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先生になりたかった私

子どもの頃、先生になるのが夢だった。


国語の授業が好きだった。


一つの文章を読んで、みんなで違う答えを話し合う時間が好きだった。


正解が一つじゃないことを教えてくれた先生に、憧れていた。


「私も、こんな先生になりたい。」


それが、大学を目指した理由だった。


誰かに言われたからじゃない。


親に勧められたわけでもない。


自分で選んだ夢だった。



大学へ入学した日。


真新しい教科書を抱えて歩く自分は、少しだけ大人になった気がした。


これから四年間学んで、教育実習へ行って、教員採用試験を受ける。


そうすれば、先生になれる。


未来は一直線につながっていると思っていた。


あの日の私は、何も疑っていなかった。



最初は楽しかった。


教育について学ぶことも。


文学について語り合うことも。


模擬授業で黒板の前に立つことも。


「先生っぽいね。」


友達にそう言われると、少し照れくさかった。


でも嬉しかった。


ちゃんと夢に近づいている気がしたから。



それなのに、少しずつ大学へ行けなくなった。


最初は一日だけだった。


「今日は休もう。」


そう思った。


一日くらい大丈夫。


みんなだって休むことはある。


そう自分に言い聞かせた。


でも、一日休むと次の日が怖くなる。


「なんで昨日来なかったの?」


誰もそんなこと聞かないのに、一人で勝手に怖くなった。


気づけば、一限に間に合わなくなった。


二限も。


午後の授業も。


家を出る準備まではできる。


服も着替える。


バッグも持つ。


靴も履く。


それなのに、玄関のドアが開けられない。


手を伸ばしても、身体が動かなかった。



何が苦しいのか、自分でも分からなかった。


授業が嫌なわけじゃない。


友達が嫌いなわけでもない。


先生が怖いわけでもない。


それでも行けない。


理由がないからこそ、説明もできなかった。


「サボってるだけ。」


そう思われる気がして、誰にも相談できなかった。



夜は働いた。


笑って。


話して。


お酒を作って。


家へ帰る頃には、もう日付が変わっている。


「この生活、いつまで続けるんだろう。」


そう思いながら、目覚ましをセットする。


朝になる。


鳴り続けるアラームを止めて、また眠る。


目が覚めた時には、授業は始まっていた。


そんな日が増えていった。



レポートの締め切りだけは忘れないようにしていた。


提出期限を何度も確認する。


パソコンを開く。


文字を打つ。


でも、途中で手が止まる。


何を書けばいいのか分からない。


いや、分かっている。


ただ、頭が動かない。


何時間も画面を見つめたまま、一文字も増えない日もあった。



ある日、大学の構内を歩いていた。


教室では教育実習へ向けた授業が行われていた。


楽しそうに笑う学生たち。


子ども役になってはしゃぐ声。


その輪の中へ入れない自分がいた。


私は足を止める。


あそこにいるはずだった。


あそこで笑っている未来を想像していた。


でも今は、その景色が遠く感じる。


同じ大学にいるのに、まるで違う世界だった。



「先生になりたい。」


いつから、その言葉を口にしなくなったんだろう。


誰かに聞かれても、


「まだ分からないです。」


そう答えるようになっていた。


夢を諦めたわけじゃない。


でも、夢を語る資格がない気がしていた。


大学へ満足に通えない私が。


心療内科へ通う私が。


夜の仕事をしている私が。


子どもたちの前に立てるのだろうか。


そんな考えばかりが膨らんでいく。



ある日の帰り道。


ランドセルを背負った小学生たちが、楽しそうに歩いていた。


「先生、また明日ね!」


元気な声が響く。


私は思わず立ち止まる。


その光景は、昔思い描いていた未来そのものだった。


あの子たちに「また明日」と言われる先生になりたかった。


ただ、それだけだった。



夜、母から電話がかかってきた。


「大学どう?」


「うん、大丈夫。」


また嘘をついた。


大丈夫じゃない。


単位のことが不安だった。


奨学金のことも。


これから先のことも。


全部、不安だった。


それでも「大丈夫」と言ってしまう。


心配をかけたくなかった。


期待を裏切りたくなかった。


電話を切ったあと、静かな部屋で一人泣いた。



私は、夢を失ったわけじゃない。


夢を見つめることが怖くなっただけだった。


叶えられなかった時のことを考えてしまう。


途中で諦める自分を想像してしまう。


だから、夢から目を逸らした。


その方が傷つかなくて済むと思った。



窓の外では、季節が少しずつ変わっていた。


春に咲いていた花は姿を消し、青かった木々はゆっくりと色を変えていく。


何も変われないのは、自分だけのように思えた。


「先生になりたかった。」


過去形で呟いた瞬間、その言葉が胸に突き刺さる。


まだ終わっていない。


そう思いたい自分と。


もう無理かもしれないと思う自分。


二人の私が、心の中で静かに向き合っていた。


夢は消えたわけじゃない。


ただ、遠く霞んで見えなくなっていただけだった。

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