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第10話 このゲームが好きですか(前)

 質問を隠すのをやめた。代わりに、三つの偽物を、見つけやすい場所へ置いた。


* * *


「一枚目は、対局分析室の共有机」


 白鳥凛が指を一本立てる。


「二枚目は、王冠戦の候補質問仮登録。三枚目は、玲奈ちゃんの資料ファイルに挟んで、わざと表紙から一センチ出す」

「最後だけ雑ではありませんか」

「人は、隠されているものより、隠しきれていないものを見つけた時の方が信じるんだよ」


 対局当日の昼休み。生徒会資料室で、僕たちは三枚の偽質問を並べていた。


 一枚目。


 ――あなたは、今日の対局で自分が負ける可能性を一%以上だと思っていますか。


 二枚目。


 ――あなたは、予測できない行動を不快だと感じますか。


 三枚目。


 ――あなたは、勝率一〇〇%という評価を失いたくありませんか。


 どれも、蓮が予測しそうな問いだ。そして、どれを使っても勝てない。


 一枚目は数値の認識が曖昧。二枚目は、不快と興味が両立する。


 三枚目は、蓮が勝率を個人的な価値だと認識していなければTRUEにもLIEにも寄らない。


「凛」


 玲奈が三枚を見下ろした。


「なぜ、あなたが協力しているのです」

「王冠戦運営の書記だから。対局前に不正がないか確認するのも仕事」

「偽の質問を漏らすのは、不正に近いのでは」

「本物じゃないし、誰に見られるかは指定してないよ。共有机に忘れ物をするだけ」

「忘れ物ではなく、意図的な設置です」

「玲奈ちゃん、こういう時だけ規則に厳しいね」

「こういう時だからです」


 凛は笑った。人懐こい笑顔だった。


「じゃあ、不採用?」


 玲奈は僕を見る。


「相馬くん。これは必要ですか」

「蓮へ、僕たちがまだ勝率や予測精度を狙っていると思わせるためには」

「質問を隠すため?」

「違います」


 僕は四枚目のカードを机へ置いた。表向きに。


 凛が読める位置へ。玲奈も読める位置へ。


 監視カメラにも映る位置へ。そこには、本番で使う質問を、そのまま書いてある。


 ――あなたは、このゲームが好きですか。


「これが本物です」


 凛が瞬きをした。


「見せちゃうの?」

「見せます」

「桐生くん、答えを用意できるよ」

「用意してもらいます」


 玲奈はカードを手に取り、質問文を読み直した。


「『このゲーム』の定義は」

「《クエスチョン》という競技そのもの。勝利、予測、質問、回答を含む。研究や訓練ではなく、本人が参加する行為への好悪です」

「好きだと認めれば?」

「蓮は、自分に個人的な好みはないと校正で答えました。勝負を楽しむ感情まで認めれば、感情を排した予測者という立場を自分で否定する」

「いいえと答えれば?」

「僕たちが嘘と宣言する」

「根拠は猫動画だけですか」

「三つあります」


 僕は端末へ資料を表示した。一つ目。


 蓮が繰り返し見ていたのは、予測どおりに終わった勝利ではない。相手が予測外の言葉を選びかけた三試合。


 二つ目。猫動画でも、猫が転ぶ前ではなく、予定外の動きが起きた瞬間だけを繰り返している。


 三つ目。毎日同じ無糖炭酸水を買い、飲むたびに嫌悪反応が出ている。それでも変えないのは、好みがないからではない。好みを選ばない訓練を続けているからだ。


「好きなものがない人間は、嫌いな飲み物を選び続ける必要がありません」


 玲奈は黙って聞いている。


「蓮は予測不能な瞬間が好きです。だから《クエスチョン》を見続けている。勝てるからではない。予測が外れかける可能性があるから」

「別解は?」

「研究対象として興味があるだけかもしれない。猫動画も、運動予測の訓練かもしれない。飲み物は味ではなく成分で選んでいる可能性がある」

「なら、外す可能性があります」

「あります」

「何%ですか」

「六十二」

「低いですね」

「僕の今までの候補よりは高い」


 凛が僕と玲奈を交互に見た。


「六十二%で、玲奈ちゃんが使うと思う?」

「決めるのは彼女です」


 自分で言ってから、紬の対局後に改めた契約書を思い出した。記録係は提案する。


 選手は読む、捨てる、別の質問を選ぶ自由を有する。カードを見せても、隠しても、最後に選ぶのは玲奈だ。


 玲奈は四枚目を裏返さなかった。


「本物を見せる意味を、まだ聞いていません」

「蓮がこの質問を予測しても、答えは変えにくいからです」

「『はい』と言えば、真実を選べる」

「でも、彼が今まで守ってきた人格を失う」


 蓮は勝率一〇〇%だから強いのではない。感情を持たない。


 好みがない。予測を外さない。


 そういう人間として扱われることで、特別な訓練を受け、特別な立場を得ている。質問を事前に知れば知るほど、彼は正しい回答を準備する。


 そして彼にとっての正しい回答は、「いいえ」だ。


「僕が狙うのは、秘密ではありません」


 カードの文字を指でなぞる。


「蓮が守ろうとする、自分自身です」


 凛の笑顔が、ほんの一瞬だけ消えた。その顔は、初めて見るものだった。


 でも次の瞬間には、いつもの明るい声へ戻る。


「怖い質問だね」

「だから、玲奈が捨てても構いません」


 玲奈が四枚目のカードから顔を上げる。


「構わない顔には見えません」

「前に質問を捨てられた時よりは、構います」

「正直ですね」

「自分で勝ちたいと言ったので」


 玲奈はカードを、提出用の透明ケースへ入れた。


「採用します」

「六十二%です」

「あなたが自分の欲望を認めた分を、加点します」

「判定根拠になりません」

「私が選ぶ根拠です」


 凛が小さく笑う。


「二人、ちょっと似てきたね」

「どこがです」


 僕と玲奈の声が重なった。

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