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7/7

壊れても朝は来る

「最近、ちゃんと笑えてる?」


いつ、誰に聞かれたのかは覚えていない。


ただ、その言葉だけがずっと頭に残っていた。


ちゃんと笑えているか。


そんなこと、考えたこともなかった。


笑うことは仕事だった。


楽しいから笑うのではなく、笑うことが当たり前になっていた。


だから、本当に笑っているのかどうか、自分でも分からなくなっていた。



朝が来るのが怖かった。


目が覚めるたびに、現実が始まる。


大学。


アルバイト。


支払い。


返さなければならないお金。


やらなければならないこと。


考えなくてもいいように眠っていたのに、目を開けた瞬間、全部が戻ってくる。


布団から出られない日があった。


身体が重いわけじゃない。


熱があるわけでもない。


それなのに、指一本動かすことさえ難しかった。


天井を見つめながら、時計の針だけが進んでいく。


一限は終わった。


二限も始まる。


私はまだ、布団の中にいる。



「何やってるんだろう。」


そんな言葉ばかり浮かんだ。


頑張らなきゃ。


ちゃんとしなきゃ。


みんなできているのに。


どうして私はできないんだろう。


責める相手は、いつも自分だった。



泣く理由も分からなかった。


テレビを見ていても。


ご飯を食べていても。


お風呂に入っていても。


急に涙が出る。


止めようとしても止まらない。


「大丈夫。」


そう何度も言ってみる。


でも、一番その言葉を信じていないのは自分だった。



ある日、勇気を出して心療内科へ行った。


待合室は静かだった。


雑誌を読んでいる人。


目を閉じて座っている人。


誰も話さない。


誰も笑わない。


その空気が少しだけ安心できた。


ここでは無理に元気なふりをしなくていい。


そう思えたから。


名前を呼ばれ、診察室へ入る。


白衣の先生は穏やかな声で言った。


「今日はどうされましたか?」


その一言で、涙があふれた。


話そうと思っていたことは全部消えてしまった。


「苦しくて……」


それしか言えなかった。



先生は急かさなかった。


静かに頷きながら話を聞いてくれた。


学校のこと。


夜の仕事のこと。


眠れないこと。


朝起きられないこと。


何もやる気が起きないこと。


話しているうちに、自分でも気づいていなかった疲れが少しずつ言葉になっていった。


「少し休むことも必要かもしれませんね。」


先生はそう言った。


休む。


その言葉が怖かった。


休んだら置いていかれる。


単位を落とす。


夢が遠ざかる。


収入が減る。


私には休む資格なんてないと思っていた。



処方された薬を手に帰る。


小さな錠剤だった。


こんな小さなもので、本当に変われるのだろうか。


半信半疑で飲み始めた。


すぐには何も変わらなかった。


朝は相変わらず苦しかった。


涙も止まらなかった。


でも、「治りたい」と思えたことだけは、少しだけ救いだった。



時間が経つにつれ、周りとの距離を感じるようになった。


友達のSNSには楽しそうな写真が並ぶ。


旅行。


飲み会。


大学祭。


笑顔。


私は「いいね」を押して、画面を閉じる。


羨ましかった。


でも、その輪に入りたいとは思えなかった。


今の自分を見られたくなかった。


「最近どう?」


そう聞かれることが怖かった。


「元気だよ。」


また嘘をつく自分が嫌だった。



夜の仕事だけは休めなかった。


生活がある。


家賃がある。


支払いがある。


店へ行けば、私はまた笑う。


「こんばんは。」


その声は、昼間の私とは別人だった。


お客さんに「いつも元気だね」と言われるたび、心の中で苦笑いする。


もし本当の私を見たら、同じことを言えるのだろうか。



ある日の帰り道。


始発前の静かな駅を歩いていた。


街は眠っている。


鳥の声だけが聞こえる。


空が少しずつ明るくなっていく。


朝だった。


私は夜を越えたのに、少しも達成感はなかった。


むしろ、「また今日が始まる」という絶望の方が大きかった。


朝日が眩しかった。


きれいだとは思えなかった。



部屋へ帰る。


カーテンを閉める。


朝なのに、部屋だけが夜になる。


布団へ潜り込む。


眠れる日は眠る。


眠れない日は天井を見つめる。


時計の秒針だけが、規則正しく音を立てていた。


その音だけが、「時間は進んでいる」と教えてくる。


私だけが止まっている気がした。



それでも、不思議なことがあった。


どんなにつらい日でも。


どれだけ泣いた夜でも。


朝は必ず来る。


望んでいなくても。


準備ができていなくても。


太陽は昇る。


世界は動き続ける。


そのことが残酷であり、同時に少しだけ救いでもあった。


今日を越えられなかったとしても、明日はまた来る。


昨日できなかったことが、明日もできないとは限らない。


そう思える日は、まだ少なかった。


それでも、ほんの少しだけ。


本当にほんの少しだけ。


「生きてみようかな。」


そんな気持ちが、心の奥の奥で、小さな灯のように残っていた。


壊れたままでも、人は朝を迎える。


そして朝は、壊れた人を置き去りにはしない。


何度でも、静かに訪れる。


まるで、「今日からやり直してもいい」と言ってくれているように。

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