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第十二話

「……驚いたな。ダグルの目的や思想は、これまでの捜査で全く解明できなかったことだ。まさか、こんなところで知ることになるとは……」

「御父様の事を話してはならない、私達の掟よ。末端の子供たちにも叩き込まれることだから、今まで知ることがなかったのも当たり前かもね」

「なるほどな。想定してはいたが、やはりダグルは並の組織より結束力が段違いのようだ」


 ララの証言を、ユンゲは信頼することにしたらしい。彼に後ろに控えたアンヘルは、こっそり安堵の息を吐いた。

 ユンゲは、国際魔法警備局の中でも指折りの“ダグル嫌い”だ。ダグルの一員であるというだけで、激しい怒りと拒絶を見せていた上司は、例に漏れずララのことも嫌っている。彼女が嘘を言っていないことは以前ララとイリーナとの間に起きた暴力未遂事件を解決した際の真贋鑑定魔法で立証済みだけれど、未遂事件そのものを報告しないと決めた時点で、真贋鑑定魔法の結果を秘匿することもまた決まってしまったことだったから、アンヘルからユンゲを納得させる説明は殆ど不可能に近かった。


 (ララが賢い子どもで助かった。それに、状況も味方してくれている。人格混濁症の治療中であることはゴルバトン警部も承知の上。人格混濁症の治療中、己を偽ることは基本推奨されていない。3か月ナディーのもとで治療していた実績もあって信じてもらえたところはあるんだろうな)

 

「それにしても、いいのか。俺たちにそんな秘匿された情報を話しても」

「確かにそうですね。ララの話を聞く限り、根ざし草(ダグル)の内情を外部の人間に話すことは禁忌にも近い行為のはず。もしこの事が根ざし草(ダグル)側にバレたら、仲間であるララにも矛先を向けかねないんじゃないの」


 ユンゲの言葉に同意だと言わんばかりに、トイフェルはララに重ねて問うた。店に入る直前に漏れ聞こえていたトイフェルとララの声は、最早兄妹のようだった。歳がさほど変わらないとはいえ、トイフェルにとってララは既に妹のような存在になっているはず。彼女の命が脅かされかねない状況は、トイフェルにとっても我慢し難いのだろう。そんな彼の心情を知ってか知らずか、ララは逡巡の後に口を開いた。

 

「……ナディーがね、治療中に教えてくれたの。私が御父様のもとで行った行為は、一般的に見れば悪いことだって。記憶もなく、路頭に迷っていたところを助け育ててくださった御父様が犯罪行為を私たちに課していた事は知りたくなかったけれど、間違っているのなら正さなければならないと思ったの。その為なら、私は協力を惜しまないわ。それが、私の命を助けてくれたナディーに対する恩返しの一つになるとおもったから」

「……そうか」

「ずいぶんと買い被られたものね。信頼されることに悪い気はしないけれど、私は私がやるべきことをやっただけよ」


 恩返し、という言葉が引っかかったのだろう。ララの横に座ったナディーは、若干面倒そうな顔をしてララに釘を差した。

 それが照れ隠しであることをアンヘルはすでに把握しているが、まだ3ヶ月しか共に暮らしていないララは表情通りに受け取ってしまうのだろう。少しムッとしてナディーに突っかかろうとした所をトイフェルに止められていた。全く、可愛い子どもたちである。

 一方で、アンヘルは厳しい顔を崩さない上司が気にかかった。ユンゲは子供だからといって絆されてくれるような人間ではない。自身の思考と照らし合わせ、対応していくタイプの人間だ。アンヘル自身も、そんなユンゲの性格が分かっていないときには随分としごかれた覚えがある。

 ララを刺激するようなことは言ってくれるなよ、と思ったけれど、アンヘルの願いが叶うことは無かった。


「……お前は一つ、重大な問題点を見落としているようだ」

「どういうこと?」

「お前が犯してきた罪は、ナディー・エスペランサがお前の命を助けたことに対する恩返し如きで雪げるものではないってことだ」

「ちょっとゴルバトン警部、今その話は……」

「黙っていろ、カルンヘラ警部補。ダグル・ララ、お前は実行犯ではないが、計画立案者だったんだろう?お前が立てた計画で被害を受けた者は、お前が捜査に協力する事で救われるわけじゃない」

「……分かってる、承知しているわ」

「話はそれだけ?今日はシジェラ地区の魔力事故についての事情聴取に来たんでしょう、別のことを聞くなら日を改めてくれない?折角病状が落ち着いて経過観察期間に入れた所なのよ、自分が持ってる憎らしさを発散するために私の患者に当たらないでくださるかしら」


 ララをユンゲから庇うように、ナディーは立ち上がった。その瞳には、普段は見られない苛烈な光が宿っている。調べ物を中断させられただけでなく、当初の予定とは違う内容でララを糾弾する姿勢が気に入らないのだろう。自身の信念から外れた行いをする相手には、どんな立場の人間でも噛み付いていくナディーらしい行為だった。しかしユンゲは国際魔法警備局の、アヴニール本部で警部の役職を遂行する人間である。買取屋(サルウァトル)としては優秀でも、武力はからっきしのナディーが叶う相手ではない。トイフェルはオロオロとしながら、師匠と警部の睨み合いを見つめていた。


「……そうだな。ダグル・ララがこれまで犯してきた行為についての聞き取りは、また後日行なおう。取り敢えず、シジェラ地区魔力事故にダグルの関与が薄いことがわかったのは収穫だった。協力感謝する。ダグル・ララ、お前が犯してきた罪は消えないが、少しずつ症状の解消と更生に向かっているのは良い事だ。もうしばらく、エスペランサの元で治療を続けるように。逃げ出したりなどすれば……分かっているな?」

「はいはい、ララが目の届かないところに行かないよう、私がきちんと見ていますのでさっさとお帰りになられてください」



 

 ――――


 ユンゲ達が去って、数時間が経った。あのあと、アンヘルが半ば押し出すようにユンゲと共に店から出ていってからというもの、ナディーの機嫌は低空飛行を続けている。

 調べ物に戻る気もなくなってしまったらしく、現在はララを手伝わせて彼女の部屋にナディーのかつての愛読書を運び込む作業に没頭しているようだった。時折ケラケラとララの笑い声が聞こえるので、それなりに楽しんではいるらしい。

 仲良くなったとはいえ、ララはまだトイフェルを部屋に入れたがらない。その為、トイフェルは書籍の移動には手を出さず、アヴニール帝国の定番おやつ作りに精を出していた。モチモチとした生地をパンと同じ要領で焼き上げ、表面にシロップを塗って染み込ませる甘いおかしは、ナディーもトイフェルも、そしてララも気に入る味をしている。身体を動かして疲れているであろう二人には、より沁みるはずだ。


 シロップを塗り、暫く放置といった段階になったところで、店の扉にかけられた鈴がリンリンと鳴らされた。宅配人が訪れた合図だ。トイフェルはシロップが入ったカップと刷毛をおいて、すぐに出ますと声を張った。


「お久しぶりです、トイフェルさん。郵便のお届けに伺いました!」


 カランカランと扉を開ければ、そこには馴染みの宅配人がニコニコとした笑みを浮かべ、足をピタリと揃えて待っていた。街外れにあるナディーの店に積極的に通いたがるのは、目の前にいる宅配人しかいないらしく、トイフェルはすっかり宅配人と顔見知りになっていた。

 

「いつもありがとうございます。でも珍しいですね、いつもは週に一回しか来られないのに」

「今日の郵便はお急ぎ便だったので、他にまとめず超特急で行ってこいとの事でした!先方様からのご指定ですので、トイフェルさんからご料金はいただきませんよ?」

「はははっ、ありがたいな。では、確かに受け取りました。……あれ?」

「ん?どうかされましたか?」

「あ、えっと……これ、『皇帝の紋』ですよね?どうしてうちに届いたんだろう、って」

「どれどれ?……本当だ!あ、一旦住所確認しますね。えーと……うん、住所は間違いなくここを示していますね!」


 ニコニコ、ニコニコ。配達員は相好を崩さないままだ。『皇帝の紋』が入れられた文書は、平民であれば基本的に定期的に発布される『皇帝御言葉』にて見る機会があるが、逆に『皇帝御言葉』以外で見る機会のない文書と言える。

 次の『皇帝御言葉』の時期まではまだまだ期間があると考えると、この『皇帝の紋』はほぼ確実に個人へ向けて押されたものに間違いないだろう。


(この店の主人はナディーさんだから、ナディーさんに宛てた文書って事だよね……買取屋(サルウァトル)を呼び出してるんだろうか、それともナディーさんだけ?取り敢えず、早く渡さないと)

「配達、ありがとうございます。こちらは、ナディーにしっかり渡しておきます」

「はい!よろしくお願いします!では、帰ります!お身体お気をつけて!」

「はーい、ありがとうございます」


 ニコニコとした笑顔を保ったまま去っていく宅配人の背中が見えなくなるまで手を振って見送って、トイフェルは店の中へと戻った。カランカランと鳴るベルの音がやけに大きく聞こえて、ふぅ、と意識的に呼吸を深くする。


(早くナディーさんに渡して、内容を確認してもらわないと。期限が定められているものだったら大変だし)


 居室のある2階へ続く階段を上ろうとしたとき、上からひょっこりとララが顔を出した。ララはトイフェルと外へつながる扉を見比べて、不思議そうに首をかしげた。


「トイフェル、さっきお客さんが来てたの?」

「いや、配達人だよ。ナディーさん宛の文書を届けに来てくれたみたい」

「私に?」


 ララの後ろから顔を出したナディーもまた、不思議そうに首を傾げた。トイフェルはひらひらと封筒を二人に見せつつ、階段を上る。

 

「はい。『皇帝の紋』付きなので、中身はナディーさんが確認してください」


 ナディー達のもとへたどりついてすぐに持っていた封筒を渡せば、ナディーは面倒そうな顔を隠さず、戸惑いも見せずにビリリと封を切った。封筒の中に入っていたのは裏写り1つない上等な便箋が1枚のみ。サッと目を通すと、ナディーは今度こそ、盛大にため息を着いた。

 

「……これはまた、面倒な案件が転がり込んできたものね」

「あの、ナディーさん。その文書って……」

「私が寿命移植手術を担当したエンティ・ド・アヴニール陛下が崩御されたことに伴い、来月即位されるシャイナ・ル・アヴニール陛下からのお呼び出しよ。【来る満ち月の昼、皇城へ参内せよ】ってね」

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