好奇の視線
やがてユーク達は勇者キイラと共にラナベールの町へと辿り着いた。既に多数の冒険者や勇者がおり、それをとりまとめるために兵士や騎士の姿も見える。
そして大通りに並び立つ商人は、そうした人達へ向け呼び込みをしていた。魔物が頻繁に出現するという土地柄だからこそなのか、商魂逞しく厄介な事態に陥っているというのに町は活気に溢れていた。
「人が多いですね」
大通りの様子を見たアンジェはユークへ言う。
「騎士や勇者がいるということで、物々しい雰囲気を予想していましたが……」
「騒々しいのは間違いないけど、空気感としてはお祭りに近いかもしれないな」
ユークの言葉に「そうですね」とアンジェは同意する。
「むしろ、そんな空気でいいのかと疑問に思うところですが」
「この町はいつもこんな感じだよ?」
と、キイラが会話に割って入る。
「魔物がいようがいまいが町の姿は変わらずさ」
「魔物が近くにいる、ということで日常になっているわけか」
ユークは町を見回す。中には冒険者らしき男性へ強引に商品を見せようとする商人までいて、思わず苦笑する。
「ま、暗い顔をしていなければそれでいいさ……日常となっているのなら、人々は慣れている。もし町に魔物が現れても、容易に対処できるだろう」
ユークはそこまで語った後、キイラへ視線を向けた。
「食事をする店はどうする? オススメがあればそこでもいいけど」
「ああ、なら馴染みの店にしようか。アタシの知り合いもいるだろうし」
その言葉によってユーク達は町中を歩み――やがて、一つの酒場に辿り着いた。
「昼にはそれなりに美味いメシを提供してくれるんだ」
そうキイラは解説しながら中へ。ユーク達が続くと、店内では談笑する冒険者が幾人もいた。
「お? キイラじゃねえか!」
ヒゲを蓄えた戦士風の男性が声を上げる。キイラは「よう」と挨拶をしながらそちらへ近づき、ユーク達も追随する。
そこに五名ほどの男性がたむろしていた。中には昼間から酒を飲んでいる人間がいるのか、ユークはアルコールの臭いを感じ取る。
先んじて口を開いたのは、キイラへ呼び掛けた男性。
「久しぶりだな……と、なんだおい、その可愛い二人は」
「同業者だよ。町へ来るまでに魔物と遭遇して、そこで顔を合わせたわけだ。色々教える代わりに奢ってもらう約束をしてね」
「お前なあ……お二人さん、どういう経緯にしろ付き合う人間は考えた方がいいぜ? こいつは万年金欠だからたかられるぞ」
周囲から笑い声――ユークの目には、仲間同士の和気あいあいとした気配が見える。
「で、二人は勇者か?」
「あ、はい。名前は――」
と、ユークが告げたところで男性達が奇妙な顔をした。
「あの、何か……?」
「いや、色々と噂を聞いていたもんだからな……というか、ついさっきまでお前さんの話題だったんだ」
「……俺の?」
「史上最強、なんて本当なのかって話さ」
――ユークへ視線が向けられる。とはいえ敵意などはまったくない。好奇、という表現が似合うものである。
「……正直、荷が重いとは思いし」
そんな言及に対しユークは頭をかきつつ、
「そもそも最強、という言葉自体にあんまり興味はない」
「強さを追い求めるタイプじゃなさそうだな」
「もちろん魔物と戦う以上は相応の強さは必要になるから、あるに越したことないけど」
「ほうほう、なるほど。面白いな」
やはり好奇の視線――そんな中、キイラは男性へ尋ねた。
「話題って、最強だったら何だというんだい?」
「ああ、いや。別に彼がどうという話じゃない。単純に現役最強勇者は誰なのかという会話をしていて名前が上がっただけだ」
「ほう、現役最強かい」
「――もしかすると、今回その面子が一堂に会するかもしれないからな」
「どういうことだい?」
キイラが聞き返すと男性はニヤリとしながら、
「なんでも、国側は今回の魔物……その騒動を重く見ているらしい。オルトの一件が関係しているのか、それとも何かヤバい情報でもつかんだのかわからんが、結構な勇者に声が掛かっている」
「へえ、なるほどね……もしかして騎士側からも強い人間が?」
「ああ、そうらしいな……ただ、主役はあくまで勇者だ。どういう経緯かわからないが、ルヴェルが参戦を表明したからな」
――その名前はユークも知っていた。勇者としての実力もそうだが、総勢二十名ほどの勇者で結成された大所帯のパーティーを組んでいる、国も信頼を置く勇者の名だ。
「噂によれば、オルトがやらかしたことで勇者全体の立場が微妙なものになっている。このまま再び不祥事なんてものが出れば、仕事がやりにくくなる……大所帯のルヴェルなんかは特に影響が大きいだろ。だからここで勇者という存在をアピールして、復権を目指そうってわけだ」
「はあ、なるほどねえ……結構面倒そうな話になってきたな」
キイラはそうした感想を述べ――ユークはその一方で、先ほど出た勇者の名を胸の内で反芻し続けた。




