↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/43

第13話 砂糖三本と苺プリン(後)

 会議の途中で、玲奈の端末が鳴った。表示は『父』。


 彼女は一度、画面を伏せた。切りはしない。


「出なくていいんですか」

「予定では、十八時の報告です」


 現在、十七時四十二分。端末が二度目の振動をする。


 玲奈は席を立った。


「失礼します」


 廊下へ出る。扉は完全には閉まらなかった。


「はい、お父様」


 玲奈の声が聞こえる。


『薬は飲んだか』


 宗一郎の声は小さいが、静かな室内では分かった。


「十四時に服用しました」

『昼食に胡桃が含まれていた記録がある』

「同席者の食事です。私は口にしていません」

『接触器具は分けたか』

「確認しました」

『ならいい。左目の充血は』

「治まっています」


 父親としては、正しい会話だった。玲奈のアレルギーを把握し、誤食だけでなく器具の接触まで心配する。


 その後に、宗一郎は言った。


『本日の帰寮は十八時三十分。相馬くんとの個別活動は終了しなさい。明日は授業後、医療室、理事長報告、十九時から対局準備。白鳥さん以外との私的な会食は控えるように』

「次戦資料の確認が終わっていません」

『神代くんの記録は中央分析で処理済みだ。要約を送る』

「自分で確認します」

『疲労状態での情報過多は判断精度を下げる』

「それを決めるのは私です」


 短い沈黙。


『玲奈。心配している』


 その一言に、玲奈はすぐ返せなかった。


「……十八時五十分まで延長します」

『四十分』

「四十五分」

『分かった。帰寮後に連絡しなさい』


 通話が切れた。玲奈が戻ってくる。


「交渉成立ですね」


 僕が言うと、彼女は席へ座った。


「五分しか増えていません」

「最初の時刻を置いたのは父親です」

「分かっています」

「心配されると、拒否しにくい?」


 玲奈は端末を伏せる。


「心配が嘘ではないからです」


 答えは、すぐに返った。


「父は、本当に私を心配しています」

「だから従うんですか」

「それとこれとは別です」


 玲奈は資料を開く。


「別にしなければいけません」


 誰へ言った言葉か、分からなかった。


* * *


 会議が終わり、玲奈は医療室から届いた帰寮確認に従って先に出た。神代も、生徒会長との会議があると言って席を外す。


 残ったのは僕と凛だけだった。


「相馬くん、今日の記録、共有しておくね」


 凛は明るく言い、端末を操作する。


「神代先輩の資料だけでいいです」

「雑談にも手掛かりがあるよ。砂糖三本とか、苺プリンとか」

「質問へ使うつもりですか」

「使うか決めるのは、相馬くんたちでしょ?」


 正しい。凛は共有端末へ記録を送った。


 その後、机の下からもう一台、小さな端末を取り出した。学園支給品ではない。


 薄い銀色の本体。角に、研究管理用の黒い識別帯がある。彼女の笑顔が消える。


 さっき記録を書いていた時と、同じ顔だった。送信画面に、今日の会話が並んでいる。


 玲奈が苺プリンを買った時刻。宗一郎の電話に対する返答。


 僕が蓮へ「自分で勝ちたい」と言った発言。候補質問の選定過程。


 対局記録の範囲を越えている。宛先欄は、一瞬しか見えなかった。


『特別研究監理――』


 凛が僕に気づき、端末を伏せる。


「何を送ったんです」

「王冠戦の活動記録」

「共有端末には、もう送りました」

「こっちは生徒会保管用」

「研究管理用の識別帯がついています」


 凛は、いつものように笑った。


「相馬くん、本当によく見てるね」

「答えになっていません」

「生徒会と研究室は、対局設備を共同管理してるの。時計の不具合もあったでしょ?」

「雑談まで必要ですか」

「どこが手掛かりになるか、後からじゃないと分からないから」


 同じ言葉を、僕も使う。人の好み。


 失いたくないもの。日常の癖。


 質問設計には、対局外の情報が必要だ。だから不自然ではない。


 不自然ではないように、説明できる。凛の端末に新しい通知が表示された。


『白鳥家・特別奨学契約 更新審査中』


 彼女は僕が読む前に画面を消した。


「それも生徒会の記録ですか」

「家のこと」

「契約内容は」

「対局に必要?」


 質問を返された。僕は答えられない。


 紬の対局で、彼女の秘密を勝つために使おうとしたばかりだ。疑わしいからといって、凛の家族契約を勝手に開く権利はない。


「必要になったら、本人の同意を取ります」

「うん。そうして」


 凛の笑顔は、少しだけ安心したように見えた。それが本物かどうか、僕には分からなかった。


* * *


 生徒会室を出ると、廊下の突き当たりに神代がいた。会議へ行ったはずだった。


「凛の端末を見たな」

「知っているんですか」

「何を送っていた」

「それを僕に聞くんですか」


 神代は答えない。


「あなたは、凛を大切にしている」


 僕は言った。


「記録帳を三年間捨てていない。飲み物の好みも覚えている。彼女が何か隠していることにも気づいている」

「それで?」

「なら、放置する理由が分かりません」

「大切なら、自分が正しいと思う行動を相手へさせるはずだと?」

「危険からは止めるでしょう」


 宗一郎が玲奈へしたように。久我が紬へしたように。


 その二つを同列へ置きかけて、違和感が生まれた。神代は僕の顔を見て、その迷いまで読んだようだった。


「桐生蓮は、自分を一枚の人格へ固定していた」

「何の話です」

「君は、その固定を利用して勝った。だから次も、相手を一枚の人間へまとめようとしている」

「あなたは違うと?」

「誰でも違う」


 神代は、生徒会室の扉を見る。その向こうで、凛が一人、記録を片づけている。


「好きでも、引き止めない人間はいる」

「大切でも?」

「大切だからこそだ」


 次戦の開始通知が、僕の端末へ届いた。明日、十七時。


 第一講堂。神代は僕の横を通り過ぎる。


「次の対局で、君が人をどれほど単純に見ているか教える」


 足音が遠ざかる。制服の内ポケットには、会議中に書いた候補カードが一枚ある。


 玲奈には、まだ見せていない。僕の個人端末の非共有領域へ保存し、一枚だけ印刷した。


 共有端末には登録していない。


 ――凛さんが自分の意思で記録係を辞めると決めた時、あなたは彼女を引き止めますか。


 神代が凛を大切にしているなら、答えは「はい」。その答えを否定すれば勝てる。


 そう考えながら、生徒会室の前を通り過ぎかけた。扉の細いガラスに、銀色の光が反射する。


 凛は一人で、研究管理用端末へ向かっていた。記録を取る時と同じ、笑っていない顔。


 画面の中央に、一文が表示されている。


 ――白鳥凛さんが自分の意思であなたの記録係を辞めると決めた時、あなたは彼女を引き止めますか。


 僕のポケットの中にしかないはずの質問だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。