↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/43

第14話 引き止めないという答え(前)

 大切なら、引き止める。僕は、それを疑っていなかった。


* * *


「質問は決まりました」


 対局開始三時間前。第二資料室の机へ、僕は一枚のカードを置いた。


 ――白鳥凛さんが、自分の意思であなたの記録係を辞めると決めた時、あなたは彼女を引き止めますか。


 玲奈は読んでも、すぐには手を伸ばさなかった。


「昨夜、凛の端末に同じ文が表示されていました」


 僕は先に報告した。


「このカードは、彼女へ見せていません」

「それでも使うのですか」

「質問を知られても、神代先輩の自己認識は変わりません。むしろ、準備する時間があれば、彼が守りたい答えははっきりする」

「漏洩の確認を、対局へ兼ねる?」

「それだけが理由ではありません」

「それだけではない、ですね」


 玲奈は言い直し、カードの端を指で押さえた。


「質問を変えれば、送った誰かに私たちの選択を動かされたことになります。採用するかどうかは、別の理由で決めます」

「長いですね」

「意味を限定するためです」

「神代先輩は、『いいえ』と答えると?」

「答えます」

「そして、嘘?」

「はい」


 自分の返答を聞いて、少し皮肉だと思った。玲奈は質問カードの横へ、神代と凛の契約記録を並べた。


 記録係契約は一か月更新。三年間で三十四回。


 全て、凛の生体署名がある。


「強制更新の記録はありません」

「形式上は」

「契約外の罰則もない」

「神代先輩は、規約へ残る形では強制しない人です」

「白鳥さんが二度、更新を一日遅らせています。その間も、先輩は催促していません」

「凛が戻ると分かっていたからでしょう」


 玲奈は契約更新記録から目を上げた。


「結論を先に置いていませんか」

「置いていません」

「神代先輩が引き止めるという結論に、全ての行動を合わせているように見えます」

「では、あなたは引き止めないと思うんですか」

「分かりません」


 彼女は、今度はその言葉を避けなかった。


「だから確認しています」


 机の上には、僕が集めた手掛かりもある。一つ目。


 神代は凛の最初の記録帳を三年間保存している。廃棄予定と言いながら、折れた角まで直した。


 二つ目。飲み物、筆記具、家族の連絡時刻まで覚えている。


 凛が自分で選ばなくても、神代が必要なものを用意する。三つ目。


 銀色の端末で何かを送っていると知りながら、凛を記録係から外していない。危険を承知で側へ置いている。


 四つ目。契約書の旧版に、一度だけ『任意解約時の引継猶予、三十日』という案があった。


 提案者は神代。採用前に凛が削除し、現行契約から消えている。


「引継猶予を入れようとしたのは、辞めても三十日側へ置くためです」

「業務上の必要かもしれません」

「落書き帳も、飲み物の好みも、業務上ですか」

「大切にしていることは、否定していません」

「なら、失いたくない」

「失いたくないことと、引き止めることは同じですか」


 昨日、神代が言った言葉と同じだった。好きでも、引き止めない人間はいる。


 大切だからこそ。


「綺麗事です」


 僕は言った。


「本当に失う場面になれば、人は止めます」

「相馬くんは、止めるのですか」

「何を」

「私が記録係契約を解消すると言ったら」


 質問の矛先が、急にこちらへ向いた。答えが出ない。


 止める。たぶん。


 玲奈が父親の隠している研究記録へ辿り着くには、僕の質問が必要だと思う。母の真相へ辿り着くにも、玲奈が必要だ。


 でも、それだけではない。紬の対局の後、彼女の隣に立ちたいと思った。


 蓮へ「僕が勝ちたい」と言えたのは、彼女が僕の欲望を捨てなかったからだ。いなくなってほしくない。


「質問を返さないでください」

「答えたくないのですか」

「今の対局と関係ありません」

「関係があります。あなたは、自分なら止めるから、神代先輩も止めると考えている」

「行動記録も見ています」

「その読みが、あなた自身と無関係ではないと言っています」


 幸福を問われた時と同じだった。玲奈を不幸だと思いたかった僕。


 神代を、凛を失いたくない人間として読みたい僕。違うのは、今回は行動の証拠があることだ。


「神代先輩は、凛が送信しているものを知っている」

「推測です」

「昨日の廊下で、端末を見たかと聞きました」

「内容は知らないようでした」

「知らないなら、なおさら側へ置いて確かめる。辞めさせない」

「監視と引き止めを混同していませんか」

「どちらでも、手放さないという結論は同じです」


 玲奈はカードへ視線を戻した。


「宣言方針は」

「『いいえ』なら嘘です」

「確率は?」

「七十八%」

「桐生戦より高い」

「だから採用すべきです」

「確率だけで選ばないと、契約を改めた日に言いました」

「この質問で傷つく第三者はいません」

「白鳥さんが公開記録に残ります」

「本人の記録係契約は公開済みです。秘密は含めない」

「神代先輩の感情は?」

「回答者本人です」


 玲奈は黙った。窓の外で、王冠戦開始を告げる予鈴が鳴る。


「捨てますか」


 聞いた声が、自分でも思ったより硬かった。玲奈はカードを手に取る。


「採用します」

「本当に?」

「あなたの分析に従うのではありません」


 彼女は僕の目を見る。


「私も、神代先輩が白鳥さんを手放せるとは思っていない」


 僕と同じ結論だった。それで安心した。


 安心したこと自体が、間違いの手掛かりだったのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。