↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
23/43

第23 裏切りではない(前)

 再契約は、許されたという意味ではない。正解を出したという意味でもない。


 それでも、前より僕たちの契約だった。


* * *


 翌朝。第二資料室の机へ、新しい契約書を広げた。


 昨日まで灰色だった専属欄には、まだ誰の名前もない。


「必要なら、戻ります」


 口にしてから止めた。必要かどうかで選ばないと、玲奈は昨日言った。


 なのに僕は、また彼女が望む条件を探している。


「今のは取り消します」


 玲奈の指が止まる。


「契約前の発言を、都合よく消せるのですか」

「記録には残してください」

「では、言い直してください」


 喉が少し狭くなる。玲奈が必要としているから。


 母の研究を調べるため。王冠戦へ勝つため。


 理由はいくつでも作れる。そのどれより先にあったものを、言葉にする。


「僕が、もう一度あなたと組みたい」


 玲奈はすぐに契約書へ触れなかった。


「なぜですか」

「今の僕には、一文では答えられません」

「質問設計者なのに」

「自分への質問は専門外です」

「都合のよい専門分野ですね」


 責める声音ではなかった。玲奈は空白の条項を開く。


「なら、答えが変わる可能性を残したまま契約します」


 一条目。


『記録係は、候補質問だけでなく、その質問を採用させたい自身の利害を選手へ開示する』

「僕の利害」

「勝ちたい。必要とされたい。自分の読みが正しいと証明したい。そうしたものです」

「全部、毎回書くんですか」

「隠したいものほど」


 反論できなかった。二条目。


『選手は質問文だけでなく、記録係が置いた前提、人物像、守るものの順位を疑うことができる』

「既に、選手は質問案を捨てられます」

「規約上の権利と、私たちが使える権利は同じではありません」

「どう違うんです」

「神代先輩との最初の対局で、私はあなたの前提へ違和感がありました。それでも採用した」

「あなたも同じ結論だった」

「だからこそです。あなたが七十八%と言った瞬間、私の疑いを弱くした」


 僕の数字が、玲奈の考える余地を狭めた。質問を強制していなくても、正解らしく置けば選びにくくなる。


「二条とも同意します」

「まだ署名しないでください」


 玲奈は僕の方へ端末を向ける。


「契約を解消した時のことを、先に終わらせます」


 机の端に、前回の質問カードがある。僕は玲奈が母の名を知っていた事実を当てた。


 彼女が目を逸らした理由まで、嘘の追加証拠にした。


「僕は、あなたが傷ついた顔を、自分の正しさへ使いました」

「ええ」

「母の名を知っていたことと、僕たちの間にあったものが全部偽物だったことを、同じ結論にしました」

「ええ」

「すみません」


 最適な謝罪文を探しかける。続けなかった。


 玲奈は数秒、黙っていた。


「今、その謝罪を受け取ります」

「許すとは言わないんですね」

「許したかどうか、まだ決めていません」

「それでいいです」

「評価しないでください」

「……待ちます」


 僕たちは署名した。九条玲奈・選手。


 相馬零司・専属記録係。灰色だった表示が白へ変わる。


 同じ二人の名前。同じではない契約。


「再契約を確認しました」


 玲奈が端末を閉じる。


「最初の質問を疑います」

「締結直後に?」

「神代先輩から、再戦申請が届いています」


* * *


 神代が提出した公式報告書には、三度『裏切り』という語があった。


『白鳥凛は、記録係としての守秘義務に反し、単独の判断で対戦相手へ情報を提供した』

『神代および生徒会の指示、共謀、強制は存在しない』

『当該行為は、選手個人に対する自発的な裏切りである』


 昨日、凛の監視契約は解除された。ただし白鳥家への奨学保護は、三十日間の保全にすぎない。


 無断情報提供が研究倫理違反として確定すれば、家族分を含めて凍結される。神代は、自分を被害者として報告した。


 凛が裏切ったのは研究室ではなく、選手個人。研究情報の漏洩ではなく、チーム内の信頼違反。


 その分類によって、奨学保護は神代のQ保証の下で継続していた。


「凛さんを守るための報告です」


 僕は言った。


「結論が早いです」


 玲奈は報告書を閉じない。


「三つ、根拠があります」

「聞きます。ただし、利害も先に」


 契約の一条目。


「僕は、自分が前回読み違えた神代先輩を、今度こそ読みたい」

「勝ちたい、ではなく?」

「それもあります」

「続けてください」


 一つ目。神代は凛の告白より二日前、白鳥家の奨学契約を独立奨学基金へ移す仮申請を出していた。


 本人へ知らせず、選択肢だけを準備している。二つ目。


 同じ日に更新期限を迎えた生徒会保証契約は十二件。神代は十一件へ即日署名し、凛の契約だけ二十三時間五十八分、署名を遅らせた。


 署名が遅れた間、白鳥家の契約は処分手続へ移せない保留状態だった。三つ目。


 公式報告の分類。


『研究室への背信』と書けば、凛の家族支援は即時停止する。


 神代はそうせず、自分個人への裏切りとして引き取った。


「報告書は、凛さんを自発的な裏切り者へ見せています」


 玲奈が言う。


「守るためでも、名誉は傷つける」

「はい」

「神代先輩が正しいことをした、と言うつもりですか」

「ありません」


 神代は凛へ聞かず、基金申請を出した。彼女が選べる場所を残した一方で、その場所を本人より先に決めた。


「僕が読むのは、善悪ではなく、神代先輩が何を自覚しているかです」


 候補質問を三つ表示する。一枚目。


 ――あなたは、今も凛さんを守りたいですか。


 弱い。神代が「はい」と真実を答えても、公式報告が嘘だとは証明できない。裏切られたと思いながら守る人間はいる。


 二枚目。


 ――公式報告の『裏切り』という表現は、あなたの本心ですか。


 多義的すぎる。規約上の分類、感情、責任の引受けが一語に重なる。《ミラー》がどの意味を判定したか争われる。


 三枚目。


 ――あなたは、凛さんが自分の意思だけであなたを裏切ったと信じていますか。


 問うのは、守りたいかではない。裏切りという言葉の善悪でもない。


 外部強制を知りながら、凛だけの意思だと本当に信じているか。神代自身の認識へ範囲を狭める。


「『自分の意思だけ』を入れた理由は?」

「神代先輩は、凛さんの家族契約と研究室の命令を知っていた。彼女に自発的な選択があったとしても、それだけが原因だとは信じていない」

「回答は」

「『はい』」

「嘘」

「そう読みます」


 玲奈がカードを持ち上げた。


「『いいえ』と真実を答えれば、本人が公式報告を否定した記録になります」

「神代先輩のQ保証資格が停止される。基金移管前に、白鳥家の支援が切れる可能性がある」

「『はい』なら報告とは一致する」

「ただし本人の認識とは一致しない。《ミラー》がLIEを出しても、報告書の法的撤回にはならない」

「私たちが外せば、神代先輩が勝つ。現行保証は継続する」

「当てれば、賭け金の基金移管が実行される」


 どちらへ転んでも、神代は凛の支援を途切れさせない答えを選べる。


「先輩が、私たちに読まれることまで期待しているのですか」

「分かりません」


 玲奈の指が止まる。


「そこで止めるのですね」

「期待していると決めれば、わざと負ける対局になります」

「ええ」

「神代先輩は、凛さんを守るために『はい』を選ぶ。それを僕たちが読めるかは別です」


 玲奈はカードを裏返した。捨てたのではない。


 自分の端末で、神代が署名を遅らせた記録を開く。


「あなたの結論は採用します」

「質問も?」

「まだです」


 彼女は僕の文面から一語を削り、対象期間を報告書作成時点へ限定した。


「私は、この署名遅延を根拠に加えます。あなたの神代像が外れていても、先輩が強制を知っていた事実は変わりません」

「同意します」

「今度は早いですね」

「僕の質問と、僕の人物像は別ですから」


 玲奈の口元が、ほんの少し動いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。