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第1章:鬼ヶ島からの脱出ⅩⅡ『地獄の世界』


 東雲は片眉を跳ねあげた。


「海賊? 冥府の番人じゃあねえのか?」


「メーフ、とは?」


 きょとん、とネズミは首を傾げた。まるで冥府という言葉すら知らない様子である。

 薄ぼんやりとした憶測とともに、静かな動揺が胸中に広がる……。


「……いや、いい。続けてくれ」


 ネズミの話に耳を傾けながら、腰帯にくくりつけていた縄で赤鬼の手足を念入りに縛り、仕上げに猿ぐつわを噛ませる。

 麻縄の拘束など鬼の怪力の前では焼け石に水だろうが、打てる手はなるべく多く打っておきたい。


「コヤツらは、ここいら近海の船を襲っては金品を強奪し、本国で売りさばいているのです」


「……ってこたァ、そこの積み荷もどこぞの略奪品か」


「いかにも」


 商船でも襲った後なのだろう。

 部屋にうず高く積まれた木箱には、見たこともない香辛料や干物、鉄鉱石に似た石くずなどがぎっしりと詰めこまれている。


 また、数十ある樽の中身はすべて油であった。鼻を寄せれば、砦のいたるところで見かけた篝火と同じ青臭い香りがする。


 この部屋の壁にも小さな油皿が備えつけてあるが、少量でも明々と燃え盛る炎は、日ノ本で流通している油とは比較にならないほどの光量を発している。京の都で売ればさぞ高値がつくことだろう、といやしい想像が浮かんだ。


「とすると、奥に押しこまれている青鬼も売りモンか?」


「ええ、……やりきれない話でございます。鬼の国では、青鬼たちは生まれながらにして奴隷の身分ですので……。ここの牢に捕まっている者たちはみな脱走者なのです。賊どもが彼らを捕らえ本国へ連れ帰れば、相応の謝礼の金が渡される、というわけでございます」


「……なるほどな」


 国に黙認された海賊衆というわけか。

 瀬戸内の海をなわばりとしている荒くれ者どもがまさしくそうであった。


 それにしても、青鬼が赤鬼の奴隷とは。地獄社会もいろいろと複雑らしい。

 しかし別段驚きはしなかった。おおかたそのような具合だろうと当たりをつけていた範疇(はんちゅう)である。


「ならば俺は、人間はどうなる?」


 同族に近い青鬼ですら、あのような畜生同然の扱いなのだ。まさか手厚くもてなされるはずもないが、己にとって悪い情報こそつまびらかにしなければならない。


「人間は、その……、大層珍しゅうございますから……」


「珍しい? 人間がか?」


「少なくとも自分は、生まれてこの方あなた様以外の人間に出逢ったことがございません」


「……なに?」



 ――耳を疑った。



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