽るなぁ、ナディーさん……)
衛兵の恐怖心は、買取屋に付けられた間違った印象からくるものだ。職に従じる者からしてみれば、許し難い悪評である。けれどナディーは、その悪評を利用して衛兵を焚き付けて見せたのだ。
強かと言われればそれまでだけれど、ナディーの行動は結果として衛兵を守っているということに、ナディーと対峙している衛兵は気が付いているのだろうか。
(ナディーさんは、来月即位されるシャイナ陛下が直々に呼び寄せた客人の立場。買取屋といえど、その立場は変わることがない。陛下の客人を足止めして、さらに頼まれた案内まで放棄したとなれば……命までは取られないだろうけど、昇進のチャンスはもう巡ってこないだろうな)
「あー、分かった。なら、案内させるとしよう。ゲナ!こっちへ来い!」
「はぁい」
衛兵はがりがりと頭を搔いて、部下であろう人物の名を呼んだ。ついで、少し高めの声と共に、トイフェルよりも幼い少年が現れた。
「えぇっと……小隊長、ぼくは何をすればいいですか?」
「この者たちを、希望の場所に案内してくれ」
「分かりました!えっと……」
「ナディー・エスペランサよ。こっちは、私の弟子のトイフェル。次期皇帝陛下に呼ばれて参内したの。陛下がいらっしゃる場所まで案内してくださらない?」
「成程、分かりました!陛下への謁見でしたら、中央塔になりますね。こちらへどうぞ!ぼくについてきてください!」
(この子、すごい……)
顔立ちからしても、ゲナと呼ばれた少年はアヴニール帝国の出身ではないはず。何か事情があって衛兵隊にいるのだとしても、異国の地で、トイフェルよりも若い年齢で、ここまで素早く状況を飲み込み、行動に移すことができるだなんて。
15歳で、学校に通わずナディーに様々なことを教わる立場のトイフェルからは、ゲナと呼ばれた少年の姿がひどくまぶしく見えたのだった。
――――
「待っていましたよ。昼を過ぎてしまうかと思いましたが、どうやら間に合われたようですね」
柔らかい光の満ちる部屋に通された瞬間かけられた声に、トイフェルは思わず俯かせていた視線を上げた。
数段高くなっている部屋の中央には、小ぶりだが立派な玉座がおかれている。そこに座る男性は、トイフェルが普段見慣れている成人男性より、ずっと若く見える風貌をしていた。もしかしたら、トイフェルの方が年rネイが近いのかもしれない。……来月、アヴニール帝国の皇帝に即位するシャイナ・ル・アヴニールは、それくらい若い容姿をした男性だった。
「招呼をうけ、参上いたしました。呼び出された身でありながら、お待たせしてしまい大変申し訳ございません、陛下」
「かまいませんよ。むしろ、突然の呼び出しにも関わらず、ここまで足を運んでくださったことに感謝いたします。最高位の買取屋、ナディー。後ろにいるのは、君のお弟子さんかな?」
突然シャイナから水を向けられて、トイフェルは慌てて礼の姿勢をとった。そんなトイフェルの様子を見て、シャイナはクスクスと笑う。とにかく先に挨拶を、と口を開こうとしたトイフェルを、ナディーは片手だけで制し、再度礼の姿勢をとった。
「こちらは、数年前より買取屋を目指し鍛え始めた弟子でございます。つい最近、店の外に出るようになりましたので、同伴させた次第にございます」
「そうなのですか。まだお若いのに弟子がおられるとは、ほんとうに優秀な買取屋なのですね」
「これでも、歴代最年少で最高位を拝命しておりますので」
「ふふ、聞いているよ。先帝も、その噂を聞いて君を寿命移植手術の執刀者に選んだのだと父が言っていたな。それに、その事を聞いていなければ、私は君をこうして呼び寄せてはいない」
「と、おっしゃいますと?」
「最高位の買取屋ナディー・エスペランサ。君への正式な依頼だ。私の寿命を買い取って欲しい」




