↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
27/43

第27話 父の正解(後)

 食事はほとんど減っていなかった。玲奈が最終局の申請書を開く。


「条件を提示します」


 一つ目。玲奈が勝利した場合、王冠戦の監査請求は、理事会を経由せず学外の独立監査機関へ自動送付される。


 二つ目。監査対象の原記録、時刻ログ、契約履歴を削除、移動、再分類しない。


 三つ目。対局申請、証拠提供、証言を理由として、生徒、家族、教職員へ不利益を与えない。


 四つ目。審判、証拠管理者、質問文の意味登録担当を、理事長直属ではない者から選ぶ。


 五つ目。僕の記録係資格停止について、最終局の登録期限前に独立審査を終える。結論が出ない場合、停止前の資格を暫定的に維持する。


 六つ目。質問登録前の証拠閲覧権を、質問者と回答者へ同条件で与える。ただし被害者の私的記録は、本人同意なしに公開しない。


「証拠を持つ側が、自分から制限するのか」


 宗一郎が問う。


「被害者の秘密で父に勝っても、私の勝利ではありません」


 玲奈は僕を見なかった。以前、僕が公開しなかった閲覧履歴。


 今回、僕たちが公開しなかった音声端末。彼女は、その選択を条件へ変えた。


「自分の勝利条件ではなく、記録係の復帰を先に入れるのか」


 宗一郎が問う。


「対局の公正条件です」

「相馬くんがいなければ勝てない、とも読める」

「いても、質問を採用するとは限りません」


 玲奈は淡々と返した。僕の質問を必要とすると言わない。


 僕を外されることも認めない。


「三つ目は範囲が広い」

「対局との因果関係を、独立監査人が認めた不利益に限定します」

「監査開始前の運用停止は認めない」

「求めていません。私が得るのは監査請求権です」


 勝った瞬間に制度が消えるわけではない。監査が始まり、重大な違反が予備認定された時に初めて、強制契約が暫定停止される。


「宗一郎側の賭け金は」


 僕が聞く。


「玲奈の後継者契約だ」


 宗一郎が答える。


「私が勝てば、玲奈は卒業後、《ORACLE》の研究責任者となる。監査請求権は失う」

「娘の未来を、賭け金にする」

「本人が処分できる進路契約だ」

「選ばない場合は?」

「現行運用が続く」


 選ばない自由はある。ただし、選ばなければ何も止まらない。


 宗一郎は二つの選択肢を残す。一方へ、大きな損失を置く。


 僕が対局でしてきたことと同じだった。


「延期してください」


 僕は言った。


「最低でも七日。資格審査と証拠確認が先です」

「開催日は六日後だ」

「だからです」

「相馬くん」


 玲奈が僕の名を呼ぶ。


「今ある証拠では、勝てる質問を作れません」

「勝率は」

「出しません」


 数字を置けば、玲奈はそれを正解に使う。低ければ諦める理由にする。


 高ければ自分を賭ける理由にする。


「見つからない可能性もあります」

「あります」

「負ければ、後継者契約が残る」

「はい」

「怖くないんですか」


 質問になった。玲奈は申請画面を見たまま答える。


「怖いです」

「なら――」

「怖くない選択だけを残された人生でした」


 彼女の指が、受諾欄の上で止まる。


「待つ間も、契約は続きます。誰かが答えを強制されます。私も、父の実験の中にいる」

「それでも」

「あなたが止めたい理由は、私が負けるからですか。それとも、あなたがまだ質問を作れないからですか」


 答えが出ない。両方だった。


 他にもある。僕が隣に立てないまま、彼女が父へ向かうことが怖い。


「分かりません」


 僕は言った。玲奈は一度だけ頷く。


「では、私が決めます」


 条件修正へ、宗一郎と玲奈の署名が入る。玲奈が受諾欄へ触れた。


「間違うなら、その間違いも私が選びます」


 承認音。


『王冠戦最終局――成立』


 開催日は六日後。場所は中央講堂。


 全校公開。質問者、九条玲奈。


 回答者、九条宗一郎。記録係欄は、資格審査中のまま保留表示になった。


* * *


「条件が成立した以上、研究情報の一部を開示する」


 宗一郎が壁面モニターを起動した。黒い画面に、一つの数字が出る。


 九条玲奈・回答予測精度。九九・九七%。


 対局だけではない。学習選択。


 生活選択。対人選択。


 進路選択。危機時選択。


 登録された問い、三万二千八百四十件。予測不一致、九件。


「母集団を見せてください」


 九九・九七%より先に、何を数えたかを見る。宗一郎が僕を見る。


「美琴と同じ質問をする」

「母なら、もっと早く聞きました」

「そうだな」


 詳細が開く。履修科目。


 課外活動。会食への出席。


 対局申請の受諾。記録係候補。


 指定進路。どれも、先に候補が二つまで絞られている。


「質問を選んだのは誰ですか」

「研究設計者だ」

「対戦相手は」

「勝率曲線が安定するよう配置した」

「進路候補は」

「適性と安全性から除外した」

「友人は」


 一拍。


「接触頻度を調整した」


 予測精度を上げただけではない。答えやすい質問を置き、会う人を選び、失敗できる場所まで決めた。


「入力を狭めてから、人を理解したと呼んだ」

「無制限の選択肢は自由ではなく負荷だ」

「だから、あなたが減らした」

「玲奈が最善へ到達できるように」

「最善を決めたのも、あなたです」


 宗一郎は返事の代わりに、玲奈の選択履歴を表示した。四歳。


 六歳。九歳。


 十二歳。十五歳。


 ピアノとヴァイオリン。国内研修と海外研修。


 生徒会と研究補助。勝つ対局と、負ける対局。


 右端に予測回答。その隣に実際の回答。


 ほとんどが一致している。一覧の一番下。


 未完了の項目が一つあった。


『予測外入力候補との接触試験』


 対象者番号、SR―17。実名欄。


 相馬零司。接触予定日は、僕の転入日。


 資料提示先は、九条玲奈。想定手順。


『公開対局で適性を確認後、専属記録係候補として接触する』


 《ORACLE》の出力ではない。予測へ入力する前に、宗一郎が書いた計画だった。


 登録日は、僕が鳳凰院学園へ来る三か月前。玲奈が僕を指名するより前。


 僕が玲奈を知るより前。僕たちの出会いは、彼女が僕を選ぶ前から、父親の表に書かれていた。


 玲奈は表示を閉じなかった。いつもなら、意味を一つずつ確かめる。


 質問し、条件を限定し、答えを要求する。今は、パンの端へ置いた指だけが動かなかった。


 宗一郎は娘の沈黙を、予測済みの反応として記録するように見ている。僕は何も言えない。


 慰めれば、その出会いは本物だったと僕が決める。否定すれば、父の計画どおりだったと僕が決める。


 画面には、まだ九九・九七%が残っていた。その数字の下で、僕たちは自分たちの最初の日を見失いかけていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。