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第15話

 アヴニールの王城から店を構える地域まで帰ってこれたのは、夕食の時間を少し過ぎた頃だった。店から王城がある中心地までは少しばかり距離があるため、こうなることを見越して食事は少し多めに作り置いてきたから、ララは既に食事を済ませているはずだ。


「今日の夕食、何を用意してきたの?」

「赤麦のパンと、テラコッタ瓜と赤山牛(カウハ)の葡萄酒煮込みです。ナディーさんが好きな、パンを浸して食べるスタイルの。ララも好きな料理なので」

「あら嬉しい。気を張った日の夜に好物が食べられるって最高ね。一人で食べるとどうしても味気なくなるから、もう少し早めに帰られたらよかったんだけど」

「王都からここまで時間がかかりますからね、しょうがないですよ。多めに作ってあるので、明日の朝は一緒に食べましょう」

「朝から赤山牛(カウハ)を食べるのは遠慮したいかも」

「なら、若い者だけでいただきますよ。いてっ」

「私をしらっと年寄り扱いするのは辞めて頂戴な」


 いたずらな笑みを浮かべてナディーをからかって、ナディーから少々手荒く反撃される。それもまた面白くて、トイフェルはくすくすと笑った。滅多に足を向けない王都の土産が入った袋は重たくて指は痛かったけれど、店に引き取られてから始めて一人で店に残ったララへ渡すものだと考えれば嫌な気持にはならなかった。

 

(ララにこのお土産を渡したら、今日何をして過ごしていたのか聞いてみよう。治療の名目で引き取ったから、あまり一人の時間を取らせてあげられなかったし……ナディーさんが言っていたように、一人で過ごすことで、ララ本来の思考が表に出てきているかもしれないし。あの子は、どんなことを考えていたんだろう?)


 人格混濁症の治療が終われば、ララは再び国際魔法警備局に戻ることになる。担当はアンヘルだというから心配しすぎる必要はないとはいえど、自分とほとんど年の変わらないララが、大人たちに囲まれて根無し草(ダグル)時代に犯した罪の清算を行わなければならないということが、トイフェルは信じられなかった。3か月をともにして……月が再び隠れる日には四か月目の共同生活を迎えることになるララを、トイフェルはすっかり懐にいれ、妹として可愛がっていたのである。


 店が見えてくる道へと入ると、ふいにナディーが足を止めた。ナディーの後ろを歩いていたアンヘルも、自然と足が止まる。先ほどまでの穏やかな顔はどこへやら、ナディーの顔には、往生にいた時に見たばかりの険しい表情が浮かんでいた。


「ナディーさん……?どうしたんですか」

「あなたは感じない?いつもと、少しだけ庭の雰囲気が違うの。道ではないところを、誰かが行儀悪く通ったような……」

 

 不思議そうに……いや、不愉快そうに、ナディーはぐるりと店先に整えられた庭を見渡している。トイフェルもナディーにならってあたりを見渡した。確かに、いつもナディーがきちんと手入れしている庭には、不自然なへこみや歪みが見受けられた。そして、目に見える異変は、店の中をのぞき見ることができる窓のあたりに集中していた。


「確かに、これは……」

「ララは無事かしら。……なにこれ!」


 少し警戒しつつ、ナディーが店の扉を開ける。そうして広がっていた光景は、悲惨なものだった。

 見慣れた店内は荒らされ切り、ナディーが師匠から受け継いだからといって依頼主用に設置されていたソファーは無惨なまでに切り刻まれている。年季の入った壁はズタズタで、一部に穴が開き、奥の部屋につながる廊下にまでつながってしまっているし、私生活を送るための部屋に通じる廊下も、階段も、強い風に巻き上げられたかのようにぼろぼろになっている。買取屋(サルウァトル)を担当する国際魔法警備局に直通でつながる通信機も中の機構が外に飛び出るほど強い衝撃を加えられたような壊れ方をしていて、トイフェルが個人的に集めさせてもらっていたティーカップとソーサーのセットも何組か床に落ちて粉々に砕け散っていた。


「攻撃魔法を見境なしに使わなきゃ、こんなことにはなりません、よね……」

「そうね。空き巣が入ったにしても、ここまで分かりやすく荒らすことはないし。第一、店には留守番としてララがいて……ララ?ララ!どこにいるの!返事をしなさいな!」

 

 はっと我に返ったように、ナディーがララの名前を呼ぶ。トイフェルも師匠の慌てぶりを見て我に返り、自分が入ることができる部屋を隅々と見て回った。浴室にキッチン、洗濯室に自身の部屋。入らないでと断られたララの部屋にも少し迷って足を踏み入れたけれど、そこにすら彼女の姿はなかった。


 国際魔法警備局より、人格混濁症の治療のために預かった少女犯罪人、ダグル・ララは、家主のナディー・エスペランサとその弟子トイフェル・ローズウッドが留守にしている間に、忽然と姿を消してしまったのである。


 

「トイフェル、ララは見つけられた?」

「いえ。僕が見た部屋には、どこにも……」


 ナディーに問われ、トイフェルは力なく首を横に振った。愛着のある店の内装はすっかり壊され、ララの部屋も、トイフェルの部屋も、元の内装を思い出すことが難しいくらい荒らされ切っていた。いくらララが小柄といえど、あそこまでぼろぼろにされ、壊され切った部屋にララが隠れ切るのは難しいだろう。

 

「そう……アンヘルに連絡しましょう。あの子は私預かりだけれど、国際魔法警備局の管轄下にいる子でもあるわ。行方が分からなくなったことは、まず報告しないと」

「え、でも、通信機は壊されていましたよね」

「あら、教えていなかったかしら?連絡用に開発された魔法があるのよ」

 

 ――――


 国際魔法警備局、アヴニール本部。シジェラ地区魔力事故の被害者、トキ・ヤイリールの友人で、事故が起きる直前まで彼女とともにいたイリーナ・ハンベットがもたらした新たな目撃情報により、行き詰っていた捜査方針は大きく転換することとなった。担当警部補として、アンヘルもまた捜査の処理に追われている。ここ最近はララの様子を見に行く時間もまともに確保できていなかった。


「あぁ、もう……一体なんなんだ、ダグルの紋章を使い、国際盗賊組織に罪をかぶせる新興勢力が現れるなんて聞いてないぞ……ダグル・ララの件は少しずつ進んでるっていうのに、なんでこう次から次に問題が湧きだしてくるんだ……」

「あら、随分参っているようね、カルンヘラ警部補?」


 ふいに後ろからかけられた柔らかな声に、アンヘルは今度こそ盛大なため息をついた。くるりと椅子を回して後ろに体を向ける。ミルクティー色の髪が印象的な、5つ年上の先輩警部補……マユリカ・シュトゥルムが、からかいの色をその目に浮かべて立っていた。

 

「シュトゥルム警部補……何しに来たんですか、魔法解析課はシジェラ地区魔力事故に関して管轄外のはずでしょう」

「えぇ、さっきまではそうだったわ。魔法犯罪対策課が死屍累々だから助力をしろとフリアー警視からお達しがあって、つい先ほど異動してきたのよ。私、あなたとバディになったみたいだから一旦全部教えてもらおうと思って」


 にっこり。そんな擬音がぴったり似合うような笑みでそう言われ、アンヘルは二度目のため息をついた。幸せが逃げるわよ、と言われたような気がしたが知ったことではない。アンヘルはマユリカが苦手なのである。

 彼女は魔法解析課に長年所属し続けられるだけあり、アンヘルが得意とする猫かぶりが一切通用しない。ナディーやトイフェルを巻き込み、ダグル・ララを根無し草(ダグル)壊滅のための協力者に仕立て上げる計画を見透かされかねないのだ。人ではありがたいが、もっと別の人間が良かった。


「ワタシ、今の時点でシュトゥルム警部補への説明に時間避けるほどの余裕を持てていないのですが……とりあえず、そこに積んである書類を読んでいてください。纏め終わった資料なので」

「えぇ?私、活字読むの苦手なんだけれど」

魔法犯罪対策課(うち)の助力をしてくださるならいずれ通る道ですからごたごた言わずに読んでおいてください本当にお願いします余裕がなさすぎて手が避けないんですシュトゥルム警部補なら絶対できるのでとりあえず読んでおいてください」

「あら早口。本当に余裕がないのね、からかっちゃってごめんなさい」


  本当に思っているのかいないのか、マユリカは今度こそ資料を手に取り近くの椅子に腰かけた。アンヘルの隣の席の椅子だ、後でマユリカ用の椅子を持ってこようと決めて、再度進めていた書類に向き直ったとき。


 チリン、という小さな鈴の音が耳元で響いた。ナディーから連絡魔法を受け取ったときの合図である。認可待ちの魔法を公然の本部内、それも人目がある場所で使えるわけもなく、アンヘルは慌てて席から立ちあがった。


「何?どうしたの」

「集中が切れたので、少し席を外します。シュトゥルム警部補はそれを読んでおいてください、帰ってきたとき読み終えられていたら、現状の捜査内容をお話しします」

「あらそう、分かったわ。あまり遠くまで行かないでね、呼ばれた時に探すのが大変になってしまうから」

「わかっていますよ。では、失礼します」


 いそいそと席を立って、アンヘルは休憩室のほうへ急ぐ。本来の勤務時間を逸脱して久しい時間だが、部署の全員が本部に泊まることも少なくないため、魔法犯罪対策課が入っている東棟には多数の休憩室が用意されている。

 

 アンヘルはそのうちの一室に入り、空間転移魔法異空間・凛リルツィル・ティーシャを発動する。大量の魔力を消費する空間転移魔法の中でも必要消費量が少なく、かつ展開していることも周囲からはばれずらい。


 チリン、チリンと耳元で鳴っていた鈴の音は、もうすっかり消えてしまっている。部屋を移動して空間転移魔法を貼るまでに時間がかかってしまったせいだろう。


 (こんな時間に突然連絡魔法を使うだなんて、何かがあったに違いない。もし何かの最中だったら、こちらから連絡に気がつけるかどうか……)

 

少々緊張しつつ、左耳を片手で覆って、アンヘルはナディーへ「折り返し」の連絡魔法を飛ばした。リンリンという音が何度か鳴ってから、カン、と高い音が鳴る。無事繋がったようだ。

 

「もしもし。こちらアンヘル。急にどうしたんだい」

「もしもし。あぁ、つながって良かった。アンヘル、落ち着いて聞いてほしいのだけど、随分大きな事件が起きてしまってね。――ララが、攫われたみたいなの」

「なんだって!?」


 予想もしていなかった事件を告げられて、思わず声量が上がる。うるさい、と耳元で迷惑そうな声が聞こえたけれど、とても謝罪は入れられなかった。


(ララが攫われた?一体誰がなんのために……まさか、根無し草(ダグル)が奪い返しに来たのか……?)

 

「店も住居も、庭まで全部荒らされていたから、誰かに押し入られたんだと思う。多分、ララはその時に……」

「!?……君達は?君や、トイフェルくんは無事?」

「ええ。私とトイフェルは、今日王城に出向いていたから店にいなかったの。申請を出したはずだけど、まさか見ていないまま判を押したわけ?」

「あ、いや、見た筈だけれど……。そうか、あの申請の日付は今日だったか。今こちらもかなり忙しくて、日付感覚が消失してしまっていたよ、申し訳ない。……とりあえず、2人共こっちに来てもらえないかな。今言った通り、そちらへ向かう事が難しいんだ。店が荒らされたというのなら、また犯人がそちらへ戻るかもしれない。ナディーもトイフェルくんも、ララに関わる重要人物だからね、一旦、こちらで保護させてくれ」


 

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