第1章:鬼ヶ島からの脱出ⅩⅢ『十三の壁』
冥府の底に人間がいないとは一体どういうことか。
諸行無常の乱世、悪行も煩悩もそこかしこにあふれている。
東雲が知る限りの顔を列挙しても、地獄は咎人の亡者でごった返しているはずなのだ。
やはり、現世で語り伝えられている地獄の様相とはだいぶ齟齬がある。
「するってェとなにか。とっ捕まれば鬼の国で見世物にでもされるのか?」
「おそらくは……。軽く見積もっても、まともな扱いは望めないでしょう」
ネズミはあたかも自分のことのように、苦虫を噛み潰した面持ちで口ごもった。
「とにかく、そういうわけでございますので。逃げるならばお早く! もうしばらくすると、交代のため他の赤鬼どもが起き出してしまいます」
「交代だと?」
「はい、二階で待機している者が五人。現在一階で警備にあたっている者と頭目をふくめれば、総勢十三人がこの砦には控えておるのです」
「十三……」
多すぎる。ひとり昏倒させるだけでも肝を冷やしたというのに、そんな数とてもではないが相手にしていられない。
残念なことに、ネズミの言葉に嘘はないだろう。
探索中、脱出経路としては望み薄であったため足を向けていなかったが、確かに上階へと続く階段があった。そこから増員が降りてくるとなれば、いよいよもって不味い事態となる。
もはや腹は決まった。得策ではないが、イチかバチか、強行ででも玄関口を突破するほかない。
「島の西岸に船があります。この辺りは潮の流れが速いので、船に乗り込みさえすればすぐにここを離れることができましょう。ご武運を祈っておりますぞ!」
「……ん? 待て、お前さんは逃げんのか?」
「自分は、青鬼らを解放せねばなりませんので」
「…………は?」
驚愕で思考が一瞬止まった。思わず言葉の意味を反芻してしまう。
「青鬼どもを? お前さんが?」
「左様で」
「なにを馬鹿な……。悪いことは言わん、考え直せッ」
「ご心配なく、あなた様にご迷惑はかけません」
「いやいや、そういう問題じゃなくてだな!」
東雲は頭痛をたえるようなしかめっ面になった。
貴重な道先案内人である獣に、ここで離脱されるのは困るのだ。




